誤解は解きません。悪女で結構です。

砂礫レキ

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第一部

8.

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 元教え子のケビンに断罪されたマーベラは地面に蹲って泣き続けている。
 私をそれをざまあみろと嘲笑う事も駆け寄って助け起こすこともしなかった。

 原作のエリカはケビンに解雇を宣言され絶望するマーベラ夫人にわざわざ近づいて肩を抱く。
 そして慰めようとした結果、マーベラ夫人の逆鱗に触れ髪を引っ張られ暴力を振るわれそうになるのだ。

 エリカは又も間一髪でケビンに助けられ「馬鹿な女だ」と叱責される。
 しかし同時にケビンは「こんなに甘い女が本当に噂の悪女なのか」と彼女に疑いを持ち始めるのだ。

 でも私は別にそういうやりとりは求めていない。
 ケビンはさっさとどこかに行ってしまったし、危険人物からは距離を置くのが正しい。

「私も帰ろっと」

 ドレスの埃を払って屋敷へ引き返す。
 その途中で、こっそり野次馬をしていたらしき使用人たちに声をかける。
 そしてマーベラ夫人に対し保護という名の隔離をするよう命じて置いた。

「このまま放っておいて倒れられたら困るもの。今日は日差しが強くなるでしょうし」

 何よりマーベラ夫人をこのまま放置して、庭に遊びに来たロンと鉢合わせたらあの子が危険だ。
 なので適当な部屋にでも突っ込んで見張って置いて欲しい。

「マーベラ夫人は精神が大変に不安定だから気を付けて。それと彼女の処遇については旦那様の指示に従って頂戴」
「か、畏まりました」
「くれぐれも子供たちと私には近づけないでね」
「は、はい!絶対に!」

 彼らは予想より素直に頷いた。エリカはまだ公爵邸の使用人たちに嫌われ軽んじられている筈。
 ケビンの激昂に怯んだのはマーベラ夫人だけでは無いという事か。
 私はそんなことを考えつつ自室に戻った。

 ロンに貰ったファッジを全部食べたが、それでも強い空腹を覚えたのでメイドを呼ぶ。
 すると朝食を持って来たメイドがやってきた。もしかしたら彼女は最初からエリカ専属なのかもしれない。

「悪いけれどお菓子を幾つか持って来て頂戴。昼までお腹がもたないみたいなの」
「……かしこまりました」

 メイドの顔には不満という文字が見えないインクで書かれている。不貞腐れた子供のようだ。
 しかし今回は咎めなかった。言葉には出していないこと、そして私が先程デザートを断ったことを考慮した。
 何よりマーベラ夫人に比べればこの程度の自己表現は可愛らしいものだと思ってしまう。
 比較対象がおかしいのはわかっていた。叱る気力が無いというのが正直なところだ。

 怒り狂って話が通じない人間とは会話するだけで気力も体力も減るものだ。
 前世で入院してからは穏やかに死を待つ日々だったからすっかり忘れていた。

「貴方が食べたいお菓子も一つだけ持って来ていいわよ」
「えっ」

 私がそう付け足すとメイドの顔から不満が消え喜びが浮かぶ。単純だ。
 でもその現金さに安心を覚える。動かしやすい人間は好きだ。

「その代わり美味しい紅茶もお願い」
「かしこまりました!」

 元気の良い返事をしてメイドが出て行った後、私は備え付けの椅子に座る。
 窓から見る庭は無人だった。マーベラ夫人はちゃんと連行されたらしい。

 彼女とアベニウス公爵家の縁はこれで切れるだろう。少なくともロンの家庭教師にはならない。
 二人の新しい家庭教師は誰になるのだろうか。
 必要最低限の挨拶さえできれば私に友好的で無くていい。ただ子供たちを正しく穏やかに導いてくれる人物がいい。

 ロンとレオの父親で公爵家当主のケビンが選ぶのだろう。しかし彼の人を見る目に関しては正直不安だった。
 子供たちに対する愛情に関しても疑ってしまう。

 原作「一輪の花は氷を溶かす」ではケビンと子供たちは最終的に喧嘩する程仲の良い家族になった。
 でもそれはエリカを中心とした結びつきだ。
 全員エリカのことが大好きで、エリカが一番好きなのは自分だと本人のいないところで張り合っているような関係。
 ケビンが「エリカは俺の妻だ、貴様らに渡さん」と宣言して子供たちが悔しがるという光景が連載の後半では度々ギャグとして差し込まれていた。

 正直漫画で見た時もあまり好きではない光景だった。
 ケビンが自分は父でなく男だと大人気なく主張しているようにしか見えなかったからだ。

「まあ、この世界では絶対そんな会話は起きないでしょうね」

 私は漫画の中の無邪気で心優しいエリカでは無い。ケビンに溺愛されるような可愛げは欠片も持ち合わせていない。
 こちらとしてもケビンに対して異性としてのときめきなど感じない。
 顔も地位もあるが夫としても父親としても失格。大切なのは亡き妻だけ。そんな印象だ。

「だからこそ八年も再婚しなかったのだろうけれど、理解出来ないわね」

 そんなにリリーを愛しているのに、何故リリーが遺した子供たちには無関心なのだろう。
 亡き人の面影と思い出を宿す子供たちの存在こそが、大切なあの人が確かにこの世に居た証拠だというのに。

「……私はそれに縋れたからこそ、生き抜いてこられたのにね」

 前世で亡くした夫の事を思い出す。もうどんな顔だったかさえ忘れてしまった。
 でも良く笑う人で、子供好きで、子供を庇って死んでしまった人だった。 

 それだけは何度生まれ変わっても、私は覚えている。
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