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一章
14話
しおりを挟むウェンディは地下室の扉に背を預けたまま、はらはらと涙を流し続けていた。
「フォスターへの気持ちも、全部流れて消えてしまえばいいのに」
ぽたぽたと次々と涙が地面に落ち、黒い染みを作って行く。
過去の自分を呪いたい、と言っていた。
ウェンディを好きになった事が、汚点だとも言われた。
「こんな、酷い事って無いわ……」
ウェンディはしゃくりあげながらフォスターへの気持ちを吐露する。
「フォスターが、好きだって言ってくれたのにっ! 専属護衛にして欲しいって、言ったのにっ!」
そして。
「将来、一緒になりたいって……っ言ってくれたのにっ」
それなのにあんまりだ、とウェンディは悲痛な叫びを上げる。
フォスターの優しさや、愛おしげに見つめてくれた目。
魔法の鍛錬を一緒にした日々。
切磋琢磨して、過ごした日々がウェンディの頭の中に思い出されては、消えて行く。
「──っ、嫌いっ、フォスターなんて……っ、嫌いよ……っ」
本当はまだ、嫌いにはなり切れていない。
だって、随分長い間好きだったのだ。
そして、魔力が落ち始めてから冷たくされても。
心のどこかではまだ、フォスターの事をウェンディは信じていた。
だけど、今日ここまで言われてしまってはもう無理だ。
それに、フォスターは既に義妹のエルローディアと恋人のような関係になっているらしい。
「これ以上、フォスターと専属契約を続けるのは……無理。お父様は、祭典の最終日に出してくれるって言ってた……。出してもらったら、専属契約の解除を願い出よう……」
お互い信頼し合い、認め合い、思い合う専属契約の誓いなんて、すでにもう破綻している。
「フォスターの顔を、見続けるのはもう無理だわ……っ」
ウェンディは、抱えた膝に顔を埋める。
──この地下室にいる間に、フォスターへの気持ちも、信頼も、愛情も。
──全部綺麗に整理しよう。
ウェンディは、そう心に誓った。
それからの地下室での謹慎は、じめじめした空気と薄暗い気味の悪さを除けば、度々侯爵家の使用人がウェンディの様子を確認しに来るし、一日三食の食事はしっかりと運ばれるし、それ程酷い処遇ではなかった。
だけど、ウェンディの専属となっているメイドのナミアは侯爵に寄越さないよう言いつけられているのだろう。
ナミアがウェンディの下に来る事は一度も無かった。
それに、ヴァンも、ウェンディの下に来る事は一度も無かった。
祭典の、最終日。
朝早くから地下室に迎えに来た使用人によって、ウェンディは起こされた。
「お嬢様、旦那様がお呼びですのでお支度をしましょう」
「……分かったわ」
むくり、と些か粗末なベッドから起き上がったウェンディは、こしこしと自分の目元を擦りながら迎えに来たメイドに答える。
ウェンディを見たメイドは、一瞬首を傾げたが、自分の気のせいだろうと済ませてウェンディを連れて階上に戻る。
地下室では簡素なお風呂にしか入れなかったため、とりあえず先に湯浴みをするらしい。
ウェンディは自分の部屋に戻るなり、すぐさま使用人にバスルームに押し込まれ、そこで目に涙をいっぱい溜めて待ってくれていたナミアと顔を合わせた。
「──ナミア!」
「お嬢様、お嬢様良くご無事で……っ、旦那様はとても酷な事をお嬢様にっ」
「いいのよ、いいのナミア。もう全部、いいの」
ウェンディの吹っ切れたような顔を見て、ナミアも先程のメイドのように微かな違和感を覚えて首を傾げる。
だが、侯爵に連れてこい、と言われた時間に遅れてしまう訳にはいかない。
ナミアは微かな違和感には一先ず横に置いて、ウェンディの湯浴みと支度に急いで取り掛かった。
湯浴みを済ませ、支度を終えたウェンディ。
数日ぶりに髪を綺麗に整え、湯浴み後だからだろうか、ウェンディの肌や頬は赤く染まり、髪の毛も艶々と輝いていて、絵本の中に出てくる可愛らしい妖精のようだ。
ナミアは満足そうにウェンディを見つめ、何度も頷く。
「準備が終わりました、お嬢様。本当に妖精のようですわ」
「あ、ありがとうナミア。でも大袈裟よ……」
くすくす、と笑うウェンディを見て、ナミアは今までのウェンディと少し違うように感じた。
それは、ウェンディが既にフォスターへの気持ちも全て整理して吹っ切っているからだが、ウェンディはそれを誰にも伝えていないため、違和感を覚えさせている。
「お嬢様、それでは参りましょうか」
「ええ、お父様がお待ちなのよね……」
ウェンディは丸二日ぶりとなる自分の父親に会いに、書斎へと向かった──。
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