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第八章 あの日の情景
念のために
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――事故から数時間後
日は暮れ、トロッカー鉱山には炉の明かりと篝火だけが煌々と揺らめく。
怪我人の治療と事故処理が大まかに終え、私たちはマスティフの家に招待された。
彼は居住まいを正し、両膝をつけて足を折り曲げて床に座り、頭を深々と下げてきた。
「皆さん、力添えかたじけない! あなた方のおかげで、被害を最小限に抑えられた!」
「マスティフ殿、頭をお上げください。我らは当然のことをしたまでですから」
「ありがたい。本当にありがたい……」
マスティフは頭を上げ、身体を少しずらし、医者のカインに顔を向けた。
「カイン殿、貴殿が手を貸してくれたおかげで多くの者が助かった。心より感謝致す!」
「いえ……助けられない方もたくさんいた。力及ばず、申し訳ありません」
そう言って、カインは表情に影を降ろし、その顔を鉱山の北東へ向けた。
そこにあるのは、もはや手の施しようのない者たちを運んだ収容所。
痛み止めだけが彼らの頼りとなり、死を待つ者ばかり……。
その生と死を判断したのはカイン。
彼はそれに苦悩している。
ところがマスティフは……。
「お気になさらずに。必要なことと、我らは理解しておる」
「え?」
「日常的に危険と隣り合わせの鉱山。その時が来れば覚悟はある。たしかに、身内たちの中には感情の整理がつかぬ者もいましょう。ですが、理解しております。カイン殿を責めるような者はいません」
「っ!? あ、その……す、すみません。返す言葉なく、う、うう、ううう」
彼の過去とマスティフたちの思いが心に刺激を与えたのだろう。
彼は感情を堪えきれず、涙を流し続ける。
マスティフは身体を再度正面に向けて、もう一度礼を言う。
「ありがとうございます。あなた方はいてくれてよかった。この礼、トロッカーのワントワーフとして、必ずお返しする。我らの力が必要な時は、いつ何時であっても声を掛けてほしい!」
種族の名を出して、返礼を口にするマスティフ。
これは相当に大きな事。
だというのに、フィナは……。
「じゃ、弾丸と雷管代タダでいいよね?」
「フィナさん、無遠慮ですよ!」
「いいじゃないのエクア。それぐらいのことはしたし」
「駄目ですって」
この二人のやり取りを見て、マスティフは大きな笑いを上げた。
「がはははは、いや、正直でありがたい。礼を遠慮されてはこちらも困ってしまう。もちろん、依頼は無料で引き受けよう。後日、トーワに納めましょう」
「やったね、エクア、ケント」
「もう~、フィナさんは~」
「フィナは凄いな……」
「でしょっ」
フィナはぐっと胸を張る。褒めたわけでないのだが……。
とりあえず、フィナの気分は良さそうなので放っておくことにして、私はマスティフに話しかける。
「あまり、気負う必要はありませんので、マスティフ殿」
「いえ、そういうわけにはいかぬ」
重々しく、マスティフは言葉を返す。
ここで彼の礼を断っては逆に非礼であろう。
「わかりました。では、一つ、頼みたいことがあるのですが」
「何でありますかな?」
「マスティフ殿は大陸側に住まう他の種族と繋がりがあると仰っていましたね?」
「ああ」
「そうですか……フィナ、エクア、カイン。悪いが席を外してくれるか?」
「何、密談?」
「フィナさん!」
「ははは、領主と長の話し合い。お二人だけで話したいことがあるのでしょう。僕は怪我を負った方々の様子を見て参ります。エクア君とフィナ君も手伝ってくれると嬉しい」
「はい、もちろん! 行きますよ、フィナさん」
「ちょっと、引っ張らないでよ。行くってば。もう~、大人の胡散臭い話に付き合っても仕方ないからね。じゃ~ね、ケント。べ~」
フィナはエクアに腕を引っ張られ、そのフィナは何故か私にあっかんべ~をして去って行った。
彼女たちがいなくなり、私は息を落とす。
「はぁ、申し訳ないマスティフ殿。フィナはあまり礼節に興味がなく」
「それがあの子の持ち味でしょう。ワシは不快に感じるようなことはないですぞ。まぁ、人は選んだ方が良いでしょうがな」
「気をつけておきます。可能な限り……」
「がははは、かなり苦労しそうですな。それで、頼みとは?」
「私は他の種族や集落の長と繋がりを持ちたいと思っています。手紙を認めますので、マスティフ殿の名を借りて、届けてもらいたい」
「ええ、その程度なら……しかし、また、どうして?」
「今後、何かしらの関係を結ぶことがあるかもしれません。その時に覚えが良いですから……」
「それだけですかな?」
マスティフは皮下脂肪でブルンブルンの唇をぶるんと揺らした。
それに私は参ったなといった様子で頭を掻き、部屋の隅にあった地図に近づく。
そして、ある街を指差し、そこを中心に弧を描くように指を動かした。
「大陸側の、この指でなぞった地域に住む方々とぜひとも繋がりを得ていたい」
「ほぅ、これは奇妙な……ケント殿はまさか?」
「ははは、可能だと思いますか?」
「いや、失礼だが、絶対に不可能だ。トーワには民も兵もない。仮に存在し、半島に住む我らやキャビット・アルリナが手を組み、且つ、ケント殿がなぞった地域にある勢力の助力があったとしても不可能」
「ええ、わかっています。ですが、聞き及んでいるだけでもあまり良い街とは思えない。だから、これは念のため。その念のためだけに繋がりを得たい」
