80 / 89
番外編*十五年目の煩悩
8
しおりを挟む*****
「気をつけて、楽しんで来いよ」
修学旅行当日。
いつもより一時間早く家を出る息子を見送るため、俺も早く起きた。
靴を履く由輝に声をかける。
背中より大きなリュックと、身体半分ほどの大きさのボストンバッグを持ち、玄関ドアを開けた息子が振り返る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてね? お金の遣い方考えてよ? お土産は和葉とお祖母ちゃん家の三つね?」と、二日前から言い続けている注意事項を繰り返しながら、柚葉もスリッパをつっかけて玄関を出る。
「ホントに気をつけてね」
母親は大変だ。
父親より心配する項目が多い。
去年の和葉の修学旅行の時も、何かと心配して、三回は荷物の確認をしていたし、当日は薄暗い時間に起きていた。
あの時も……由輝と三人で飯に行ったな。
どこの家もそうだろうか。
とにかく、今日から息子は二泊三日の修学旅行だ。
「ふぅっ」と肩で息を吐きながら、柚葉が戻って来る。
「行ったか」
「うん。さ! 次は、和葉」
パッと表情が切り替わる。
「切り替えはや……」
思わず気持ちが漏れた。
「行くまでは心配だけど、行っちゃったら私にはどうしようもないもの。あとは、何かあっても自分で何とかしてもらわないと」
確かに。
「ほら! 和輝もご飯食べて。かずはー! ごはんー」
母親の顔をした柚葉は、実に逞しい。
俺は和葉と共に、由輝のお弁当と同じおかずを食べて、いつもより三本早い電車に乗って出勤した。
いつもより少し空いている電車の吊り皮を握り、ぼうっと昔を思い出した。
結婚する前。
年下で男に慣れていない風の柚葉に格好悪い所を見せないように、俺は大人のデキる男を装っていた。
別に嘘をついていたわけじゃない。
男なら誰にでもある見栄の張り方が徹底していただけだ。
前に付き合った広田が、俺以上に見栄っ張りで、男の見栄をへし折るのが特技のような女だったから、素直に俺を認め、褒めてくれるのが嬉しかった。
だから、だ。
小さな嫉妬は情けない。何事にも動じない。がっつくようなセックスはみっともない。
なんて、勝手にルールを作ってしまった。
柚葉の勤め先にしてもそうだ。
付き合っている時、何度も店に迎えに行くと言ったのに、「中間の方が早く会えるから」なんて言葉に喜んで、それ以上追求しなかった。
初めてのセックスもそうだ。
リードしなければ、余裕を見せなければと必死になって、柚葉がハジメテだと気づけなかった。
結婚する時も、だ。
お義父さんに見つかって、パニクッて、肝心の柚葉本人へのプロポーズを蔑ろにしてしまった。
つくづく……、柚葉はよくこんな男に愛想を尽かさないな。
挽回したい。
ちゃんと、妻の気持ちを繋ぎ止めておきたい。
俺は吊り革を強く握り、大きく息を吸い込んだ。
脇目も振らず仕事をして、定時のチャイムが鳴ると同時に席を立った。
「課長、今日は早いですね?」と部下に聞かれ、「家族と約束があるんだ」と答えた。
今まで、そんなことを言ったことがなかったから、ちょっと驚かれた。
別に仕事人間なわけじゃない。
ただ、平日に家族と出かけることが滅多になかっただけだ。
「課長!」
タイムカードを押し、エレベーターを待っていると、青野に声をかけられた。
手ぶらなところを見ると、帰るわけではなさそうだ。
42
あなたにおすすめの小説
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
王太子は妃に二度逃げられる
たまこ
恋愛
デリンラード国の王太子アーネストは、幼い頃から非常に優秀で偉大な国王になることを期待されていた。
初恋を拗らせ、七年も相手に執着していたアーネストが漸く初恋に蹴りを付けたところで……。
恋愛方面にはポンコツな王太子とそんな彼をずっと支えていた公爵令嬢がすれ違っていくお話。
※『拗らせ王子と意地悪な婚約者』『先に求めたのは、』に出てくるアーネストのお話ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる