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第八章 あの日の情景
やりとり
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不意に湧き出た、魔族に関する不穏な兆候。
だが今は、憶測にすぎない。
それらは一旦脇に置き、私たちはマスティフに案内され、彼の屋敷に向かう。
屋敷へ向かう道はジグザクに続く険しい坂道。
しかし、途中で坂道は縦に貫かれ、道はベルトコンベヤーを改良した動く坂道と変わる。
フィナは何の躊躇いもなく足を踏み入れたが、エクアは乗るタイミングがわからなくて躊躇しているようだ。
「えっと、1・2、あ、ダメだ」
「あはは、大丈夫か?」
「あ、ケント様。ちょっと、なんだか足を取られそうで」
「初めてはそういうものだ。ほら、私の手を取りなさい。一緒に乗れば大丈夫だ」
「あ、はい……」
エクアは恥ずかしそうに顔を伏せて頬を染めた。とても愛らしい。私に娘がいたらこのような気持ちを抱くのだろうか。
私は手を引き、動く坂道へ乗り込む。
エクアは少しだけバランスを崩したが、すぐに慣れたようで、しっかりと立っている。
そこへ案内役として先行していたマスティフが話しかけてくる。
「そのご様子だと、ケント殿とフィナ殿は水平型エスカレーターをご存じのようで」
「私は王都オバディア出身ですので」
「旅の錬金術士ですもの。知ってて当然。王都だと、国の管理施設についてるしね」
「二人とも王都を知る方であったか。このエスカレーターはトロッカーの自慢だったのだが、自慢損ねましたな」
「そんなことないですよ。私は初めてでしたから」
片方の手すりに両手を置き、エクアはマスティフを見上げる。
「あっはっは、驚いてくれる方がいて何よりだ。実を言うと、訪れた客をこいつでビックリさせるのが趣味なんでな。あっはっはっは」
豪快に笑うマスティフ。
彼は長という肩書を気負うことのない、実に親しみ深い性格だ。
私は愉快そうに笑う彼が今しがた口にした、一つのワードに意識を集める。
「マスティフ殿。『訪れた客』というと、多くの方と交流が?」
「ああ。この鉱山の奥にある洞窟の一部が大陸と繋がっており、大陸に住む様々な種族と交流がある」
「ほぅ、それほど多くの種族と……アグリスとは?」
「アグリスか……彼らは人間族以外を毛嫌いしておるからな。あまり交流はない。それでも、商売上の付き合いは避けられんが」
「そうですか……」
アグリスは宗教都市として名高い。
都市を支配しているのはサノア教『ルヒネ派』。
この宗教の特性上、人間族が上に立ち、それ以外の種族は下に位置する。
それでいて、強力な軍を持つ都市。
非常に付き合い難い存在のようだ。
厄介な存在アグリス。そして、多くの種族と交流のあるワントワーフのマスティフ。
この二つの関係に、私の闇が笑みを浮かべる。
「フフッ」
「おや、どうされたのかな? ケント殿?」
「いえ、現在の私はアルリナと覚えがあるだけですから、マスティフ殿が羨ましく思えまして」
「ガハハハ、そんなことかっ。これからはアルリナだけではなく、我らトロッカーのワントワーフとも交流を深めていきましょうぞ。ケント殿はアグリスの連中と違い、話の分かる方のようですからな」
マスティフはこちらの胸がすくような大声で笑う。ワントワーフは多くの種族に好意的だと聞くが、正にその通りのようだ。
話をしている間に、長く縦に続いていたエスカレーターの終わりに届く。そこからしばらく徒歩で進み、次に石段を昇ると大きめのログハウスが見えてきた。
「見ての通り、無骨な家ですが、できる限りの持て成しをさせて頂こう」
ログハウスの中に案内される。
室内は光を封じた魔導石が煌煌と輝き、柔らかな光で満たされていた。
玄関からすぐ前に部屋があり、部屋奥には獣の毛皮を織り重ねてできた巨大な座椅子が置かれ、両脇には兵士らしきワントワーフが。
マスティフはその椅子にドカッと座り、私たちには柔らかな毛に覆われた座布団へ座るように促した。
私たちとマスティフは向かい合う。