そう言って、私は再度、弧を描いた中心にある街を指差した。
その街の名は、『アグリス』……。
日は暮れ、トロッカー鉱山には炉の明かりと篝火だけが煌々と揺らめく。
怪我人の治療と事故処理が大まかに終え、私たちはマスティフの家に招待された。
彼は居住まいを正し、両膝をつけて足を折り曲げて床に座り、頭を深々と下げてきた。
「皆さん、力添えかたじけない! あなた方のおかげで、被害を最小限に抑えられた!」
「マスティフ殿、頭をお上げください。我らは当然のことをしたまでですから」
「ありがたい。本当にありがたい……」
マスティフは頭を上げ、身体を少しずらし、医者のカインに顔を向けた。
「カイン殿、貴殿が手を貸してくれたおかげで多くの者が助かった。心より感謝致す!」
「いえ……助けられない方もたくさんいた。力及ばず、申し訳ありません」
そう言って、カインは表情に影を降ろし、その顔を鉱山の北東へ向けた。
そこにあるのは、もはや手の施しようのない者たちを運んだ収容所。
痛み止めだけが彼らの頼りとなり、死を待つ者ばかり……。
その生と死を判断したのはカイン。
彼はそれに苦悩している。
ところがマスティフは……。
「お気になさらずに。必要なことと、我らは理解しておる」
「え?」
「日常的に危険と隣り合わせの鉱山。その時が来れば覚悟はある。たしかに、身内たちの中には感情の整理がつかぬ者もいましょう。ですが、理解しております。カイン殿を責めるような者はいません」
「っ!? あ、その……す、すみません。返す言葉なく、う、うう、ううう」
彼の過去とマスティフたちの思いが心に刺激を与えたのだろう。
彼は感情を堪えきれず、涙を流し続ける。
マスティフは身体を再度正面に向けて、もう一度礼を言う。
「ありがとうございます。あなた方はいてくれてよかった。この礼、トロッカーのワントワーフとして、必ずお返しする。我らの力が必要な時は、いつ何時であっても声を掛けてほしい!」
種族の名を出して、返礼を口にするマスティフ。
これは相当に大きな事。
だというのに、フィナは……。
「じゃ、弾丸と雷管代タダでいいよね?」
「フィナさん、無遠慮ですよ!」
「いいじゃないのエクア。それぐらいのことはしたし」
「駄目ですって」
この二人のやり取りを見て、マスティフは大きな笑いを上げた。
「がはははは、いや、正直でありがたい。礼を遠慮されてはこちらも困ってしまう。もちろん、依頼は無料で引き受けよう。後日、トーワに納めましょう」
「やったね、エクア、ケント」
「もう~、フィナさんは~」
「フィナは凄いな……」
「でしょっ」
フィナはぐっと胸を張る。褒めたわけでないのだが……。
とりあえず、フィナの気分は良さそうなので放っておくことにして、私はマスティフに話しかける。
「あまり、気負う必要はありませんので、マスティフ殿」
「いえ、そういうわけにはいかぬ」
重々しく、マスティフは言葉を返す。
ここで彼の礼を断っては逆に非礼であろう。
「わかりました。では、一つ、頼みたいことがあるのですが」
「何でありますかな?」
「マスティフ殿は大陸側に住まう他の種族と繋がりがあると仰っていましたね?」
「ああ」
「そうですか……フィナ、エクア、カイン。悪いが席を外してくれるか?」
「何、密談?」
「フィナさん!」
「ははは、領主と長の話し合い。お二人だけで話したいことがあるのでしょう。僕は怪我を負った方々の様子を見て参ります。エクア君とフィナ君も手伝ってくれると嬉しい」
「はい、もちろん! 行きますよ、フィナさん」
「ちょっと、引っ張らないでよ。行くってば。もう~、大人の胡散臭い話に付き合っても仕方ないからね。じゃ~ね、ケント。べ~」
フィナはエクアに腕を引っ張られ、そのフィナは何故か私にあっかんべ~をして去って行った。
彼女たちがいなくなり、私は息を落とす。
「はぁ、申し訳ないマスティフ殿。フィナはあまり礼節に興味がなく」
「それがあの子の持ち味でしょう。ワシは不快に感じるようなことはないですぞ。まぁ、人は選んだ方が良いでしょうがな」
「気をつけておきます。可能な限り……」
「がははは、かなり苦労しそうですな。それで、頼みとは?」
「私は他の種族や集落の長と繋がりを持ちたいと思っています。手紙を認めますので、マスティフ殿の名を借りて、届けてもらいたい」
「ええ、その程度なら……しかし、また、どうして?」
「今後、何かしらの関係を結ぶことがあるかもしれません。その時に覚えが良いですから……」
「それだけですかな?」
マスティフは皮下脂肪でブルンブルンの唇をぶるんと揺らした。
それに私は参ったなといった様子で頭を掻き、部屋の隅にあった地図に近づく。
そして、ある街を指差し、そこを中心に弧を描くように指を動かした。
「大陸側の、この指でなぞった地域に住む方々とぜひとも繋がりを得ていたい」
「ほぅ、これは奇妙な……ケント殿はまさか?」
「ははは、可能だと思いますか?」
「いや、失礼だが、絶対に不可能だ。トーワには民も兵もない。仮に存在し、半島に住む我らやキャビット・アルリナが手を組み、且つ、ケント殿がなぞった地域にある勢力の助力があったとしても不可能」
「ええ、わかっています。ですが、聞き及んでいるだけでもあまり良い街とは思えない。だから、これは念のため。その念のためだけに繋がりを得たい」
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