永遠に君を手放さないと誓った、あの日の僕へ――裏切られ令嬢の逆転婚約劇

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第22話 嫉妬の炎と溺愛の夜

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秋の夜風が吹き抜け、王都の空は月明かりに染まっていた。  
王宮の塔からは遠くの街灯りが見下ろせ、穏やかな景色の中にだけ、微かな不穏が混じっていた。  

オーウェンが北部への視察を中止された翌日、宮廷では新たな噂が広まっていた。  
第一王子グレゴールが「第二王子を政治から遠ざける」と正式に発言した――というものだ。  
その知らせは瞬く間に貴族社会へと落ち、王国の未来を左右する兄弟の確執として人々の好奇の的となった。  

リディアはその報せを、書斎で報告書を読みながら聞いた。  
話を持ってきたのは、王宮の侍女仲間だった。  

「フェルナンド様、殿下のお立場を心配する声が多うございます。  
 殿下は……お一人で背負っておられるようで」  
「……あの方が自分の心を人に見せることなんて、めったにありません。  
 けれど、今回は違うような気がします。わたくしがそばにいれば、少しは……」  

リディアは途中で言葉を切った。  
また誰かに“王妃候補”だの“野心家”だのと嗤われるのが目に見えていた。  
それでも、彼の孤独な背中を放っておくことはできなかった。  

* * *  

王宮北棟の廊下。  
その夜、リディアは人目を避けて扉を叩いた。  
中から返る声は少し掠れていた。  

「入ってください」  

扉を開けると、執務机に顔を伏せたオーウェンの姿があった。  
机上には書簡や封印された王家の文書が山積みになっている。  
壁のランプの灯りが淡く揺れ、影が彼の頬を濃く照らしていた。  

「殿下、いつからここに……?」  
「昼からです。まだ終わらなくて」  
「……お休みになってください。体を壊されます」  
「あなたの声を聞いたら、ようやく肩の力が抜けました」  

優しい笑みを浮かべながら、オーウェンは椅子から立ち上がった。  
だが目の下には薄く影ができている。  
長い政治争い、そして兄との溝は、少しずつ彼を蝕んでいた。  

「殿下、グレゴール殿下の決断については……」  
「兄上の思惑は理解しています。私を遠ざけ、王位継承の議を確実にするためでしょう。」  
オーウェンの声には怒りよりも、静かな痛みがあった。  
「でも兄上は間違っていません。彼もまた、私を守ろうとしている。憎めないのです」  

リディアは黙って首を振った。  
「殿下は優しすぎます。だから誰かがその優しさを支えなければいけないのです」  
「あなたが、ですか?」  
「はい……と言ったら、迷惑でしょうか?」  

不意に、穏やかだった彼の表情が変わった。  
いつもと違う熱を帯びた瞳が、真っ直ぐに彼女を捉える。  

「迷惑だなんて……そんなはずがありません。  
 ただ、あなたが私のそばにいると、理性が保てなくなる」  

リディアの頬が赤く染まった。  
「殿下、そういう言葉は……」  
「本当のことです。あなたを見ていると、王としてではなく、一人の男としての心が勝ってしまう」  
オーウェンの声は柔らかく、それでいて熱を孕んでいた。  
机に置かれた手が、わずかに彼女の指に触れる。  

「……リディア、私に力を貸してくれると言いましたね」  
「はい」  
「なら、今だけ……この弱さを受け止めてください」  

その言葉に、リディアの心臓は跳ねた。  
けれど拒むことはできなかった。  
彼の孤独を知っているからこそ、その手を離したくなかった。  

彼女は頷き、そっと彼の肩に手を置いた。  
次の瞬間、オーウェンがその手を掴み、抱き寄せた。  

「殿下……!」  
「もう、敬語もやめてください。あなたの前で王子でいるのは、もう疲れた」  

微かに震える腕の中、リディアは息をするのも忘れそうになった。  
香の匂いと彼の温もりが混じり合い、胸の奥にじんと沁みる。  

オーウェンはそのまま小さく囁いた。  
「この世で、あなたほど大切な存在はいません。  
 兄との争いも、王座の重さも、すべてどうでもよくなる。……怖いくらいに」  
「怖い?」  
「ええ。あなたを失うことが、何よりも」  

その声が、まるで懺悔のようで、リディアは胸が締めつけられた。  
「殿下……もう失わないでください。私はここにいます」  
「それでも、あなたが光の中へ行ってしまうのではないかと……思ってしまう」  

リディアは彼の顔を見上げた。  
目の奥に宿る光は、強く、美しく、けれどどこか寂しい。  
「殿下。わたくしは、必ず殿下のそばに帰ります。どんな闇でも、何度でも」  
「その言葉……信じてもいいですか」  
「信じてください。でなければ、わたくしが信じた殿下の優しさが嘘になってしまいます」  

沈黙のあと、オーウェンは小さく頷いた。  
そして彼女の頬を優しく撫でた。  
「リディア……あなたは私の理性を壊す人だ」  

頬に触れた指先が熱を帯びる。  
彼女の睫毛がわずかに震え、唇が開いた。  
「それなら……壊しても構いません。殿下が私を必要としてくださる限り」  

その瞬間、オーウェンは衝動のままに彼女を抱き締めた。  
互いの鼓動が重なり、時間が止まる。  
外の風が窓を打ち、灯が揺れた。  

長い沈黙ののち、オーウェンは彼女の耳元で低く囁いた。  
「嫉妬しています。兄にも、民たちにも。  
 あなたを尊敬し、慕う人すべてが、羨ましい。あなたの心のどこにも私以外を置きたくない」  
「殿下……嫉妬は人を縛ります」  
「わかっています。それでも、あなたの笑顔を誰かに奪われるくらいなら、私は王族の名を捨てても構わない」  

リディアの目から、静かに涙が落ちた。  
「そんなことを言ってはいけません。殿下はこの国の希望です」  
「あなたこそが私の希望だ」  

頬を伝う涙を指で拭い、彼はゆっくりと額を合わせる。  
「もし神に罰せられるとしても、あなたの手だけは離せません」  
「殿下……」  

その言葉が夜気に溶ける。  
時間はゆっくりと過ぎ、やがてリディアは小さく笑った。  

「わたくし、こうして抱きしめられて初めてわかりました。  
 どれだけ“理想の王子”と思っても、殿下はただの人だったのですね」  
オーウェンは苦笑し、彼女を胸に抱いたまま答えた。  
「そうです。あなたの前では、ただの不器用な男です」  
「なら、その不器用さを一生支えます」  

オーウェンの腕の中で、リディアはゆっくりと目を閉じた。  
外では、夜の鐘が遠く鳴り響く。  

* * *  

翌朝、王宮中が動揺に包まれた。  
第二王子の居室で、侍従長が新しい命令書を見つけたのだ。  

“王族としての地位を一時放棄する。  
政治よりも先に守るべきものができた――オーウェン・ローゼンハイト。”  

その筆跡を見つめ、リディアは息を呑んだ。  
前夜の言葉が胸の奥で蘇る。  

「あなたの手だけは離せません――」  

窓の外では、朝の光がまぶしく城を照らしていた。  
嫉妬の炎は、愛という名の誓いへと変わる。  
そして、その誓いこそが新しい夜明けの始まりになることを、まだ二人は知らなかった。  

続く
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