老婆令嬢と呼ばれた私ですが、死んで灰になりました。~さあ、華麗なる復讐劇をお見せしましょうか!~

ミィタソ

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第三章 なぜか生き返りました

20.小さな探偵は勇気を胸にsideルアン

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 ノブルス子爵家は、まだ姉様の死を受け入れることができず、灰色の日々を送っている。
 母様からは笑顔が消えた。
 父様は急に険しい顔をしたり、悲しい表情を浮かべたりと、感情のコントロールができないでいる。

 ボクには納得できないことがある。 
 姉様は、自室に侵入してきた強盗に背中を何度も刺されて死亡した。
 ……そんなのありえない。
 その状況を自分に置き換えてみれば、誰にだって分かるはずだ。
 部屋の中で立っていたら、強盗が扉を開けて入ってくる。そのとき、必ず振り返るじゃないか。
 だって、屋敷には自分一人なんだ。ノックもせずに入ってくる何者かを警戒しないなんてありえないだろう。
 それに、姉様は細くて弱々しい印象だけど、ああ見えてすごく強いんだ。
 学校では剣術でいい成績を収めていたと聞いているし、ボクも剣を教えてもらっていた。模擬戦では一度も勝てたことがない。
 武器がなければ、強盗に殺されることもあるだろう。それにしたって、抵抗くらいするはずだ。
 無防備に背中を刺されていることに違和感を持たない騎士団は、いったい何をやっているのだろうか。

 結婚式が迫り、姉様が実家に帰って来たとき、父様と母様を交えて真剣な話をしていた。
 やつれて、生気がない姉様の表情を見て、ただ事ではないと察したボクは、盗み聞きしていたんだよね。

 ――キルエンに口を聞いてもらえなくて。

 向こうの家で、姉様はずっと苦しんでいたらしい。
 喉の奥から、カミソリでも吐き出すかのように相談する、姉様の辛そうな様子。いまでもよく覚えている。
 悔しい。ただ見ているしかできない無力な自分が情けない。握りしめた拳がわなわなと震えていた。

 ……やるしかない。姉様の無念はボクが晴らす。
 姉様に比べたら頭の悪いボクだけど、犯人は強盗じゃないと思う。

『父様、母様、心配をおかけすること、ここに深く謝罪します。ボクは王都に行くと心に決めました。事件の解決に繋がる糸口を見つけ出すまで戻りません』

 手紙を書いて、机の上に置く。
 小遣いを握りしめ、こっそり家を出た。

 そして、村や町に立ち寄りながら、馬車に揺られること十日間。ついに王都に到着した。
 
 まずは安宿でも借りて、そこを拠点としよう。
 御者に伝えて、平民街の近くで降ろしてもらう。
 でこぼこして歩きにくい石畳の通りは、活気に溢れていた。

「おう、そこのいいとこ出の坊ちゃん! おっちゃんを助けると思って、この新鮮なリンゴでも買ってくんねえか!」

 おでこが広い大柄な野菜売りの店主に呼ばれて足を止める。
 ボクの格好は目立つらしい。ふと周りを見回すと、紺色のドレススーツは明らかに浮いていた。

「じゃあ一つ貰うよ」

 平民を助けるのは貴族の役目だ。
 ピカピカに磨かれたリンゴを買う。
 一口かじると、甘くて瑞々みずみずしい。
 王都には各地から美味しいものが集まると言われているが、本当のようだ。
 ……おっと、こんなことをしている場合じゃない。
 お小遣いにも限りがある。無駄遣いは避けなければ。
 シャクシャクとリンゴを頬張りながら、再び通路を進んでいく。

「ねえ、そこの赤毛のボクぅ。うちの肉串し買っていかない? 柔らかくてぇ、とろりと肉汁が滴る王都一の絶品なのぉ」

 しかし、猫なで声で近づいてきた若い女性に抱きつかれて、強制的に動きを拘束されてしまった。
 体を押し付けないで欲しい。こんな商売の仕方はありなのだろうか。
 彼女が指さす方を見ると、屋台から香ばしくも食欲を誘ういい匂いが漂ってくる。
 お腹が空いているのは事実だ。
 貴族として、平民の食事を体験するべきかもしれない。

