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11話
しおりを挟むウェンディとフォスターが舞台のホールに姿を現すと、一際大きな歓声が上がり、2人を出迎えた。
フォスターは余裕たっぷりに笑みを浮かべ、観客席に向かって軽く手を上げ、答えている。
だが、ウェンディにはフォスターのような余裕など微塵も無かった。
平常心を保つために必死で。
だからウェンディは、今までだったらウェンディを見守る為に観客席にいるはずのヴァンの姿が無い事に気付けない。
平民である国民と貴族は、観覧席が別れている。
ウェンディの家は侯爵位と言う位の高さから、観覧席は前方だ。
ヴァンのハーツラビュル伯爵家は、侯爵家より位は劣るものの、領地も隣接しているため席は近い。
だが、ヴァンの家族──伯爵や、伯爵夫人。ヴァンの二人の兄も観覧席にはいるものの、ヴァン本人の姿はそこには、無い。
けれど、やはりウェンディは余裕がなく、ヴァンの姿が見えない不自然さには気付かない。
「ウェンディ様、準備はいいですか?」
「──っ! え、ええっ! 大丈夫、よ」
フォスターの言葉に、ウェンディは深く頷く。
(だ、大丈夫──。鍛錬場では、一度も発動出来た事は無かったけど……っ、四年前はできた、もの。あの時から魔力も、腕も……落ちちゃってるけど、簡単な攻撃魔法ならっ)
祭典の参加者──、特に国民は、この国一番の魔法騎士であるフォスターの魔法演術を楽しみにしている。
時折、貴族達から送られる奇異の視線は気になるが、それでもウェンディはぎゅっと胸元で手を握り締め、そっと片腕を頭上に掲げた。
「──雷よ!」
ウェンディの澄んだ高い声がホールに響いた。
しかし。
数秒、数十秒、と時間が経とうとも。
ウェンディの声に呼応して、魔法は発動しない。
ウェンディは泣きそうになりながら、もう一度叫んだ。
「──雷よ!」
だが、結果は変わらない。
しん、と静まり返っていたホールに、ただただ虚しくウェンディの声が落ちて。そして、消える。
静まり返っていたホール。
観客席。
それが、次第にざわざわと騒がしくなり始めた。
誰かが「魔法が発動していない」と囁き、また誰かが「あれって、国内で一番力のある魔法剣士の主人……ウェンディ様、だろう」と話し。
また、誰かが「こんな簡単な魔法すら、発動出来ないのか」と、落胆の声を上げた。
そこかしこから「これがあの妖精姫?」だとか「噂の出来損ないの妖精姫」と笑う声が聞こえてくる。
人々のざわめきは、次第に嘲笑に変わって行く。
ウェンディが必死に声を張り上げ続ける、そんな中。
大股で歩いて来たフォスターが、腕を掲げて魔法詠唱を叫び続けているウェンディの腕を掴んだ。
「もう、やめてくださいウェンディ様」
「フォ、フォスター……っ」
もしかしたらフォスターは、全く魔法が発動する気配を見せない自分を助けに来てくれたのかもしれない──。
ウェンディは、一瞬だけそんな希望を抱いた。
だけど、その希望は即座に打ち砕かれる。
「もう何も喋らず、動かず、そこに突っ立っていてください。あなたが何かをすると、私まで嘲笑される」
「フォ……」
「──轟け、舞え……!」
フォスターは、ウェンディの言葉など無視するように彼女から離れると、高らかに叫んだ。
ウェンディが魔法を発動できないため、フォスターがウェンディの分の演術まで肩代わりしたのだ。
魔法の同時発動は、繊細な魔力制御と構築が必要なため、とても難しいとされる。
だが、フォスターはそれを難無くこなし、更には観客を楽しませようと大規模な魔法を展開した。
フォスターの魔法が発動し、観客からは「わあ!」と大きな歓声が上がる。
誰も彼もがフォスターの魔法に注目しており、広いホールの中央でぽつん、と佇むウェンディなどもう視界にすら入れていなかった。
だが、ある人々──。
ウェンディの父と母だけは、ぽつりと佇むウェンディを何の表情も浮かべていない、冷たい表情で見下ろしていた。
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