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第八章 あの日の情景
後悔は二度と
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――三番炉
壺を逆さにしたような形の炉は跡形もなく吹き飛び、周囲には金属の焼ける匂いと肉の焦げた匂いが入り混じり広がっていた。
あちらこちらから呻き声が届く。
すでに、呻き声すら発しなくなった者たちもいる。
この惨憺たる状況の中でワントワーフの長・マスティフは怒声を張り上げ、現場の指揮を執っていた。
声に応え、焼け溶けた金属が火を広げる場を鎮めるべく消火に当たる者。
瓦礫に挟まっている者や、自分で歩けぬ怪我人を支える者。怪我の手当てに従事する者と現場は混乱の渦であった。
その渦の中に、エクアとフィナの姿を見つけた。
「二人とも、無事だったか!?」
「はい、何とか」
「びっくりしたよ。頭に岩でもぶつけられた気分!」
そう文句を飛ばしながらもフィナは腰にぶら下げている回復薬を詰めたフラスコで怪我人の治療に当たっている。
エクアもまた、治癒術を駆使し、大きな火傷を負った者の手当てをしていた。
だが、それらは全く追いついていない。
エクアは火傷を負い、片腕を失ったワントワーフの出血を止めようと必死の形相で両手に治癒の緑光を宿す。
その両手は恐怖に震えている。
少女の瞳は焼けた肉と千切れた傷口に怯えを見せていた。
「エクア、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですっ。今は、治療に専念しないとっ!」
吐き気を催す惨状でありながら幼いエクアは嗚咽を飲み込み、意識を治癒魔法に集めている。
私は後方に立つカインに声をぶつける。
「カイン殿! 手を貸してくれ!」
「だ、駄目です。僕には誰を助け、誰を見捨てるなんて選択はもう……」
「カイン! 君の後悔も苦しみもわかる! だが、いまは抑えろ!」
「で、できません。僕には……僕には何もできない! もう、放っておいてくれ!」
「放ってはおけない!」
「何故!?」
「私がアステ=ゼ=アーガメイトの息子だからだ!!」
「……え?」
「私もまたドハ研究所の研究員! 事故の責任を持つ者。責任を持つ者として、君をそのままにしておけない!」
「あなたが、あの研究所の……」
「事故を引き起こした張本人にこんなことは言われたくはないだろうが、今ここで君に立ち直ってもらわなければ、死者が大勢出る。頼む、いまこの時だけは歯を食いしばってくれ!」
「そ、そんなことっ」
「その後、私をどう責めてもらっても構わない! 今だけは、今だけは頼むっ!」
私はありったけの思いを込めて頭を下げる。
しかし、カインの身体から震えを拭えず、足は止まったままだ。
このままでは、大勢が犠牲になってしまう。
私は説得を諦め、怪我人を救うべく、前へ駆け出そうとした。
そこに、涙交じりで怪我人の治療に当たるエクアの姿が目に飛び込む。
私は彼女から視線を切り、カインを睨みつけた。
「カイン。あれを見ろ。あの少女をっ! 拙いながらも治癒魔法で救おうとしている! だけどこのままでは……君の助けが必要なんだ!」
「僕は、僕は……」
「カイン、君は大変な選択に直面し、そして後悔の残る選択を選んだ。君はあの少女に、同じ後悔を背負わせる気か!!」
「ケント、どの……それは、それは、卑怯でしょうっ」
「ああ、卑怯だ! 卑怯であろうが何であろうが、君に力を貸してもらう! 君が真に後悔しているなら、その後悔を誰かに味わわせるな!! だから、動け! カイン=キシロ!!」
「うう、ううう……あああああ~!」
私はカインの両肩を掴み、激しく振るう。
彼は叫び声を上げて、涙と鼻水の混じる顔を何度も手で拭う。
そして――肩に掛けてあった真っ黒な鞄から消毒液を取り出し、汚れの付いた手を洗うと、ふらふらとエクアのもとへ近づく。
そこで一度大きく呼吸を行い、瞳に力を入れて彼女に話しかけた。
「お嬢さん。腕の治療はあとに回して、止血だけにしておくんだ」
「え、あなたは?」
