永遠に君を手放さないと誓った、あの日の僕へ――裏切られ令嬢の逆転婚約劇

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第21話 王子の不器用な想い

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秋が深まり、王都を包む風は冷たく澄んでいた。  
王城の庭には紅葉が舞い、噴水の水音だけが静かに響く。  
その穏やかな光景とは裏腹に、城内では新体制の整備に追われる忙しさが広がっていた。  

王の容態は安定しつつあるものの、執政の中心には依然として第一王子グレゴールがいた。  
彼の政治は確かで、貴族たちの支持も厚い。  
だが同時に民の心は、弟オーウェンに向かい始めている。  
改革を象徴する存在――その背には、いつも一人の女性がいる。  

フェルナンド侯爵令嬢、リディア。  

王都の人々の間で、二人の名はもはや切り離せぬものになっていた。  
彼女が演説すれば民は集い、彼が歩けば人々は道を開ける。  
だが当の本人たちは、その熱を知らぬように静かな日常を送っていた。  

今日もリディアは、王宮の図書室で資料に目を通していた。  
教育制度の実施に向けて、各地方の派遣教官の選定を進めている。  
山と積まれた報告書の向こうから、ゆっくりと聞き慣れた声が響いた。  

「ここにいましたか、リディア」  
顔を上げると、扉の傍らにオーウェンが立っていた。  
白衣の上にマントを羽織り、少し疲れた様子の笑みを浮かべている。  

「殿下。お顔の色が優れませんわ」  
「王政会議が長引いてしまって。兄上に叱責されましてね」  
「また、でしょうか」  
「ええ。どうやら私は、王子としては熱心すぎるらしい」  

苦笑をこぼす彼を見て、リディアは小さく微笑んだ。  
「殿下は十分お立派です。むしろ兄上が焦りを覚えていらっしゃるだけでしょう」  
「そうだといいのですが」  

オーウェンは彼女の隣に座り、書類の束を覗き込んだ。  
「地方の教官派遣ですか? 思ったより進んでいるようだ」  
「ええ。北部の領はすでに協力の約束をくださいました。問題は南部の貴族たちです。旧体制に固執しています」  
「南部……誰が代表を務めていましたっけ」  
「ドレイク伯爵です。以前、殿下を公の場で批判された方」  
「ああ、あの偏屈な伯爵か」  
苦い顔で呟いてから、オーウェンは机に肘をついた。  
「彼のような貴族が多い限り、私の考えは“理想の遊び”と見られるんでしょうね」  
「そんなことはありません。遊びでは変えられませんもの」  

リディアの瞳は真剣だった。  
「殿下が誰よりもこの国を憂いておられたから、私たちは動けたのです。それを遊びと呼ぶ人がいるなら、見せつけて差し上げればいい」  
「……言葉の強さは、あなたが私に似てきたせいですか?」  
「いいえ。殿下が私に勇気をくださったからです」  

オーウェンは少し照れたように目を逸らした。  
いつも穏やかな彼が、ふいに言葉を失うとき――リディアの胸がかすかに高鳴る。  

沈黙が数秒、二人の間を流れた。  
外では風が木の葉を揺らし、赤い影が差し込む。  

「……リディア、時間はありますか?」  
「はい、少しなら」  
「散歩に行きませんか。会議室より、外の空気を吸いたい」  
「ふふ、よろしいですわ」  

彼女は書類を束ね、立ち上がった。  

* * *  

庭へ出ると、夕暮れの色が空を染めていた。  
風が冷たく、リディアはマントの端を押さえた。  
オーウェンは彼女の歩みに合わせ、ゆっくりと並んで歩く。  
やがて噴水の前で足を止めた。  

「この場所……初めてあなたと話した日のことを覚えていますか」  
「はい。あの春の日ですね。北の孤児院の支援の件でお声をかけてくださった」  
「あなたはあの日、“私は過去に縛られません”と言った。あれが、どれだけ救いだったか」  
彼はふと苦笑した。  
「不器用な男でしたよ、私は。あなたの悲しみを慰めることも、笑わせることもできなかった」  
「そんなことはありません。殿下はいつも私の先を歩いてくださいました」  
「いや……ずっと隣にいたかっただけです」  

その言葉に、リディアの心が揺れた。  
口を開こうとしたが、声にならない。  
オーウェンは静かに続ける。  

「あなたに会ってから、私は“王子としての理想”を持てるようになった。  
 でも、同時に“男としての臆病者”にもなった。あなたを失うことを恐れてばかりいる」  

リディアは深く息を吸い込んだ。  
「臆病でいいのです。それは優しさの証でもあります」  
「優しさが誰かを救えるならいい。でも、優しさが足枷になる時がある」  
「足枷になっても、私は離れません」  

オーウェンが目を見張る。  
「どうして、そこまで……?」  
「あなたは、私の人生を変えた人です。誰かの庇護ではなく、私として生きる道を見せてくださった。だから、今度は私があなたを支える番です」  

しばしの沈黙。  
夕陽が沈み、庭の花々が金に濡れる。  
風に流れる水音の中で、オーウェンはそっと口を開いた。  

「リディア。すべてが終わったら……この手で、あなたを迎えに行ってもいいですか?」  
「……それは、王子としての殿下が?」  
オーウェンは首を振る。  
「王でも、王子でもありません。ひとりの男としてです」  

彼の不器用な真剣さに、リディアは笑った。  
その笑顔は涙を含んで輝く。  

「殿下。あなたがそう言ってくださるなら、私は何度でもあなたに心を奪われます」  

オーウェンの目が少し潤んだ。  
彼はゆっくりとリディアの手を取る。  
指先が触れた瞬間、温もりが互いの体に流れ込んだ。  

「あなたを守りたい。政治でも、理想でもなく、たった一人の人として」  
「ならば守ってください、王国ではなく――私たちの信じた道を」  

二人の視線が絡む。  
遠くから鐘が鳴り響き、夜が静かに訪れた。  

* * *  

その夜、オーウェンの部屋には一通の文書が届いた。  
差出人の名はグレゴール。  
“第二王子オーウェン・ローゼンハイトの東部巡察を即時中止とする。王国代表として、北部使節への交渉は第一王子が代行する”  
――それは兄による明確な排除命令だった。  

手にした文を見つめながら、オーウェンは小さく息を吐いた。  
「やはり、平和には試練がつきものですね……」  

リディアの顔が頭に浮かぶ。  
彼女の強さ、優しさ、そして決して折れぬ瞳の光。  
それが胸の奥で、確かな炎のように燃えていた。  

彼は筆を取り、短い手紙を書いた。  
“リディアへ。次の一歩を共に進むために、どうか私を信じてほしい。  
 王としてではなく、あなたに誓って――オーウェン。”  

その筆を置くと同時に、夜風が窓を叩いた。  
灯りのゆらめきの中で、彼の横顔は決意に満ちていた。  

不器用なままの愛。  
それこそが、今の彼の誇りだった。  

続く
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