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第八章 あの日の情景
空を見上げて
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アグリス――宗教色が強く身分差別の激しい街。
周辺種族とは常に対立している。
そのような都市が、半島と大陸を繋げる玄関口に立っている。
敵に回せば、危険極まりない街……。
「もちろん、敵対など考えてませんが、宗教色が強い街である以上、意見の相違があり対立する可能性が十分にある。その時に、トーワのみでは抵抗すら敵いませんから」
「アルリナはすでに屈服している。だが、ケント殿は違うようだ。そうであろうとも、失礼ながらも言わせてもらおう。無謀だっ」
「わかっています。それに何も対立するとは言っていません。念のため、念のためです」
「念のため、か……ふふ、良いでしょう。その念のためが現実にならぬよう祈っておる」
マスティフは深く言葉を沈め、声に出した。
それだけアグリスという街が恐ろしく、そして強大なのであろう。
僅かな間を挟み、彼は声をいつもの調子に戻す。
「アグリスと比べれば、力の差は歴然。そうだというのに、温和な見た目から反して、この気構え。無謀であっても、ワシは気に入りましたぞ。ケント殿の手紙、必ずやお届けしましょう」
「ははは、それは嬉しいお言葉」
本音を言えば、事を構える準備なぞする気はなかった。フィナと出会うまでは……。
彼女が訪れたことで、古代人の遺跡に興味が湧いた。
探索する可能性が開いた。
ならば、あの遺跡を死守するためにも最低限の備えはしておきたい。
そう、感じ始めていた。だから、打った布石……。
(ふふ、いつの間にやら、フィナ以上に遺跡にこだわっているようだ。だが、無理もない。トーワの城で見た数式と設計図。せめてあれがなければ、ここまで興味を持たなかっただろうが)
何者が書いたのかわからない数式と設計図。
古代人に匹敵する知識を持つ者。
だが、遺跡に立ち入った様子はない。
本当に立ち入ったことがないならば、どうやってあの数式と設計図を生んだろうか?
同じ研究をしていた者として、ぜひ教えを乞いたい。
その者が遺跡に入ったのかそうではないのか……それをはっきりと確認するためには遺跡の探索が必要。
さらに、あの数式が本当に古代人の知識に匹敵するものかどうかの確認を……いや、あの数式がなくとも、遺跡には……みんなを救う手立てがあるかもしれない。
私のものでは不完全なはず。はず――私ごときでは結果がどうなるかも予想できないっ。
思わず、拳に力が入る。
その拳を目にしたマスティフが眉を少し上げて尋ねてきた。
「どうされました、ケント殿?」
「いえ、皆が各々役目を果たしている。私も頑張らねばと思っただけですよ。では、私も治療に手を貸しに参ります」
「しかし、それは」
私はピッと人差し指を立てる。
「客人。そして、一領主の方に任せるわけにはいかない、は無しですよ。ま、貸しときます」
「がはは、なかなかの御仁だ、ケント殿は。ワシも現場に戻り、事故の始末をつけねばな」
私たちは揃って家から出て、自分の役目へと戻っていった。
――次の日の朝
私たちはトロッカー鉱山の入り口前に集まっていた。トーワへ帰るために……。
もちろん、治療や事故処理のために残るという選択肢もあった。
だがマスティフから、これ以上手を借りるわけにはいかないと固辞された。
正確には、これ以上の貸しを作ることを嫌ったのだろう。
幸い、ワントワーフの回復力は人間族よりも強く、私たちがいなくとも生き残った人々は回復を待つ人ばかりだ。
安心して、鉱山を立ち去れる。
余談だが、事故の原因となったものをフィナが特定したらしい。
三番炉の圧力弁に粉塵や煤の侵入を防ぐフィルターが取り付けられているのだが、それが旧式のものだったらしく、内部で剥がれ落ち、弁を封鎖してしまったようだ。
それにより、圧力が上昇、爆発となってしまったと。
去る間際に、マスティフと簡単なあいさつを終え、彼の隣に立つカインが私に声を掛けてきた。
「僕はもうしばらく、治療に当たろうと思っています」
「そうか。頑張ってくれ。その後は王都へ戻られるつもりかな?」
