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第三章 なぜか生き返りました
21.騎士と弟と吸血鬼
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調理器具も揃っていて良かった。
大きなフライパンを熱して、さっき買った瓶を傾け、オリーブの油を引く。
火は弱くていい。開いた鶏もも肉を二枚、皮面を下にして焼いていく。ジュウと音がして、香ばしい匂いが漂う。
小さな鍋なんかを重しに押し付けてやると、パリッと美味しく焼ける。
皮に焦げ目がつくまで、肉は動かしてはいけない。では、どうやってその状態を判断するのか。
……音だ。
なんて、全てノブルス家の料理長から聞いたことなんだけどね。
パチパチと弾けるような音に変わってきたら、鶏肉を裏返す。
端に寄せ、空いたところにすりおろしたタマネギ、トマト、リンゴを加え、蓋をして蒸し焼きに。
風味付けに白ワインを少し。塩で味を整えたら、最後にすりおろしたショウガを入れて完成だ。
お皿に盛り付けていく。
「貴様、そこで何をしている!」
そのとき、家の外から大声が聞こえた。
びっくりして軽く飛び跳ねてしまうくらいの声量だ。
何事かと思い窓の方を見ると、その光景が信じられず、鼻から抜けるような間の抜けた声が漏れる。
「……へ? なんで?」
大声の主は、クリス騎士隊長だった。
領で事件があると、お父様の元へ報告をしに、何度か屋敷まで来ていたからよく知っている。
ノブルス子爵領から移動になったのかもしれない。
それよりも気になるのは、その手前の少年だ。
あの紺色のドレススーツは何度も見た。長毛の猫みたいなクセのある赤毛も懐かしい。
なぜあの子が……ルアンが王都にいるのだろうか。
「どうしたのマーガレット、幽霊でも見たような顔をして」
心配そうな表情を浮かべ、エンヴィが横に並ぶ。
「あの赤い髪の子、私の弟なの」
「じゃあ、僕の弟みたいなものか。未来の兄として、挨拶しておくべきかな?」
「ふざけている場合じゃないでしょ。これってまずい状況じゃない? おそらくルアンは、私の正体に気づいているわ。それにあの騎士は、元ノブルス子爵家の騎士団長なの」
「なるほどね。僕らの逃避行もこれで終わりか。裏口から逃げてみる? ……いや、マーガレットの手料理を残していくわけにはいかない」
この人は、どこまで本気でどこまで冗談なのか。マイペースすぎて、つかみどころがない。
逃げてしまえば、ルアンは怪しみを深め、私がマーガレットだと確信を持つだろう。家に戻り、お父様に報告するはずだ。
私が堂々と外に出て、嘘をつき通して帰らせるべきか。それともルアンだけに真実を明かすべきか。どちらもリスクがあり、悩ましい。
「君の考えを聞かせて欲しい。あの騎士団長は信頼できる?」
「クリスは、ノブルス子爵領に妻と子供を残して、単身王都に来ているはず。目的はおそらく、私が死亡した事件を調査するため。きっと、お父様から頼まれたんだわ。団長という地位を捨ててまで……」
「いいね、好きだよそういうの。僕は、その忠誠心を買った。マーガレットはここで待ってて」
「……え、え? ちょっとエンヴィ!」
強い決意を秘めた深紅の瞳。有無を言わさぬ覚悟の現れだろう。
外に出ようと歩きだしたエンヴィの肩を掴もうと伸ばしかけた手を引き、胸の前で逆の手を重ねる。
高鳴る鼓動は不安から?
