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番外編*十五年目の煩悩
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「お疲れ」
「お疲れ様です!」と、勢いよくお辞儀をして言った。
「この前の……歓迎会では、ありがとうございました」
歓迎会……?
少しだけ考えたが、すぐに思い出した。
「ああ、いや」
「あの次の日、妻が美容室に行きたいって言うので、子供と留守番してたんです。そしたら、喜んでもらえました」
「そうか」
「はい。とは言っても、たった三時間なんですけど」と、青野は苦笑いする。
三時間を『たった』と言える彼は、奥さん想いのいい奴だと思う。
「それでも、奥さんは喜んでくれたんだろう?」
「はい」
「それなら、良かった」
「はい!」
エレベーターが到着し、扉が開く。
「青野はいい旦那だな」
「え?」
「俺はできなかったから」
「ええ!?」
偉そうに言ったのだから、当然俺自身の経験だと思っただろう。
黙っていてもいいのだが、なんだかフェアじゃない気がした。
「お疲れ」
「あ、はい! お疲れさまでした」
「お前も早く帰れよ」
扉が閉まる。
今日の昼休憩の時、女性社員が話しているのが聞こえた。
育休明けの女性で、仕事復帰しても旦那がこれまで通りで、家事も育児も手伝ってくれないとこぼしていた。いや、あれは怒っていた。
『誰の子供だと思ってんのよ! どうせ何もしないなら、いない方がずっと楽!』
耳が痛かった。
ついでに、食欲もなくなった。
人生、やり直せるなら由輝が生まれた後、ママママ期だと諦めずに子育てを手伝おう。いや、由輝が俺を拒むのなら、家事を手伝えば良かった。
いやいや、その前にプロポーズ……。
……の前に、初めてのセックスのやり直し……。
……の前に、広田と揃いの時計を……。
もう、いっそのこと、生まれ直したい。
だがそもそも、俺がこんな風に意識を改めたのは、妻のホンネを見たからだ。
それまで、夫婦仲が良いと思っていた自分を殴りたい。
同時に、嬉しかった。
純粋に、嬉しかった。
恥ずかしがり屋で甘え下手な柚葉が、あんなに熱いホンネを秘めていたのが驚いたし、嬉しかった。
妻がホンネを書き綴った紙を、俺は手帳に挟んでいつも持ち歩いている。
会社を出て、近くのコンビニに向かう。
そこで、待ち合わせしている。
狭い駐車スペースに我が家の車を見つけた途端、腹が鳴った。
我ながら、単純だ。
もっと単純なのは和葉で、いつもうるさい兄がいないのをいいことに、値の張る肉ばかり食べたがった。
柚葉はいつも同様、冷麺とユッケジャンクッパで迷う。
俺は、二つ頼んで分けたらいいと言った。
柚葉は喜び、和葉は意味ありげに笑った。
ともあれ、家族が笑っているのは、それだけで幸せだ。
和葉に釣られて食べ過ぎるほど食べて、その日は風呂に入ってすぐに寝た。
由輝がいないと、家の中が驚くほど静かで、柚葉も気が抜けたようだ。
翌朝も、俺はいつもより早く出社した。
午後は有休を取っているから、余裕をもってのことだ。
だが、近澤に頼んだ資料のデータが古いことがわかり、修正に時間がかかってしまった。
それでも、一時半には会社を出た。昼飯は食っていない。
どうせならと、柚葉の店の最寄り駅まで行き、住んでいた当時はなかったカフェで軽食を取った。
今日は、三時まで仕事だと言っていた。
俺はその時間を目がけて、店に行った。
「いらっしゃいませ!」と元気に迎えたのは、見知らぬ男。
大学生くらいだろうか。若い。
店内を見回しても柚葉の姿はなく、どうせならと俺はボールペンの替え芯を探した。
「永吉さん、上がりじゃないんですか?」と、先ほどの男の声が耳に入った。
「うん。検品だけしたら上がります」と、柚葉の声。
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