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第八章 あの日の情景
噂の医者
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エクアは怪我人の治療。フィナは弾丸製造のアドバイス。
私は兵士の許可を戴き、暇人としてトロッカー鉱山を彷徨うことに……。
常にカンカンゴンゴンとやかましい音が響き渡る場所。
火花が飛び散り、怒声が木霊する。
静けさとは全く無縁の場所だが、生きる活力というものを肌で感じられる場所だ。
ただ一つ難点があるとすれば、煙っぽさと埃っぽさだろうか。
鉱山から取り出された鉱物を精製するために、いたるところで炉に火が入り、濛々とした黒煙が立ち昇る。
また、鉱物を掘り出す際の土が埃となって風に乗り舞っている。
一応、取り出した土には水を掛けて埃が舞わないように対策をしているようだが、追いついていないみたいだ。
「肺に悪そうだが、ワントワーフは平気なのだろうか?」
彼らは長きに渡り鉱山業に従事し、人よりも百年は長く生きるというから、おそらくは環境に適応して平気なのだろう。
だが、環境になれぬ私は軽い咳を出す。
「ゴホッゴホッ。エクアが喉を痛めていないと良いのだが」
「失礼、よろしければこれを?」
「ん?」
不意に聞こえてきた声に顔を向ける。
そこには麻でできた厚手の服とマントを纏った、私より一・二歳年上そうな人間族の男がいた。
真っ黒な鞄を肩にかけ、深い緑色の前髪はとても長く目を覆うほど。
背は私よりも低いが、肉体はふとましく、肩幅はがっしりしたものだ。
彼は私にのど飴を渡してくる。
「これはご親切に。ありがたい」
「ふふ、ここは空気が悪いですからね。人間族には堪えます。ここに人間族が訪れるのは珍しいですが、お仕事ですか?」
「そんなところです」
と、言いつつ、私は受け取った飴の包装をじっくりと見つめた。
そして、ある事に気づく。
「…………この飴は、薬草を溶かし込んで作られた医療用の飴ですね?」
「え?」
「もしかして、あなたが噂の旅の医者?」
「い、いえ、違います。僕は医者ではっ」
「ふふ、医者でなければこのような飴を持っていないでしょう。事情は分かりませんが、医者を名乗りたくないようですね」
「それは……その……」
男は口を僅かに開きかけ、それを無理やり閉じるように下唇を噛み、いかにも言いづらい雰囲気を醸し出す。
しかし、どこか、誰かに事情を話したがっている様子にも見えた。
とはいえ、普段の私ならば厄介事を避け、これ以上立ち入ったことは聞かないだろう。
だが、手持ち無沙汰の今の私はどうにも暇で、男の事情に深く切り込むことにした。
「どうやら、深い事情をお持ちで。ワントワーフの地で、こうして人間族同士が出会えたのも何かの縁。差し支えがなければ、お話を聞かせてもらえませんか? もちろん、無理強いをすることはありませんが……」
そう、優しく伝えると、男は前髪の隙間から見える茶色の瞳を左右に震わせる。
私は迷いを見せる彼を近くの食事処へ誘うことにした。
「まぁ、話をするかはともかく、食事をご一緒にしませんか? 連れたちは仕事に忙しく、私は取り残されてしまい、寂しいところだったので。良ければ、あなたの旅の話などを」
「は、はぁ……」
私は足先を店に向けて歩き出す。男は戸惑いを見せたが、渋々といった様子で後に続く。
この誘いがまさか、私の過去と繋がっていようとは。この時は夢にも思わなかった。
私は兵士の許可を戴き、暇人としてトロッカー鉱山を彷徨うことに……。
常にカンカンゴンゴンとやかましい音が響き渡る場所。
火花が飛び散り、怒声が木霊する。
静けさとは全く無縁の場所だが、生きる活力というものを肌で感じられる場所だ。
ただ一つ難点があるとすれば、煙っぽさと埃っぽさだろうか。
鉱山から取り出された鉱物を精製するために、いたるところで炉に火が入り、濛々とした黒煙が立ち昇る。
また、鉱物を掘り出す際の土が埃となって風に乗り舞っている。
一応、取り出した土には水を掛けて埃が舞わないように対策をしているようだが、追いついていないみたいだ。
「肺に悪そうだが、ワントワーフは平気なのだろうか?」
彼らは長きに渡り鉱山業に従事し、人よりも百年は長く生きるというから、おそらくは環境に適応して平気なのだろう。
だが、環境になれぬ私は軽い咳を出す。
「ゴホッゴホッ。エクアが喉を痛めていないと良いのだが」
「失礼、よろしければこれを?」
「ん?」
不意に聞こえてきた声に顔を向ける。
そこには麻でできた厚手の服とマントを纏った、私より一・二歳年上そうな人間族の男がいた。
真っ黒な鞄を肩にかけ、深い緑色の前髪はとても長く目を覆うほど。
背は私よりも低いが、肉体はふとましく、肩幅はがっしりしたものだ。
彼は私にのど飴を渡してくる。
「これはご親切に。ありがたい」
「ふふ、ここは空気が悪いですからね。人間族には堪えます。ここに人間族が訪れるのは珍しいですが、お仕事ですか?」
「そんなところです」
と、言いつつ、私は受け取った飴の包装をじっくりと見つめた。
そして、ある事に気づく。
「…………この飴は、薬草を溶かし込んで作られた医療用の飴ですね?」
「え?」
「もしかして、あなたが噂の旅の医者?」
「い、いえ、違います。僕は医者ではっ」
「ふふ、医者でなければこのような飴を持っていないでしょう。事情は分かりませんが、医者を名乗りたくないようですね」
「それは……その……」
男は口を僅かに開きかけ、それを無理やり閉じるように下唇を噛み、いかにも言いづらい雰囲気を醸し出す。
しかし、どこか、誰かに事情を話したがっている様子にも見えた。
とはいえ、普段の私ならば厄介事を避け、これ以上立ち入ったことは聞かないだろう。
だが、手持ち無沙汰の今の私はどうにも暇で、男の事情に深く切り込むことにした。
「どうやら、深い事情をお持ちで。ワントワーフの地で、こうして人間族同士が出会えたのも何かの縁。差し支えがなければ、お話を聞かせてもらえませんか? もちろん、無理強いをすることはありませんが……」
そう、優しく伝えると、男は前髪の隙間から見える茶色の瞳を左右に震わせる。
私は迷いを見せる彼を近くの食事処へ誘うことにした。
「まぁ、話をするかはともかく、食事をご一緒にしませんか? 連れたちは仕事に忙しく、私は取り残されてしまい、寂しいところだったので。良ければ、あなたの旅の話などを」
「は、はぁ……」
私は足先を店に向けて歩き出す。男は戸惑いを見せたが、渋々といった様子で後に続く。
この誘いがまさか、私の過去と繋がっていようとは。この時は夢にも思わなかった。
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