その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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1章 敵国の牢獄

1-37 大教会の秘密3

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 大魔導士クロウ。
 噂の人物。
 印象としては、よくわからないというのが正直な感想。
 平民らしくもないが、だからといって上流階級の対応をしているかと言われると否と答えられる。

「うーん」

「シエルド坊ちゃん、どうされましたか?」

「坊ちゃんはやめろ、エトノア」

 私はどう見ても成人したてのように若くしか見えない従者に苦々しい顔を向ける。

 クロウと会う機会を作ろうと画策していたが、帝城に守られてどうにもならなかった相手。
 あのリンク王国の魔法障壁を一人で担当していた魔導士という情報を握ったからには、せっかくこの帝国にいるのだからお近づきになっておきたかった。

 リンク王国の魔法障壁は周辺諸国どころか、この大陸一帯の国々のなかでもダントツの防御力を誇る。
 その魔法障壁をたった一人で担当、と聞くとたいていは眉唾ものである。
 手柄を一人占めしたい魔導士が部下たちの労力を横取りしたとしか思えない。
 ただ、噂の真偽を確認するのは意外と簡単。
 魔法障壁の魔力と彼の魔力が一致するかどうかを魔道具で見るだけである。

 だから、帝国以外の周辺諸国の上層部も真実を知っている。

 それに、彼が帝国の捕虜となってから、リンク王国の魔法障壁がとんでもないことになり果てている。
 裏付けとしては充分すぎるほどだ。

 それだけの力を持つ魔導士を帝国の皇帝が放っておくわけもない。
 わざわざリンク王国が手放してくれたのだから、囲い込まなきゃ損である。
 各国がお近づきになりたい人物が、自国に来てくれたら喜んで迎え入れるだろう。

 それは国だけではなく、商会も魔導士協会等も目をつけている。
 リンク王国内では宮廷魔導士団での研究発表はしたことないが、諜報員からは彼の下調べがあったからこその魔法研究はかなりの数に上るという報告が上がっている。


「坊ちゃんは坊ちゃんですからね。人前のときは空気を読んでさすがに言ってませんよ」

「、、、くっ」

 何度言っても坊ちゃん呼びを変えない、この従者。
 エトノアは昔から姿が変わっていない。
 私が物心ついたときから、若いままである。
 人前と言ったが、家族や昔ながらの使用人の前では普通に坊ちゃん呼びしやがる。

 私の見た目の方が年上に見えるようになっても、坊ちゃん呼びのまま現在も継続中。
 どちらの地位が上なのかいつも疑問しかないが、この従者の雇い主は父である。当主が父である限り彼が呼び方を変えることはないだろう。
 つまり、永遠に呼び方を変えることはない。
 反対に、私がヨボヨボの爺になっても坊ちゃんと呼び続けるのか、少々興味を持っているところでもある。

 それはひとまず横に置いといて。

「魔導士クロウと会えるとは運がいい」

「良かったですね。ラウトリス神官のカラダ目当てで大教会に通い続けていて」

「大修繕の費用の対価にカラダを差し出せって言いたかったのに、こんな日にいるとは」

 まあ、言える雰囲気でもなかったが。
 あんなに信者がウヨウヨいた教会も珍しい。

「あのリンク王国の魔導士衣装だと、教会の聖職者と間違われやすいんじゃないのか?」

「だから、監視役がついているのでしょう。それに似ているとは言っても、肩に長細い帯をかけてないので信者なら判断つくのではないのですか」

 微細な刺繍が入っている細長い帯は聖職者の階級を表すとされている。
 ラウトリス神官は金色、教会長は紫。
 帝都の大教会には聖職者が二人しかいないから比較対象がいないが、金色もかなり高位である。

「あ、いや、だから、聖職者じゃなくって、今は魔導士クロウの話」

「脱線させたのは坊ちゃんじゃないですか」

 そうだっけ?
 エトノアのせいだった気がするけど、反論したところで意味はないので放置。

「顔つなぎはできた。どうせ帝国は大魔導士のお披露目なんかしやしないだろ」

「確かにしないでしょうね。顔がわかれば、坊ちゃんみたいなボウフラが湧いて出てきますから」

 仕えている人間をボウフラ扱いする従者。

「まあ、あの魔導士衣装をそのまま着せている奴らが悪いんだけど。リンク王国の大魔導士だと教えているようなもんじゃん」

「本人が気に入っているのなら無理強いできないのでは?帝国の魔導士衣装は毒々しい黒ですし」

「毒々しい黒で悪かったな」

 私が来ている服も黒だと認識している上で語る従者。
 うーん、いつも思うが、コミュニケーションをはき違えているこの従者で舌打ちしない私はけっこう忍耐強いと思うぞ。

「だが、情報が少々間違っているようだな。彼はけっこうな年齢だと思っていたのだが、見た目は三十あたり、もう少し若くも見える。さすがに四十まではいってないだろ」

「ああ、確かにそうですね。リンク王国に保管されている書類には長年在籍していた形跡があるのですが」

「もしくはお前と同じような」

 私は言葉を切って従者を見る。
 若く見える従者がほんの微かに笑った。

「もしそうだとしたら嬉しいですけど、同姓同名がいたというオチで終わりそうですけどね」

「黒髪の平民がリンク王国の王宮にそうゴロゴロしてたまるか」

「別に同姓同名が同じ黒髪の平民とは限りませんが」

 それもそう。
 だが、リンク王国の王宮では黒髪の平民は目立つし、数もいない。王族の目に触れないように王宮での行動範囲は限られていたようだが、報告書等に残るクロウ・リティの名と黒髪の平民と記載されている書類は時期が一致する。

 それが示す意味は呪いか魔法か、それとも。

「本人と親しくならなければ、真相は藪の中か」

 簡単に教えてくれるとも思えない。

 そして。

「大商会の跡継ぎ候補ですか。よく教えられていますよね、大魔導士様も」

「ゴートナーがついている時点で厄介なことはわかり切っている。そもそも、信仰心なんか欠片もなさそうなゴートナーが大教会にいたから怪しいと目が追いかけてしまったぐらいだ」

「あの人の笑顔は坊ちゃんよりも胡散臭いですからねえ」

 私の笑顔が胡散臭い?
 イケメンのいい笑顔じゃないか。
 目の検査をしてもらえ。老眼になっているんじゃないか。

「笑顔で申請を却下する冷酷の微笑みと呼ばれる文官が監視役ってどうなんだ?大魔導士はひねくれて育たないか?」

「もう充分、成人の年齢は過ぎていると思うのですが」

「大魔導士が考える帝国の常識が、ゴートナー文官基準になったらどうするんだ?ヤバイぞ」

「それはヤバイですね」

 珍しく意見が一致する。

「父にでも言っておくか」

「代表にですか?」

 従者が首を傾げる。すんなり頷かない時は別案があるときだ。

「他に言う相手がいるのか」

「弟君に」

「、、、弟に?え、アイツに言って動くのか?言うだけ無駄じゃないのか」

「代表に言ったところで、行きつく先はそこになると思いますよ。結局、帝城の外にいる人間にはどうにもならないのですから」

「あーあ、だから、私が役人になるって言ったのに」

「弟君ではあの座っていれば大丈夫な大商会ですら潰しますから仕方ありません」

 潰しかねないじゃなく、潰します。断定。

 けれど、この役割はとことん私に向いてない。
 私も商会とは直接かかわりのない仕事に就きたかった。
 とは言っても、アッシェン家の子供は双子の私たちだけだ。
 どちらかが家を継がなければならない。
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