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第三章
第135話 贅沢なひと時
しおりを挟む領主様たちとの面会から数週間が経ち、穏やかな日常を過ごしていた。
猫の額ほどの広さの裏庭の一角に土を耕して畑を作っておいたのだが、土の状態が良いのか野菜の種を植えてから半月ほどで収穫出来るまでに育っていた。
ちなみに野菜の種は常連になった店から譲ってもらったもので、どんな野菜が育つのかは実るまで分からない。
まだ日差しは厳しいが、夜になると少し肌寒く感じる。
そう言えば、小鹿亭のご主人からは情勢や治安の話しばかりで、気候について聞いていなかったことを思い出した。
「もっと詳しく聞いておけば良かったなぁ……。でも、半月で収穫出来るなんて異世界って不思議ね。冬に備えておけるのはありがたいわ」
そう独り言ちて収穫に勤しんでいると、肩からメイスの声がした。
『ここら一帯はお前の魔力で満ちているからだろう。俺もこんな状態を目にしたのは初めてだ。やはりお前は面白いな』
その声は心なしか弾んでいるようだ。
私の魔力で満ちているってどういうこと?
あと、面白いって何が?
首を捻りつつも、私は黙々と野菜の収穫を続ける。
あっ、この野菜、白菜っぽい。
夜は鍋にしようかな。
余ったらお漬物にしても良いわね。
こっちのは茄子だ!
シンプルに焼き茄子にしてもいいし、味噌汁の具材として使うのも有りね。
いくつか知らない野菜もあったけど、鑑定のスキルを使えば元の世界にもあった食材と大して変わらないことにホッと胸を撫で下した。
亜空間に収穫した野菜を仕舞い立ち上がる。
「ふぅ。今日はこれでお終い。ちょっと休憩しよう」
額に滲んだ汗を拭いメイスに声をかける。
「メイス。領主様からいただいたホージ茶を飲まない?」
『うむ。そうしよう』
即答したメイスに苦笑しながら、亜空間からテーブルと椅子を取り出してお茶の準備をする。
椅子に腰を下して目の前に広がる景色を眺めながら、ホージ茶の香りを楽しむ。
ああ、なんて贅沢な時間なのだろう。
十歳の誕生日を祝ってもらった時も思ったが、自然を間近に感じながらのひと時は実に贅沢な気分になる。
こんな穏やかな暮らしがいつまでも続いてほしい。
そんなことを考えていると、皿に注がれたホージ茶を飲んでいたメイスが顔を上げてポツリと言った。
『ゆったりとした時間も悪くないな』
どうやら、メイスも同じことを考えていたらしい。
忘れてしまいがちになるが、今は黒猫の姿をしていてもそれは仮の姿で、本当はとっても綺麗な容姿をした魔族の王様である。
本人は自由奔放に暮らしたいらしく、配下に仕事を押しつけて勝手気ままにしているのだが……。
メイスに振り回される配下の人達が気の毒だ。
そうは言っても、メイスとの出会いがなければ、私は未だにあの離れから逃げ出せずにいたかもしれないことを思うと、何とも複雑な心境になってしまう。
まぁ、長命なメイスがちょっと息抜きを兼ねて私に付き合ってくれているのだと考えたら、多少罪悪感が薄れることも……なくはない、かな?
ホージ茶の香ばしい香りを嗅いでいたら、何だか色々と悩むのが馬鹿らしくなってきた。
再び目の前の景色に視線を向けて、椅子に体を預ける。
「いい天気。午後からはホーリー草を使って薬を作ろうかな」
ずっとホーリー草を亜空間に収納したままで忘れていたが、時間に余裕が出来たのだし、この際薬作りに挑戦してみたいと思い立つ。
万病に効く薬とはいえ、そのままでは薬として使えるのか分からない。
希少な草ということもあり、参考にしようにも現物の薬が無いため作り方も手探り状態だ。
だけど、私にはメイスが居る。
メイスなら作り方を知っているかもしれない。
そう考えた私は、メイスに顔を向けると質問を投げかけた。
「ねぇ、メイス。ホーリー草なんだけど、作り方って知ってる?知ってたら教えてほしいんだけど」
質問を投げかけられたメイスが顔を上げて、琥珀色の瞳を真っ直ぐに向けて口を開く。
『ポーションを作りたいのか?それなら作り方は簡単だ』
え?簡単?
声に出していないのに疑問が顔に出ていたのだろう。
メイスは艶のある黒い尻尾をゆらりと揺らして、知っていて当然とばかりに淡々と語り始めた。
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