「……僕は、医者だ!」
カインははっきりと医者を名乗り、エクアに治療手順を説明していく。
「止血は魔法を使わず、腕を縛るだけでいい。それよりも、彼は腹部内部に出血がある。君は治癒魔法が使えるみたいだから内臓の損傷を優先に治癒してくれ」
「で、でも私程度の治癒力じゃ。それに体内の構造には詳しくないですから……」
「出血を止めるだけでも十分。組織の癒着を恐れる必要はない。それは僕に任せろ。治療は最低限にし、数を救うんだ」
「わ、わかりました」
「頑張れっ――そこの錬金術士さん!」
「私?」
「治療薬の類は持っているかい?」
「あるけど」
「全部、僕に渡してくれ。多くを助けてみせるから!」
「わ、わかった」
「ケント殿、軽傷者を運び出して欲しい。重傷者は僕たちに任せて」
「了解だ。ワントワーフの皆、軽傷者を運び出す。手を貸してくれ!」
カインは次々に的確な指示を飛ばしていく。
今すぐ治療の必要な者は自分のもとへ集め、治療を行う……助かる見込みのない者は、軽傷者・重傷者とは違う場所に運ぶよう指示を飛ばした。
彼は多くを救うために、非情でありながらも必要な選択を行っていった。
――その頃、古城トーワ
ゴリンたちは城内の整備に精を出していた。
その中でギウは、並みの人間には到底持つことのできない大きな石材を運んでいる。
彼のおかげで整備はすこぶる捗る。
その途中、ギウは石材を手にしたまま、足を止めてしまった。
そして、遥か北へ顔を向ける。
彼の様子に気づいたゴリンが話しかけてきた。
「ギウさん、どうかしやしたか?」
「ぎう~」
ギウは少しだけ身体を前のめりにして、悩ましげな声を漏らした。
その声を受け取ったゴリンは彼の心情に気づく。
「もしかして、ケント様たちが御心配なので?」
「ギウ」
「そうでやすか……わかりやした。ここはあっしらに任せて、ギウさんはケント様のところへ向かってくだせい。ギウさんの足なら馬よりも速いでしょうから、帰り道くらいはご一緒できると思いやすよ。こっちはノイファン様に頼んだ手伝いが今日の午後には到着しやすから気にしないでくだせい」
「ギウギウ」
ギウはぺこりと身体を前に振ってゴリンに礼を表し、トーワから北へ向かった。
壺を逆さにしたような形の炉は跡形もなく吹き飛び、周囲には金属の焼ける匂いと肉の焦げた匂いが入り混じり広がっていた。
あちらこちらから呻き声が届く。
すでに、呻き声すら発しなくなった者たちもいる。
この惨憺たる状況の中でワントワーフの長・マスティフは怒声を張り上げ、現場の指揮を執っていた。
声に応え、焼け溶けた金属が火を広げる場を鎮めるべく消火に当たる者。
瓦礫に挟まっている者や、自分で歩けぬ怪我人を支える者。怪我の手当てに従事する者と現場は混乱の渦であった。
その渦の中に、エクアとフィナの姿を見つけた。
「二人とも、無事だったか!?」
「はい、何とか」
「びっくりしたよ。頭に岩でもぶつけられた気分!」
そう文句を飛ばしながらもフィナは腰にぶら下げている回復薬を詰めたフラスコで怪我人の治療に当たっている。
エクアもまた、治癒術を駆使し、大きな火傷を負った者の手当てをしていた。
だが、それらは全く追いついていない。
エクアは火傷を負い、片腕を失ったワントワーフの出血を止めようと必死の形相で両手に治癒の緑光を宿す。
その両手は恐怖に震えている。
少女の瞳は焼けた肉と千切れた傷口に怯えを見せていた。
「エクア、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですっ。今は、治療に専念しないとっ!」
吐き気を催す惨状でありながら幼いエクアは嗚咽を飲み込み、意識を治癒魔法に集めている。
私は後方に立つカインに声をぶつける。
「カイン殿! 手を貸してくれ!」
「だ、駄目です。僕には誰を助け、誰を見捨てるなんて選択はもう……」
「カイン! 君の後悔も苦しみもわかる! だが、いまは抑えろ!」
「で、できません。僕には……僕には何もできない! もう、放っておいてくれ!」
「放ってはおけない!」
「何故!?」
「私がアステ=ゼ=アーガメイトの息子だからだ!!」
