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一章
62話
しおりを挟むウェンディとヴァンは、邸内を走る。
不思議な事に、邸内は静まり返っていて、使用人の一人も見かけない。
「どうして、誰も居ないんだ!?」
「ヴァン! あっちから人の気配を感じる! あっちは、確か──」
ウェンディの指差す方向を見たヴァンは、ぎりっと奥歯を噛み締めた。
「ああ、鍛錬場の方向だ……! そこに人が集められているのか!?」
進むにつれて、ヴァンにもはっきりと人の気配が感じられるようになってきた。
沢山の人の気配を、鍛錬場の方向から感じるのだ。
ウェンディとヴァンは、鍛錬場に向かって走る速度を上げた。
鍛錬場に辿り着いた二人は、信じられない光景を目にした。
「──父上! 兄上!」
たまらずヴァンは叫ぶと、床に膝を着き、苦しげに息をする自分の父親と兄に向かって駆け寄った。
鍛錬場に到着したウェンディは、目の前の光景に怒りや失望、その他の様々な感情が入り乱れて。
くらり、と目眩を感じた。
ヴァンの声に反応したのだろう。
鍛錬場に居た二人の夫婦が入口に目を向けて、そしてぱっと表情を輝かせた。
「──ウェンディ!」
「ああっ! 私の可愛い娘よ、やっと会えたわ!」
どうして、二人がここにいるのか。
それに、籍を抜いたと言うのに、どうして自分の事を「娘」と呼ぶのか──。
ウェンディは、かつての父と母を信じられない思いで見つめ、口を開いた。
「どうしてここにホプリエル侯爵と、侯爵夫人が……? ハーツラビュル伯爵と、イアン卿に一体何をしたのですか!?」
ウェンディは硬く拳を握りしめる。
段々とその握りしめる力は強まり、拳がぷるぷると震えた。
「何をそんなに怒っている。こいつらがウェンディを誘拐したからな。制裁を加えたまでだ」
「さあ、私たちの邸に帰りましょう可愛いウェンディ」
自分勝手で、傲慢で。
簡単に嘘をついて、人を傷付ける──。
ウェンディの頭の中で、ヒュフーストの言葉が蘇る。
人間の醜い部分が、全て目の前のこの二人の両親に当てはまると思った。
ウェンディはちらり、とハーツラビュル伯爵とイアンの方へ視線を向ける。
二人は、傷付き血を流しているが、傷は深くは無さそうだった。
それに、この邸で働いている使用人達も、自分の主を守ろうと奮闘した形跡が見える。
使用人達の方が、怪我の程度が酷そうに見えた。
自分自身に、傷を癒す力があれば──。
そんな凄い魔法が使えればいいのに──。
ウェンディは頭の中で呟くが、使えない物は仕方ない。
これ以上、彼らに手を出させないためにも、両親にはお帰り頂こうとウェンディはかつては愛していた、慕っていた、そして愛を乞うた両親を強く睨み付けた。
「私は、あなた方と一緒に帰りません! あなた方が私をホプリエル侯爵家の籍から抜いて下さった事、本当に感謝しております!」
「──何だと?」
ぴくり、と侯爵の眉が不快感を顕に顰められる。
今までのウェンディであれば、これ以上怒らせたくない、だとか。
嫌われたくない、だとか。
愛を求めて、すぐに謝っていた。
だけど、彼らはウェンディを娘として本当に愛してくれているのではない、と今さら気づいたのだ。
ホプリエル侯爵家にとって、都合の良い「娘」だけが彼らに道具として「愛される」のだ。
ウェンディはかつての両親を睨み付け、叫んだ。
「私は、ただのウェンディです! あなた達とはなんの関係もない、ただのウェンディ! これ以上、私の大切な人達に酷い事をするなら、私は絶対にあなた達を許さない! 怪我をする覚悟をしてください!」
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