それとも、頼りがいのある彼の背中を見送っているからだろうか。
いまの私は、この一枚の窓に切り取られた世界を見守るしかない。
家から出たエンヴィが、真剣な顔でルアンたちにゆっくりと近づいていく。
彼の眼光に怯み、後退りする二人。
さて、いったいどんな話をするつもりなのかな。
「僕は、エンヴィ・ハイゼンベルク。こんな格好だが、容姿を見れば血吸い伯爵だと分かるはずだ。そこの騎士、ノブルス領の者だな?」
「はっ! ハイゼンベルク伯爵、お初にお目にかかります。自分は、エンリケ様とファーブリック侯爵の命を受け、王国騎士団に派遣されました。マーガレット子爵令嬢殺人事件において、特殊な権限を与えられております!」
マーガレット子爵令嬢殺人事件とは、たいそうな名前を付けられたものだ。
クリスの移動には、お父様だけでなく、お義父様まで関わっているらしい。
これには驚いた。一向に進まない犯人捜しに苛立ちを覚え、私の無念を晴らそうとしてくれているのだろう。
「ふむ、やはりか。心に揺るぎない正義を宿す騎士だと聞いている。そして、エンリケ子爵のために命を賭ける覚悟を持つ、王国一義理堅い男……ということもな。君には期待している。私と話をする気があるなら家に入れ」
「さすが伯爵様、よくご存じで。そのように自負しております。エンリケ様には、騎士隊長に取り立てていただき、数々の恩義があります!」
やはりってなに?
全部初耳。怖いんだけど。
でっち上げた耳心地のいい言葉を並べている。まずは、クリスを仲間に引き入れるらしい。
緑髪の騎士は、まんざらでもない様子でエンヴィの前に跪き、第三の主でも見つけたかのように首を垂れた。
こんなにも簡単に懐柔されてしまう彼は大丈夫なのだろうか。
「そして、そっちの赤毛の子……」
次はルアンの番だ。
自分にも何かありがたい言葉が投げかけられるのではと、垂れ目がちなグレーの瞳をキラキラと輝かせている。緊張して強張った顔のなんと可愛らしいことか。
大事な弟に危ない橋を渡らせたくない。
……そうだ!
私が同名の従妹だとかなんとか、上手く言いくるめてしまえば。
お願い、気づいてエンヴィ!
「僕をお兄様と呼んでくれるのなら、君も入っていいぞ?」
「はいっ! お兄様!」
……はぁ。やっぱりね。
どうせこうなるだろうとは思っていた。
期待した私が馬鹿だったわ。
大きなフライパンを熱して、さっき買った瓶を傾け、オリーブの油を引く。
火は弱くていい。開いた鶏もも肉を二枚、皮面を下にして焼いていく。ジュウと音がして、香ばしい匂いが漂う。
小さな鍋なんかを重しに押し付けてやると、パリッと美味しく焼ける。
皮に焦げ目がつくまで、肉は動かしてはいけない。では、どうやってその状態を判断するのか。
……音だ。
なんて、全てノブルス家の料理長から聞いたことなんだけどね。
パチパチと弾けるような音に変わってきたら、鶏肉を裏返す。
端に寄せ、空いたところにすりおろしたタマネギ、トマト、リンゴを加え、蓋をして蒸し焼きに。
風味付けに白ワインを少し。塩で味を整えたら、最後にすりおろしたショウガを入れて完成だ。
お皿に盛り付けていく。
「貴様、そこで何をしている!」
そのとき、家の外から大声が聞こえた。
びっくりして軽く飛び跳ねてしまうくらいの声量だ。
何事かと思い窓の方を見ると、その光景が信じられず、鼻から抜けるような間の抜けた声が漏れる。
「……へ? なんで?」
大声の主は、クリス騎士隊長だった。
領で事件があると、お父様の元へ報告をしに、何度か屋敷まで来ていたからよく知っている。
ノブルス子爵領から移動になったのかもしれない。
それよりも気になるのは、その手前の少年だ。
あの紺色のドレススーツは何度も見た。長毛の猫みたいなクセのある赤毛も懐かしい。
なぜあの子が……ルアンが王都にいるのだろうか。
「どうしたのマーガレット、幽霊でも見たような顔をして」
心配そうな表情を浮かべ、エンヴィが横に並ぶ。
