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第八章 あの日の情景
命の選択
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医者であることを否定する男――名はカイン=キシロと言う。
私は彼に余計な緊張を与えぬように身分を隠し、ケントという名前だけを伝える。
そして、彼とともに食事処へ向かった。
私たちは店の隅にある四角のウッドテーブルにつき、食事を注文。
食事は大量の汗を流し、逞しい体つきのワントワーフに似つわかしい、味の濃い豪快な肉料理。
何故か、注文した覚えもないのに酒が一緒についてきた。
カインの話では、ワントワーフの食事には酒が付き物らしい。
「真昼間から酒とは、あとに響かないようにしたいところだが……」
「あはは、ワントワーフは一にも二にも酒ですからね。ですが、食事用の酒はアルコール度数が低めなので、そこまであとは引かないと思いますよ。苦手なら別ですが」
「あまり嗜むことはないが飲めないこともないし、それほど弱くもないのでいいか。しかし、葡萄酒とは全然違うもののようだ」
そう言って、清らかな水のような酒が入ったグラスを持ち上げて、銀の瞳に揺れる水面を映す。
カインは私の銀眼を目にして物珍し気な視線を見せるが、すぐにそれを隠すように酒の説明をしてきた。
「これは米から作られる酒だそうですよ」
「米から? 珍しい。では、少し……うむ、口当たりがさっぱりしていて、美味い」
「僕もこちらに来て初めて飲みましたが、今ではワインよりもこちらの方が好きでして」
「あはは、そうですか。ですが、この酒は少し薄いな。これならば肉料理よりも魚料理の方が合いそうだ」
「この酒は水の代わりのようなものですからね。もっと、深いコクを持ち、香り穏やかな肉に合う酒もありますよ」
「ほほぅ、味わってみたいところだが、そうもいかない。次の楽しみとしてとっておくとしよう」
その後、軽い雑談を挟みながら食事を進める。その雑談の中で、彼が王都出身であることを聞き、それを窓口に会話が盛り上がる。
場が温まり、互いの緊張が解けた頃を見計らい、私からカインに事情を問うた。
「カイン殿は、なぜ医者であることを隠しておられるのですか?」
「それは……」
「何やら、話しにくい事情がおありのようだが、同時にあなたからは誰かに話したという思いも伝わってきます」
「っ!?」
びくりと体を跳ね上げるカイン。彼は言葉苦し気に声を出す。
「いえ、これは僕の問題。誰かに話すようなことではありませんから」
「何もそうまで重く取らなくて結構。所詮、私は赤の他人。あなたに尋ねたのも、ただの好奇心」
「好奇心ですか。はっきりおっしゃる」
「そこは隠しても仕方ありませんから。他人の事情に首を突っ込むなど下品極まりないでしょうが、あまり内に抱え込みますと、毒でありますよ」
「ええ、それは僕が一番、理解しています」
「そうですか……目の前にいるのは性根の悪い野次馬。ですので、カイン殿は壁に話しかけるつもりで話されて結構。それで、少しでも心に安らぎを与えることができれば野次馬冥利に尽きます」
「はは、面白い方ですね、ケント殿は……ですが、話は面白いものではありませんよ」
とても深い悲しみと後悔を宿す光を瞳に浮かべる。
私は光を無言で受け取り、コクリと頷いた。
カインは下唇を噛み、うんうんと何度も頷いてから、訥々と言葉を漏らし始めた。
――カインの過去
僕は王都で医者をやっていました。
自分で言うのもなんですが、当時は若手のホープとして期待される一人でした。
しかし、ある事故がきっかけで、僕は医者としての自信を失った。
その事故とは……『ドハ研究所の爆発事故』です。
この言葉に、私は思わず目を見開く。
(彼の過去にあるのは、父が引き起こした事故なのかっ)
しかし、私の変化に気づかないカインはさらに苦し気に言葉を続けた。