すると、フィナが布で覆われた貴重金属である、神の力が宿るというオリハルコンの延べ棒を差し出す。
オリハルコンは加工がしやすく、魔力を増幅させ、さらに一度形状を決め魔法で固定すると、その硬さと柔軟性は他の鉱物の追随を許さぬものとなる。
どうやら、彼女は気を回して私に相談することなく土産を用意したようだが……私は心の中で顔を歪める。
「これ、私たちからの手土産」
フィナはずずいっと土産品を差し出すが、これに対してマスティフは眉間に皺寄せて重々しく口を開いた。
「それは筋が通らぬな」
「なにが?」
「ケント殿から土産など貰う謂れがない。むしろ、本来ならば、我らこそが領主の拝命祝いにケント殿へ祝い品を届けるのが筋。そうであるのに、このようなことをされては我らの立つ瀬がない。故に、これは受け取れぬっ」
「なによそれ。こっちが下手に出てお土産まで用意しているのに!」
「フィナっ、待て」
「ちょっとケントまで!」
「君の親切心はありがたい。だが、物には順序というものがある。ここは私に話をさせてほしい」
私は居住まいを正し、マスティフに頭を下げた。
「マスティフ殿、申し訳ない。たしかに、マスティフ殿の仰る通り。意味もなく土産を渡すなど非礼であり、さらにこちらに腹積もりありと見られかねない」
「ふふ、さすがはアルリナの闇を切り裂いた方。道理を知っておられる」
「アルリナの動向はもうお耳に届いているようで」
「ワントワーフは疾き足と耳が自慢だからな」
「安閑ならぬ御力で。フィナ、そういうことだ。君には悪いが、それは手仕舞ってくれ」
「ええ~、せっかくさ、一番いいやつ見繕ったのにさぁ」
ブツブツ言いながらオリハルコンの延べ棒を腰につけたポシェットに押し込んでいく。
明らかに延べ棒の大きさが勝っているのだが、ポシェット内部の空間は広いらしいのでなんの引っ掛かりもなく延べ棒はポシェットに納まった。
納め終わった後もフィナは納得できていないようで、ブツブツと愚痴を言っている。
その姿をやんちゃな子どもを見るような優しげな眼でマスティフは見ている。
器の大きな方で良かった……。
だが今は、憶測にすぎない。
それらは一旦脇に置き、私たちはマスティフに案内され、彼の屋敷に向かう。
屋敷へ向かう道はジグザクに続く険しい坂道。
しかし、途中で坂道は縦に貫かれ、道はベルトコンベヤーを改良した動く坂道と変わる。
フィナは何の躊躇いもなく足を踏み入れたが、エクアは乗るタイミングがわからなくて躊躇しているようだ。
「えっと、1・2、あ、ダメだ」
「あはは、大丈夫か?」
「あ、ケント様。ちょっと、なんだか足を取られそうで」
「初めてはそういうものだ。ほら、私の手を取りなさい。一緒に乗れば大丈夫だ」
「あ、はい……」
エクアは恥ずかしそうに顔を伏せて頬を染めた。とても愛らしい。私に娘がいたらこのような気持ちを抱くのだろうか。
私は手を引き、動く坂道へ乗り込む。
エクアは少しだけバランスを崩したが、すぐに慣れたようで、しっかりと立っている。
そこへ案内役として先行していたマスティフが話しかけてくる。
「そのご様子だと、ケント殿とフィナ殿は水平型エスカレーターをご存じのようで」
「私は王都オバディア出身ですので」
「旅の錬金術士ですもの。知ってて当然。王都だと、国の管理施設についてるしね」
「二人とも王都を知る方であったか。このエスカレーターはトロッカーの自慢だったのだが、自慢損ねましたな」
「そんなことないですよ。私は初めてでしたから」
片方の手すりに両手を置き、エクアはマスティフを見上げる。
「あっはっは、驚いてくれる方がいて何よりだ。実を言うと、訪れた客をこいつでビックリさせるのが趣味なんでな。あっはっはっは」
豪快に笑うマスティフ。
彼は長という肩書を気負うことのない、実に親しみ深い性格だ。
私は愉快そうに笑う彼が今しがた口にした、一つのワードに意識を集める。
「マスティフ殿。『訪れた客』というと、多くの方と交流が?」
「ああ。この鉱山の奥にある洞窟の一部が大陸と繋がっており、大陸に住む様々な種族と交流がある」