「……いえ、戻りません」
「では、どちらへ?」
こう、問うと、カインは大きく深呼吸を行い、私を真っ直ぐ見つめてきた。
「ケント殿。いえ、ケント様。あなたのおかげで私は立ち直れました。その礼をしたい」
「ですが、あなたが負った傷の原因は……」
「それは違います。事故は事故です。ですから……」
「お気持ちはありがたいが、トーワに人なく、あなたの医術を振るう場は――」
「別にいいんじゃない」
言葉を挟んだのはフィナ。彼女はこう続ける。
「今は大工の人たちもいるし、怪我人とか出るかもしれないじゃん。それに居てくれるとエクアの勉強にもなるしね。でしょ、エクア」
「え、あ、はいっ。お父さんが医者でしたので、興味はあります」
「そういうこと。受けちゃいなよ、ケント」
「君は軽いな。だが、たしかに言うとおりだ。カイン、何もない場所だが、よろしく頼む」
「はい、ケント様」
「ふふ。それと、様はよしてくれ。ケント殿と呼んでくれていただろう?」
「それは領主様と知らずのことでしたので」
「知ったとしても別に構わないさ」
「それでは……ケント、さん」
「あはは、私は年下なんだがな。よろしく頼む、カイン」
「はい。ワントワーフの皆さんの回復力から見て、十日後ぐらいにはお伺いできると思います」
「うん、楽しみにしている」
私たちはマスティフとカインと別れ、一同、トーワを目指す。
フィナが帰り道を尋ねてくる。
「どうする? 真っ直ぐ荒れ地を通れば一番の近道だけど」
「いや、遠回りになるが、マッキンドーの森と荒れ地の境界にある旧街道を見ておきたい。今後、利用するかもしれないからな」
「うえ~、めっちゃ遠回り~」
「なら、君だけ荒れ地を通るか?」
「うわ~、つめた。はいはい、付き合いますよ~っと」
「ふふふ、エクアもそれで構わないかな?」
「もちろんです、ケント様」
「では、街道を通って、トーワへ戻ろう」
――ケントたちが離れ行く姿をカインは見送る。
カインは彼らの後姿から視線を外し、空を見上げた。
瞳に映るのは突き抜けるような青い空と、大切な二人の姪っ子。
(エナ、リル。君たちに償うことはできない。罪は消せない。それでも、僕はもう一度、医者としての道を歩くよ。心には罪と後悔が刻まれている。だけど、許しは請うことに逃げない。命尽きるその日まで、二人が好きでいてくれた医者の僕として、あり続けるからね……)
周辺種族とは常に対立している。
そのような都市が、半島と大陸を繋げる玄関口に立っている。
敵に回せば、危険極まりない街……。
「もちろん、敵対など考えてませんが、宗教色が強い街である以上、意見の相違があり対立する可能性が十分にある。その時に、トーワのみでは抵抗すら敵いませんから」
「アルリナはすでに屈服している。だが、ケント殿は違うようだ。そうであろうとも、失礼ながらも言わせてもらおう。無謀だっ」
「わかっています。それに何も対立するとは言っていません。念のため、念のためです」
「念のため、か……ふふ、良いでしょう。その念のためが現実にならぬよう祈っておる」
マスティフは深く言葉を沈め、声に出した。
それだけアグリスという街が恐ろしく、そして強大なのであろう。
僅かな間を挟み、彼は声をいつもの調子に戻す。
「アグリスと比べれば、力の差は歴然。そうだというのに、温和な見た目から反して、この気構え。無謀であっても、ワシは気に入りましたぞ。ケント殿の手紙、必ずやお届けしましょう」
「ははは、それは嬉しいお言葉」
本音を言えば、事を構える準備なぞする気はなかった。フィナと出会うまでは……。
彼女が訪れたことで、古代人の遺跡に興味が湧いた。
探索する可能性が開いた。
ならば、あの遺跡を死守するためにも最低限の備えはしておきたい。
そう、感じ始めていた。だから、打った布石……。
(ふふ、いつの間にやら、フィナ以上に遺跡にこだわっているようだ。だが、無理もない。トーワの城で見た数式と設計図。せめてあれがなければ、ここまで興味を持たなかっただろうが)
何者が書いたのかわからない数式と設計図。
古代人に匹敵する知識を持つ者。
だが、遺跡に立ち入った様子はない。
本当に立ち入ったことがないならば、どうやってあの数式と設計図を生んだろうか?