「一本食べてみようかな」

「ダメダメぇ! 男の子なら、二本くらいぺろっと食べなきゃ!」

「じゃ、じゃあ二本」

「えへへ、まいどありぃ!」

 ボクは魔法にかけられたのだろうか。
 気づけば、左手にリンゴ、右手に肉串しを二本ぶら下げている。
 あっという間に両手が塞がってしまった。
 あちこちの露店から、ネギを背負ったカモを見るような視線が飛んできている。
 世間知らずなお坊ちゃまとでも思われているのだろうか。
 否定できる材料は一つもない。

 とりあえず肉串しを食べながら歩きだす。
 甘辛いタレに、ほどよく脂がとろけるジューシーな肉が非常に合う。
 他の肉串しを知らないけれど、これが王都一だと言われたら納得してしまうほどに美味しい。
 ところで、ボクはいったい何の肉を食べているのだろうか。

 ――ニクニクリンゴ、ニクニクリンゴ。
 頭の中で謎の呪文を唱えながら、店員の声が耳に入らないようにして今日の宿を探す。
 パクパクモグモグと口を動かし続けていると、正面から明らかに雰囲気の違う二人の男女が歩いてくる。
 貴族も平民街で買い物をすることがあるらしい。反射的に物陰に身を隠す。

 よほど会話が弾んでいるのだろうか。グレーのスーツを着た男性の方は、血のように赤い瞳を楽しそうに細ませて、プラチナブロンドの髪を尻尾みたいにルンルンと揺らしている。
 青いドレスの女性は逆に、ときおりほほを膨らませてムッとした表情を浮かべるが、こちらも楽しそうに見える。艶やかな黒い髪は七色に輝いて、大人の魅力を引き立てる化粧を施された美貌に目を奪われてしまう。
 恋人同士なのだろう。二人とも、両手いっぱいに大量の荷物を抱えている。
 よかった、姉様が幸せそうで。
 ……姉様?
 いや、そんなはずがない。脳裏に浮かんだ言葉を否定する。
 髪の色も違えば、化粧もしている。面影がないわけではないが、あの絶世の美女はまるっきり別人だ。
 でも、ボクの心が訴えかけてくる。あれは姉様だと。

 気づくと尾行していた。
 一定の距離を保ちながら、人影に隠れて見失わないよう細心の注意を払う。

「そんなに自信がないから、味には期待しないでね」

「天に召されるほど美味しいに決まっている。だってボクは、マーガレットの愛を食べるのだから」

 ……確かに聞こえた。いま、マーガレットと。
 ボクの中で、疑念が確信に変わった。

 そのまま二人は、家の中へ入っていく。
 ボクは身を屈めて近づき、窓の下で待機。壁に体をこれでもかとくっつけて、モグラのようにひょいと顔を覗かせては中の様子を確認する。
 しばらくすると、階段を下りてくる足音が鼓膜を叩く。
 二人の服が、平民らしいものに変わっていた。

「何を作るの? ボクも手伝おうか?」

「ただのチキンステーキ。うちの料理長から教わったソースをかけるだけだから大丈夫よ」

「じゃあ、君の可愛い横顔でも見ていようかなぁ」

「気が散るからやめて?」

 換気扇から漂う鶏肉を焼く美味しそうな香りと一緒に、まるで夫婦みたいな会話が聞こえてくる。
 盗聴している立場だが、弟としては、恥ずかしくなってしまう。

 なぜか姉様が生きている。
 それが分かっただけでも十分だ。
 潤む瞳を押さえて立ち上がろうとしたそのとき、大きな声が響いた。

「貴様、そこで何をしている!」

 ……まずい。
 おそるおそる振り返ると、そこには見覚えのある姿が。

「あなたは……ルアン様では?」

「や、やあ。クリス隊長」

 緑の髪に、エラ張った怖い顔。ノブルス子爵領の騎士隊長がそこにいた。
 ばつが悪そうに、手首だけ返して小さく挨拶する。

「いったいなぜここに?」

「それはこちらのセリフですが……。実は、エンリケ様とダグルド侯爵の推薦で派遣されて来たのです!」

「あっ、ちょっと声が大きい。場所を変えて話そ……」

 クリスの背中を押して、一刻も早くこの場を離れようとしたそのとき。
 ――ガチャリ。
 絶望という名の、玄関が開く音がした。
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