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第一章
第6話 頼もしい黒猫
しおりを挟む『で?ユ―リは何をしていたのだ?』
メイスに問いかけられて、私は正直に話した。
「体力作りと食料の確保だよ。ほら、見てよ。この筋張った腕。これじゃあ、家を出てもすぐに死んでしまうわ。だから、何か食べ物がないか探しに来たの」
私は袖を捲って説明をしながら、細い腕をメイスに見せた。
メイスは全身を眺めた後、口を開いた。
『……確かに細いな。吹けば飛びそうなくらい全体的に細い。……お前の親は何をしている?もしかして、親はいないのか?』
「……居るよ。でも、その人には生まれてから一度も会ったことがないから、実質的な親は亡くなったお母様だけだよ」
意地でも父と呼びたくなかった私は「その人」と表現して言葉を濁した。
たったそれだけの会話から何かを察したメイスは、金色の耳飾りを揺らして首を傾けた後、話し始めた。
『……ふむ。食料なら俺に任せろ。お前は先ず、食って太れ。なぁに、この俺がついているのだから大船に乗ったつもりで構えていれば良い。体力ならその内つくだろう』
ふふんと鼻を鳴らして胸を張るメイスが、ドヤ顔をしたように見えた。
異世界の猫はこんなにも表情が豊かなのだろうか?
私には比較する相手がお母様しか居なかったこともあり、自然とそれが普通なのだと受け入れた。
いや、そんなことよりも食料問題が呆気なく解決したのが信じられなくて、自分の耳を疑ってしまった。
信じられないと言うように目を何度も瞬かせていたら、悪戯っ子のように琥珀色の瞳を細めて話しを続けた。
『この俺に出来ないことはない。だから、お前は体力作りに専念しろ。いいな』
疑問形ではない命令口調に、自然と口元が緩む。
言葉では言い表せないが、見えない大きな力に守られている気がしたのだ。
理由は分からないが、メイスがそう言うのなら信じようと思えた。
お母様が亡くなって以来に感じる優しさに胸が温かくなる。
小さくて可愛いメイスは俺様だけど、非常に心強くて頼もしい黒猫だった。
「……うん。ありがとう、メイス」
偶然メイスに出会えたことに、心の中で神に感謝の祈りを捧げた。
それから体力作りを兼ねて裏庭を散歩した後、夕食に間に合うように家に戻ることにした。
家に入る前に家を指差して言った。
「あそこが私の家だよ」
「私」として目覚める前の記憶より随分とボロい、コホン、古めかしい家を指差すと、ポカンと口を開けて見上げたメイスがボソッと呟いた。
『……家?あのボロ小屋が?』
さすが、俺様メイスだ。
歯に衣着せぬ正直な感想を漏らしたメイスに、私は苦笑を浮かべて頷いた。
「ふふ。そう、あのボロ小屋が私の家だよ。朝、昼、晩と使用人が食事を運んで来る以外は誰も近寄らないから、比較的気楽なもんだよ。さあ、使用人が来る前に家に入ろう」
言葉を失くしたのか、メイスは絶句したまま私の後についてボロ小屋、もとい家に入った。
ギシギシと軋む廊下を歩いている間も、メイスの琥珀色の瞳は信じられないと言いたげに見開かれていた。
建付けの悪い扉を開けて中に入るように促す。
そこで私は、お母様が亡くなって以来、碌に掃除していなかったことを思い出した。
こんなことになるなら掃除しておけば良かったと後悔したが、あとの祭りである。
申し訳なさそうに眉尻を下げてメイスに話しかけた。
「ちょっと汚いけど、ここが私の部屋よ。……後で掃除するから今は我慢してね」
私の声にハッと顔を上げたメイスが、ばつが悪そうな声音で応えた。
『……ああ。ある程度お前の境遇を理解したつもりでいたのだが……想像以上で驚いた』
あら、さすがの俺様メイスでも言葉を失くすほど酷いってことかしら?
何だかその様子がおかしくて笑ってしまった。
「ふ、ふふ。メイスが気にならないのなら私は平気よ。だって、生まれた時からここが私の家だったもの。それに、お母様が居たから悲しくも辛くもなかったわ」
この言葉は噓偽りのない私の気持ち。
だから、悲しくないと言ったのも、辛くないと言ったのも本当だ。
メイスの琥珀色の瞳が真偽を確かめようとジッと瞳を見据える。
それに応えるように、私もメイスを見つめ返した。
『はぁ……。ユ―リがそう言うなら信じよう。俺は家がボロかろうが、部屋が汚かろうが別にどうでもいい。お前が健康になる手助けをするだけだ』
ボロいとか汚いとか言われたけど、それでもメイスは私の傍に居てくれるようだ。
その気持ちが嬉しくて満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!早く健康になってここから出て行けるように頑張る!」
私の決意を聞いたメイスは、満足そうに頷いた。
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