同じ研究をしていた者として、ぜひ教えを乞いたい。
その者が遺跡に入ったのかそうではないのか……それをはっきりと確認するためには遺跡の探索が必要。
さらに、あの数式が本当に古代人の知識に匹敵するものかどうかの確認を……いや、あの数式がなくとも、遺跡には……みんなを救う手立てがあるかもしれない。
私のものでは不完全なはず。はず――私ごときでは結果がどうなるかも予想できないっ。
思わず、拳に力が入る。
その拳を目にしたマスティフが眉を少し上げて尋ねてきた。
「どうされました、ケント殿?」
「いえ、皆が各々役目を果たしている。私も頑張らねばと思っただけですよ。では、私も治療に手を貸しに参ります」
「しかし、それは」
私はピッと人差し指を立てる。
「客人。そして、一領主の方に任せるわけにはいかない、は無しですよ。ま、貸しときます」
「がはは、なかなかの御仁だ、ケント殿は。ワシも現場に戻り、事故の始末をつけねばな」
私たちは揃って家から出て、自分の役目へと戻っていった。
――次の日の朝
私たちはトロッカー鉱山の入り口前に集まっていた。トーワへ帰るために……。
もちろん、治療や事故処理のために残るという選択肢もあった。
だがマスティフから、これ以上手を借りるわけにはいかないと固辞された。
正確には、これ以上の貸しを作ることを嫌ったのだろう。
幸い、ワントワーフの回復力は人間族よりも強く、私たちがいなくとも生き残った人々は回復を待つ人ばかりだ。
安心して、鉱山を立ち去れる。
余談だが、事故の原因となったものをフィナが特定したらしい。
三番炉の圧力弁に粉塵や煤の侵入を防ぐフィルターが取り付けられているのだが、それが旧式のものだったらしく、内部で剥がれ落ち、弁を封鎖してしまったようだ。
それにより、圧力が上昇、爆発となってしまったと。
去る間際に、マスティフと簡単なあいさつを終え、彼の隣に立つカインが私に声を掛けてきた。
「僕はもうしばらく、治療に当たろうと思っています」
「そうか。頑張ってくれ。その後は王都へ戻られるつもりかな?」
「……いえ、戻りません」
「では、どちらへ?」
こう、問うと、カインは大きく深呼吸を行い、私を真っ直ぐ見つめてきた。
「ケント殿。いえ、ケント様。あなたのおかげで私は立ち直れました。その礼をしたい」
「ですが、あなたが負った傷の原因は……」
「それは違います。事故は事故です。ですから……」
「お気持ちはありがたいが、トーワに人なく、あなたの医術を振るう場は――」
「別にいいんじゃない」
言葉を挟んだのはフィナ。彼女はこう続ける。
「今は大工の人たちもいるし、怪我人とか出るかもしれないじゃん。それに居てくれるとエクアの勉強にもなるしね。でしょ、エクア」
「え、あ、はいっ。お父さんが医者でしたので、興味はあります」
「そういうこと。受けちゃいなよ、ケント」
「君は軽いな。だが、たしかに言うとおりだ。カイン、何もない場所だが、よろしく頼む」
「はい、ケント様」
「ふふ。それと、様はよしてくれ。ケント殿と呼んでくれていただろう?」
「それは領主様と知らずのことでしたので」
「知ったとしても別に構わないさ」
「それでは……ケント、さん」
「あはは、私は年下なんだがな。よろしく頼む、カイン」
「はい。ワントワーフの皆さんの回復力から見て、十日後ぐらいにはお伺いできると思います」
「うん、楽しみにしている」
私たちはマスティフとカインと別れ、一同、トーワを目指す。
フィナが帰り道を尋ねてくる。
「どうする? 真っ直ぐ荒れ地を通れば一番の近道だけど」
「いや、遠回りになるが、マッキンドーの森と荒れ地の境界にある旧街道を見ておきたい。今後、利用するかもしれないからな」
「うえ~、めっちゃ遠回り~」
「なら、君だけ荒れ地を通るか?」
「うわ~、つめた。はいはい、付き合いますよ~っと」
「ふふふ、エクアもそれで構わないかな?」
「もちろんです、ケント様」
「では、街道を通って、トーワへ戻ろう」
――ケントたちが離れ行く姿をカインは見送る。
カインは彼らの後姿から視線を外し、空を見上げた。
瞳に映るのは突き抜けるような青い空と、大切な二人の姪っ子。
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