「ほぅ、それほど多くの種族と……アグリスとは?」
「アグリスか……彼らは人間族以外を毛嫌いしておるからな。あまり交流はない。それでも、商売上の付き合いは避けられんが」
「そうですか……」
アグリスは宗教都市として名高い。
都市を支配しているのはサノア教『ルヒネ派』。
この宗教の特性上、人間族が上に立ち、それ以外の種族は下に位置する。
それでいて、強力な軍を持つ都市。
非常に付き合い難い存在のようだ。
厄介な存在アグリス。そして、多くの種族と交流のあるワントワーフのマスティフ。
この二つの関係に、私の闇が笑みを浮かべる。
「フフッ」
「おや、どうされたのかな? ケント殿?」
「いえ、現在の私はアルリナと覚えがあるだけですから、マスティフ殿が羨ましく思えまして」
「ガハハハ、そんなことかっ。これからはアルリナだけではなく、我らトロッカーのワントワーフとも交流を深めていきましょうぞ。ケント殿はアグリスの連中と違い、話の分かる方のようですからな」
マスティフはこちらの胸がすくような大声で笑う。ワントワーフは多くの種族に好意的だと聞くが、正にその通りのようだ。
話をしている間に、長く縦に続いていたエスカレーターの終わりに届く。そこからしばらく徒歩で進み、次に石段を昇ると大きめのログハウスが見えてきた。
「見ての通り、無骨な家ですが、できる限りの持て成しをさせて頂こう」
ログハウスの中に案内される。
室内は光を封じた魔導石が煌煌と輝き、柔らかな光で満たされていた。
玄関からすぐ前に部屋があり、部屋奥には獣の毛皮を織り重ねてできた巨大な座椅子が置かれ、両脇には兵士らしきワントワーフが。
マスティフはその椅子にドカッと座り、私たちには柔らかな毛に覆われた座布団へ座るように促した。
私たちとマスティフは向かい合う。
すると、フィナが布で覆われた貴重金属である、神の力が宿るというオリハルコンの延べ棒を差し出す。
オリハルコンは加工がしやすく、魔力を増幅させ、さらに一度形状を決め魔法で固定すると、その硬さと柔軟性は他の鉱物の追随を許さぬものとなる。
どうやら、彼女は気を回して私に相談することなく土産を用意したようだが……私は心の中で顔を歪める。
「これ、私たちからの手土産」
フィナはずずいっと土産品を差し出すが、これに対してマスティフは眉間に皺寄せて重々しく口を開いた。
「それは筋が通らぬな」
「なにが?」
「ケント殿から土産など貰う謂れがない。むしろ、本来ならば、我らこそが領主の拝命祝いにケント殿へ祝い品を届けるのが筋。そうであるのに、このようなことをされては我らの立つ瀬がない。故に、これは受け取れぬっ」
「なによそれ。こっちが下手に出てお土産まで用意しているのに!」
「フィナっ、待て」
「ちょっとケントまで!」
「君の親切心はありがたい。だが、物には順序というものがある。ここは私に話をさせてほしい」
私は居住まいを正し、マスティフに頭を下げた。
「マスティフ殿、申し訳ない。たしかに、マスティフ殿の仰る通り。意味もなく土産を渡すなど非礼であり、さらにこちらに腹積もりありと見られかねない」
「ふふ、さすがはアルリナの闇を切り裂いた方。道理を知っておられる」
「アルリナの動向はもうお耳に届いているようで」
「ワントワーフは疾き足と耳が自慢だからな」
「安閑ならぬ御力で。フィナ、そういうことだ。君には悪いが、それは手仕舞ってくれ」
「ええ~、せっかくさ、一番いいやつ見繕ったのにさぁ」
ブツブツ言いながらオリハルコンの延べ棒を腰につけたポシェットに押し込んでいく。
明らかに延べ棒の大きさが勝っているのだが、ポシェット内部の空間は広いらしいのでなんの引っ掛かりもなく延べ棒はポシェットに納まった。
納め終わった後もフィナは納得できていないようで、ブツブツと愚痴を言っている。
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器の大きな方で良かった……。
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