「……え?」
「私もまたドハ研究所の研究員! 事故の責任を持つ者。責任を持つ者として、君をそのままにしておけない!」
「あなたが、あの研究所の……」
「事故を引き起こした張本人にこんなことは言われたくはないだろうが、今ここで君に立ち直ってもらわなければ、死者が大勢出る。頼む、いまこの時だけは歯を食いしばってくれ!」
「そ、そんなことっ」
「その後、私をどう責めてもらっても構わない! 今だけは、今だけは頼むっ!」
私はありったけの思いを込めて頭を下げる。
しかし、カインの身体から震えを拭えず、足は止まったままだ。
このままでは、大勢が犠牲になってしまう。
私は説得を諦め、怪我人を救うべく、前へ駆け出そうとした。
そこに、涙交じりで怪我人の治療に当たるエクアの姿が目に飛び込む。
私は彼女から視線を切り、カインを睨みつけた。
「カイン。あれを見ろ。あの少女をっ! 拙いながらも治癒魔法で救おうとしている! だけどこのままでは……君の助けが必要なんだ!」
「僕は、僕は……」
「カイン、君は大変な選択に直面し、そして後悔の残る選択を選んだ。君はあの少女に、同じ後悔を背負わせる気か!!」
「ケント、どの……それは、それは、卑怯でしょうっ」
「ああ、卑怯だ! 卑怯であろうが何であろうが、君に力を貸してもらう! 君が真に後悔しているなら、その後悔を誰かに味わわせるな!! だから、動け! カイン=キシロ!!」
「うう、ううう……あああああ~!」
私はカインの両肩を掴み、激しく振るう。
彼は叫び声を上げて、涙と鼻水の混じる顔を何度も手で拭う。
そして――肩に掛けてあった真っ黒な鞄から消毒液を取り出し、汚れの付いた手を洗うと、ふらふらとエクアのもとへ近づく。
そこで一度大きく呼吸を行い、瞳に力を入れて彼女に話しかけた。
「お嬢さん。腕の治療はあとに回して、止血だけにしておくんだ」
「え、あなたは?」
「……僕は、医者だ!」
カインははっきりと医者を名乗り、エクアに治療手順を説明していく。
「止血は魔法を使わず、腕を縛るだけでいい。それよりも、彼は腹部内部に出血がある。君は治癒魔法が使えるみたいだから内臓の損傷を優先に治癒してくれ」
「で、でも私程度の治癒力じゃ。それに体内の構造には詳しくないですから……」
「出血を止めるだけでも十分。組織の癒着を恐れる必要はない。それは僕に任せろ。治療は最低限にし、数を救うんだ」
「わ、わかりました」
「頑張れっ――そこの錬金術士さん!」
「私?」
「治療薬の類は持っているかい?」
「あるけど」
「全部、僕に渡してくれ。多くを助けてみせるから!」
「わ、わかった」
「ケント殿、軽傷者を運び出して欲しい。重傷者は僕たちに任せて」
「了解だ。ワントワーフの皆、軽傷者を運び出す。手を貸してくれ!」
カインは次々に的確な指示を飛ばしていく。
今すぐ治療の必要な者は自分のもとへ集め、治療を行う……助かる見込みのない者は、軽傷者・重傷者とは違う場所に運ぶよう指示を飛ばした。
彼は多くを救うために、非情でありながらも必要な選択を行っていった。
――その頃、古城トーワ
ゴリンたちは城内の整備に精を出していた。
その中でギウは、並みの人間には到底持つことのできない大きな石材を運んでいる。
彼のおかげで整備はすこぶる捗る。
その途中、ギウは石材を手にしたまま、足を止めてしまった。
そして、遥か北へ顔を向ける。
彼の様子に気づいたゴリンが話しかけてきた。
「ギウさん、どうかしやしたか?」
「ぎう~」
ギウは少しだけ身体を前のめりにして、悩ましげな声を漏らした。
その声を受け取ったゴリンは彼の心情に気づく。
「もしかして、ケント様たちが御心配なので?」
「ギウ」
「そうでやすか……わかりやした。ここはあっしらに任せて、ギウさんはケント様のところへ向かってくだせい。ギウさんの足なら馬よりも速いでしょうから、帰り道くらいはご一緒できると思いやすよ。こっちはノイファン様に頼んだ手伝いが今日の午後には到着しやすから気にしないでくだせい」
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