僕には幼く可愛い双子の姪がいました。
ですが、でも……でも、あの事故の日、二人は大怪我を負ってしまった……。
「二人の怪我はどちらとも重く、早急に治療が必要だった。しかし、その場にいた医者は僕一人。助けられるのはどちらか一方のみっ。僕は……悩みました。どちらかを助け、どちらかを見捨てなければならない選択に」
大量に血を流し続ける二人。小さく上下する胸。
だけど、僕の両手は震え、身体は硬直する。
医者として、命の選択を迫られる重みに、僕は止まってしまった。
そして、そして、そしてっ、僕はっ、動けずに! 二人を死なせてしまった……。
「どちらを助ければいいのかわからず、茫然とし、結局は二人の命を奪ってしまった。それで、何もかも忘れたく、医者の名を捨て、王都から遠く遠くへと、逃げ出したのです」
後悔を吐露したカインは嗚咽を漏らすことなく、ただ涙を流していた。
彼の話は好奇心などで触れてはいけないものだった。だが、触れて正解だったのかもしれない。
カインがこの苦悩を背負った理由には、私たち『ドハ研究所』に所属する者に責任がある。
事故を引き起こした父を持つ私は、彼に責任を果たす義務がある。
「カイン殿、実は私は、なっ!?」
自分の正体を明かそうとした瞬間、鼓膜に痛みを与える爆発音と巨大な地響きが鉱山に広がった。
「なんだ!?」
爆発が起こった方向へ顔を向ける。
巨大で真っ黒な噴煙が上がり、大勢の悲鳴が聞こえる。
その中で、一人のワントワーフが大声を上げて助けを求めた。
「三番炉が吹き飛びやがった! 手の空いてる者は手を貸してくれ!!」
私はすぐさま席を立つ。
そして、カインへ声を掛けた。
「カイン殿!」
「ぼ、僕は……」
「辛い事情がおありなのは重々承知だ! だが、今は堪えて彼らに力を貸して欲しい!!」
「で、ですがっ」
「治療ができないというのならば、それでも構わない! せめて、アドバイスだけでも! 行きましょう!」
「あっ!?」
私はカインの手を強く握り、無理やり事故の場所へと引っ張っていった。
私は彼に余計な緊張を与えぬように身分を隠し、ケントという名前だけを伝える。
そして、彼とともに食事処へ向かった。
私たちは店の隅にある四角のウッドテーブルにつき、食事を注文。
食事は大量の汗を流し、逞しい体つきのワントワーフに似つわかしい、味の濃い豪快な肉料理。
何故か、注文した覚えもないのに酒が一緒についてきた。
カインの話では、ワントワーフの食事には酒が付き物らしい。
「真昼間から酒とは、あとに響かないようにしたいところだが……」
「あはは、ワントワーフは一にも二にも酒ですからね。ですが、食事用の酒はアルコール度数が低めなので、そこまであとは引かないと思いますよ。苦手なら別ですが」
「あまり嗜むことはないが飲めないこともないし、それほど弱くもないのでいいか。しかし、葡萄酒とは全然違うもののようだ」
そう言って、清らかな水のような酒が入ったグラスを持ち上げて、銀の瞳に揺れる水面を映す。
カインは私の銀眼を目にして物珍し気な視線を見せるが、すぐにそれを隠すように酒の説明をしてきた。
「これは米から作られる酒だそうですよ」
「米から? 珍しい。では、少し……うむ、口当たりがさっぱりしていて、美味い」
「僕もこちらに来て初めて飲みましたが、今ではワインよりもこちらの方が好きでして」
「あはは、そうですか。ですが、この酒は少し薄いな。これならば肉料理よりも魚料理の方が合いそうだ」
「この酒は水の代わりのようなものですからね。もっと、深いコクを持ち、香り穏やかな肉に合う酒もありますよ」
「ほほぅ、味わってみたいところだが、そうもいかない。次の楽しみとしてとっておくとしよう」
その後、軽い雑談を挟みながら食事を進める。その雑談の中で、彼が王都出身であることを聞き、それを窓口に会話が盛り上がる。
場が温まり、互いの緊張が解けた頃を見計らい、私からカインに事情を問うた。
