永遠に君を手放さないと誓った、あの日の僕へ――裏切られ令嬢の逆転婚約劇

exdonuts

文字の大きさ
23 / 30

第23話 手放したくないと泣いた人

しおりを挟む
オーウェンが地位を一時放棄したという知らせは、瞬く間に王国中を駆け巡った。  
「第二王子、姿を消す」「王族の責務より一人の女性を選んだ」――この話題は瞬く間に噂となり、貴族たちはざわつき、王都の民はざわめいた。  

リディアは王宮の南棟の客間に閉じ込められていた。  
表面的には「警護のため」だが、実質的には軟禁に近い。  
侍女たちは気まずげに視線を逸らし、エリサさえも部屋に入ることを制限されていた。  

「殿下……どこへ行かれたのですか。」  
窓から見えるのは、冷たい秋の空。  
カーテンを静かに押しやる指先が、震えていた。  

数日前、あの夜――オーウェンが涙混じりに言った言葉が蘇る。  

『あなたを失うくらいなら、すべてを手放してもいい』  

あれは一瞬の衝動ではなかったのだ。  
本当に、彼はすべてを捨てた。王の座も、名も、責務さえも。  
――彼女を守るために。  

リディアの胸に、苦しいほどの痛みが広がる。  
崇高な行動に見えて、実際は彼を追いつめてしまったのではないか。  
彼女は愛された幸福を感じながらも、その愛が誰かを壊す可能性に耐えられなかった。  

「殿下、どうして何も言わずに……」  
呟きは小さく、風に溶けていった。  

* * *  

夕刻。  
エリサがこっそり部屋に入ってきた。  
「お嬢様、殿下のお行方が……」  
「……わかったのですか?」  
「フェルナンド邸の裏庭に、殿下の馬が見つかった、と。おそらくそこにお戻りに」  

リディアは何も言わずにマントを取った。  
「行きます」  
「ですがお嬢様――守衛が許しません!」  
「構いません。あの方を置いてはいけません」  

闇が落ちかけた王都を抜け、彼女は馬車に飛び乗った。  
冷たい風が頬を刺すが、怖くはなかった。  
止められても、引き返すことはない。  
馬車の中、胸に手を当てて静かに祈る。  

「どうか、間に合ってください……」  

フェルナンド邸に着いたのは夜半。  
石畳が月光に輝き、庭の木々がゆらりと揺れていた。  
静まり返った屋敷の裏――古井戸の傍に、人影が見えた。  

「殿下……!」  

声を上げると、その影が振り返る。  
月灯りに照らされた横顔。確かにオーウェンだった。  

「リディア……来てはいけなかった」  
「そんなこと言わないでください。どうして姿を消したのです!」  

彼は苦く笑い、握っていた手を見せた。  
そこには王家の印章指輪があった。  
「私はもう、王家の人間ではありません。すべてを兄上に返してきた」  

「殿下……それを返したら、殿下は――」  
「……ただの男です。名も地位もない、あなたのそばにいる資格さえない人間に戻った」  

リディアの喉が詰まる。  
「資格なんて関係ありませんわ。私は殿下の行動を誇りに思っています」  
「あなたにそんな顔をさせるつもりじゃなかった」  

彼の声が震えた。  
「あなたのために生きたいと思ったのに、そのためにあなたを苦しめてしまった。  
 私は何も守れていないんです……」  

オーウェンは額を押さえた。  
顔を上げたとき、その目には涙が滲んでいた。  
王子としての気高さが崩れ、ただの一人の男として泣いていた。  

「手放したくなかったんです。あなたを……国も、兄も、すべてよりもあなたを」  
「殿下……」  

温かい手が頬に伸びる。  
リディアはその手を握り返し、強く首を振った。  
「なら、わたくしも同じです。殿下を失いたくない。殿下がいなければ、私の生きた意味が消えてしまう」  

「リディア……」  
「だから戻ってください。私のためでも、誰のためでもなく――殿下らしく、生きてください」  

一瞬、風が止まった。  
木々の間から月光が溢れ、ふたりを照らした。  
影が重なり合い、まるで運命そのものがひとつになったかのようだった。  

オーウェンはそっとリディアを抱き締めた。  
涙が彼女の髪に落ちる。  
「だめだ……もう離れたくない。あなたを抱きしめると、他のすべてがどうでもよくなる」  
「その気持ちはわたくしも同じです。けれど、殿下には背負うものがある。  
 人のために泣ける王であってほしいのです。わたくしは、その支えでいられれば十分です」  

彼女の肩に顔を埋め、オーウェンは声を震わせた。  
「あなたはどうしてそんなに強い……。私は、もう、耐えられそうにない」  
「殿下が私を強くしてくださったんです」  

ふと、オーウェンが力を緩めて彼女の顔を見た。  
「リディア、あなたの笑顔を守りたくて、私はここまで来た。  
 でも今わかった。あなたの笑顔は、私が守るものではなく――私を導く光だったんだ」  

リディアは涙を流しながら微笑んだ。  
「ああ……殿下」  
「あなたがいなければ、私は道を見失っていた」  
「なら、もう道を誤らせませんわ。これからは一緒に歩きましょう。遠回りでも構わない。共に」  
「共に……」  

その約束のような言葉に、オーウェンは再び彼女を抱き締めた。  
息を呑むほどの熱が伝わる。  
冬の始まりの夜とは思えないほど、暖かかった。  

しかしその安らぎを破るように、遠くの鐘が鳴った。  
王都の東を警備する城兵の合図――「緊急召集」。  

「……何かが起こった」  
オーウェンが眉を寄せ、リディアの手を取った。  
「行くぞ。兄上が動いたかもしれません」  

「殿下、どうか気をつけて」  
「あなたは屋敷に戻って。これはもう王族の義務です」  
「いいえ。殿下が戻るなら、私も共に行きます」  

彼は一瞬ためらったが、やがて小さく頷いた。  
「……わかりました。もう私のそばから離れないでください」  

闇の中で二人は馬に乗り、王都を駆けた。  
街路を抜ける風が、過去の涙をさらっていく。  
遠ざかる灯火の先に、新しい夜明けが待つ予感があった。  

オーウェンは小さく呟く。  
「あなたを手放したくなかった日から、私は変わった。今度こそ、すべてを守ります」  

リディアは黙って彼の肩に手を添えた。  
彼の背の震えが、この上なく誠実な人間のものだとわかっていた。  

そしてふたりの旅は、運命を賭ける最後の闘いへと始まる。  

続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

虐げられた伯爵令嬢は獅子公爵様に愛される

高福あさひ
恋愛
リリム王国辺境伯エインズワース伯爵家の長女、ユーニス・エインズワース。伯爵令嬢であるはずなのに、生活は使用人以下で、まともに育てられたことはない。それでも心優しく強かに育った彼女は、ある日、隣国との国境である森で二人の怪我をした男性を見つけて……?※不定期更新です。2024/5/14、18話が抜けていたため追加しました。 【2024/9/25 追記】 次回34話以降は10/30より、他サイト様と同時の更新予定です。

冤罪で家が滅んだ公爵令嬢リースは婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!

山田 バルス
恋愛
婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

処理中です...