「あの赤い髪の子、私の弟なの」
「じゃあ、僕の弟みたいなものか。未来の兄として、挨拶しておくべきかな?」
「ふざけている場合じゃないでしょ。これってまずい状況じゃない? おそらくルアンは、私の正体に気づいているわ。それにあの騎士は、元ノブルス子爵家の騎士団長なの」
「なるほどね。僕らの逃避行もこれで終わりか。裏口から逃げてみる? ……いや、マーガレットの手料理を残していくわけにはいかない」
この人は、どこまで本気でどこまで冗談なのか。マイペースすぎて、つかみどころがない。
逃げてしまえば、ルアンは怪しみを深め、私がマーガレットだと確信を持つだろう。家に戻り、お父様に報告するはずだ。
私が堂々と外に出て、嘘をつき通して帰らせるべきか。それともルアンだけに真実を明かすべきか。どちらもリスクがあり、悩ましい。
「君の考えを聞かせて欲しい。あの騎士団長は信頼できる?」
「クリスは、ノブルス子爵領に妻と子供を残して、単身王都に来ているはず。目的はおそらく、私が死亡した事件を調査するため。きっと、お父様から頼まれたんだわ。団長という地位を捨ててまで……」
「いいね、好きだよそういうの。僕は、その忠誠心を買った。マーガレットはここで待ってて」
「……え、え? ちょっとエンヴィ!」
強い決意を秘めた深紅の瞳。有無を言わさぬ覚悟の現れだろう。
外に出ようと歩きだしたエンヴィの肩を掴もうと伸ばしかけた手を引き、胸の前で逆の手を重ねる。
高鳴る鼓動は不安から?
それとも、頼りがいのある彼の背中を見送っているからだろうか。
いまの私は、この一枚の窓に切り取られた世界を見守るしかない。
家から出たエンヴィが、真剣な顔でルアンたちにゆっくりと近づいていく。
彼の眼光に怯み、後退りする二人。
さて、いったいどんな話をするつもりなのかな。
「僕は、エンヴィ・ハイゼンベルク。こんな格好だが、容姿を見れば血吸い伯爵だと分かるはずだ。そこの騎士、ノブルス領の者だな?」
「はっ! ハイゼンベルク伯爵、お初にお目にかかります。自分は、エンリケ様とファーブリック侯爵の命を受け、王国騎士団に派遣されました。マーガレット子爵令嬢殺人事件において、特殊な権限を与えられております!」
マーガレット子爵令嬢殺人事件とは、たいそうな名前を付けられたものだ。
クリスの移動には、お父様だけでなく、お義父様まで関わっているらしい。
これには驚いた。一向に進まない犯人捜しに苛立ちを覚え、私の無念を晴らそうとしてくれているのだろう。
「ふむ、やはりか。心に揺るぎない正義を宿す騎士だと聞いている。そして、エンリケ子爵のために命を賭ける覚悟を持つ、王国一義理堅い男……ということもな。君には期待している。私と話をする気があるなら家に入れ」
「さすが伯爵様、よくご存じで。そのように自負しております。エンリケ様には、騎士隊長に取り立てていただき、数々の恩義があります!」
やはりってなに?
全部初耳。怖いんだけど。
でっち上げた耳心地のいい言葉を並べている。まずは、クリスを仲間に引き入れるらしい。
緑髪の騎士は、まんざらでもない様子でエンヴィの前に跪き、第三の主でも見つけたかのように首を垂れた。
こんなにも簡単に懐柔されてしまう彼は大丈夫なのだろうか。
「そして、そっちの赤毛の子……」
次はルアンの番だ。
自分にも何かありがたい言葉が投げかけられるのではと、垂れ目がちなグレーの瞳をキラキラと輝かせている。緊張して強張った顔のなんと可愛らしいことか。
大事な弟に危ない橋を渡らせたくない。
……そうだ!
私が同名の従妹だとかなんとか、上手く言いくるめてしまえば。
お願い、気づいてエンヴィ!
「僕をお兄様と呼んでくれるのなら、君も入っていいぞ?」
「はいっ! お兄様!」
……はぁ。やっぱりね。
どうせこうなるだろうとは思っていた。
期待した私が馬鹿だったわ。
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