「カイン殿は、なぜ医者であることを隠しておられるのですか?」
「それは……」
「何やら、話しにくい事情がおありのようだが、同時にあなたからは誰かに話したという思いも伝わってきます」
「っ!?」
びくりと体を跳ね上げるカイン。彼は言葉苦し気に声を出す。
「いえ、これは僕の問題。誰かに話すようなことではありませんから」
「何もそうまで重く取らなくて結構。所詮、私は赤の他人。あなたに尋ねたのも、ただの好奇心」
「好奇心ですか。はっきりおっしゃる」
「そこは隠しても仕方ありませんから。他人の事情に首を突っ込むなど下品極まりないでしょうが、あまり内に抱え込みますと、毒でありますよ」
「ええ、それは僕が一番、理解しています」
「そうですか……目の前にいるのは性根の悪い野次馬。ですので、カイン殿は壁に話しかけるつもりで話されて結構。それで、少しでも心に安らぎを与えることができれば野次馬冥利に尽きます」
「はは、面白い方ですね、ケント殿は……ですが、話は面白いものではありませんよ」
とても深い悲しみと後悔を宿す光を瞳に浮かべる。
私は光を無言で受け取り、コクリと頷いた。
カインは下唇を噛み、うんうんと何度も頷いてから、訥々と言葉を漏らし始めた。
――カインの過去
僕は王都で医者をやっていました。
自分で言うのもなんですが、当時は若手のホープとして期待される一人でした。
しかし、ある事故がきっかけで、僕は医者としての自信を失った。
その事故とは……『ドハ研究所の爆発事故』です。
この言葉に、私は思わず目を見開く。
(彼の過去にあるのは、父が引き起こした事故なのかっ)
しかし、私の変化に気づかないカインはさらに苦し気に言葉を続けた。
僕には幼く可愛い双子の姪がいました。
ですが、でも……でも、あの事故の日、二人は大怪我を負ってしまった……。
「二人の怪我はどちらとも重く、早急に治療が必要だった。しかし、その場にいた医者は僕一人。助けられるのはどちらか一方のみっ。僕は……悩みました。どちらかを助け、どちらかを見捨てなければならない選択に」
大量に血を流し続ける二人。小さく上下する胸。
だけど、僕の両手は震え、身体は硬直する。
医者として、命の選択を迫られる重みに、僕は止まってしまった。
そして、そして、そしてっ、僕はっ、動けずに! 二人を死なせてしまった……。
「どちらを助ければいいのかわからず、茫然とし、結局は二人の命を奪ってしまった。それで、何もかも忘れたく、医者の名を捨て、王都から遠く遠くへと、逃げ出したのです」
後悔を吐露したカインは嗚咽を漏らすことなく、ただ涙を流していた。
彼の話は好奇心などで触れてはいけないものだった。だが、触れて正解だったのかもしれない。
カインがこの苦悩を背負った理由には、私たち『ドハ研究所』に所属する者に責任がある。
事故を引き起こした父を持つ私は、彼に責任を果たす義務がある。
「カイン殿、実は私は、なっ!?」
自分の正体を明かそうとした瞬間、鼓膜に痛みを与える爆発音と巨大な地響きが鉱山に広がった。
「なんだ!?」
爆発が起こった方向へ顔を向ける。
巨大で真っ黒な噴煙が上がり、大勢の悲鳴が聞こえる。
その中で、一人のワントワーフが大声を上げて助けを求めた。
「三番炉が吹き飛びやがった! 手の空いてる者は手を貸してくれ!!」
私はすぐさま席を立つ。
そして、カインへ声を掛けた。
「カイン殿!」
「ぼ、僕は……」
「辛い事情がおありなのは重々承知だ! だが、今は堪えて彼らに力を貸して欲しい!!」
「で、ですがっ」
「治療ができないというのならば、それでも構わない! せめて、アドバイスだけでも! 行きましょう!」
「あっ!?」
私はカインの手を強く握り、無理やり事故の場所へと引っ張っていった。
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