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第一部
9.
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暫くするとメイドが半泣きの顔で戻って来た。
その手には何も持っていない。手ぶらだ。
彼女は私が何か言う前に口を開いた。
「奥様、レオ坊ちゃまにお菓子も紅茶も全部取られてしまいました~」
「この屋敷って山賊が出るのね」
私は溜息を吐きながら言う。
ケビンによく似た顔の子供が得意げに笑う姿がすぐ想像出来た。
レオの幼稚過ぎる行動に呆れる。
(十歳ってこんなに子供だったかしら)
少し考えたが、その子供によるというありきたりな結論になった。
前世で育児経験があったと言っても、大分昔だ。
それに環境も性格も違う。
レオの弟のロンは八歳だが決して他人用の菓子を強奪しようとはしないだろう。
「それで貴方は彼にどういう対応をしたの?」
「な、何も。だって、私のような新人メイドが未来の公爵様相手に抗議なんて出来ないですよ!」
「……そう、向こうは使用人を連れていたの?」
「はい、レオ坊ちゃまには専属お世話係が複数人いるので」
それだけの大人数で世話していてこれか。
漫画でも確かにエリカがレオの部屋に遊びに行くとメイドがズラリと並んでいた気がする。
ただ懐いた後のレオは自分だけでエリカに会いに来ることが殆どだったので彼の世話係についての印象は酷く薄かった。
(しかし、本当に偏っているわね)
一応公爵夫人の私にはお世辞にも優秀と言えない新人メイド一人。
そしてアベニウス公爵家次男のロンも確か乳母上がりの侍女が一人だけだ。なのでレオとそれ以外の家人で明確に差別されている。
これだけならレオがケビンに長男として溺愛されているように見える。
だけど、レオには申し訳ないがケビンがそこまで彼に対して入れ込んでいるとは思えないのだ。
それに引っかかる部分もある。
(確か、マーサとか言ったわね)
ロン付きの侍女の名は私も覚えている。しっかり者の人格者だ。彼女は漫画内でも結構出番があった。
大量のメイドに甘やかされ我儘放題に育てられた長男と、一人とは言え元乳母の侍女に世話して貰っている次男。
どちらが幸せで恵まれているのだろうか。
そんなことを考えているとお腹が鳴った。
「パンでも果物でも茹でた芋でも良いから食べられる物を持って来て」
「で、でも又レオ坊ちゃまに邪魔されます」
「公爵に報告しますとでも言ったら?」
「そんなこと、私には無理ですぅ!」
首をブンブンと振ってメイドは嫌がる。
食べ物を強奪するレオに反論することは出来ないのに私からの指示は断固拒否か。
何度目かの溜息を吐いて私は立ち上がった。
「確か公爵様はまだ屋敷にいらっしゃるのよね。当主執務室かしら?」
「え……多分、そうです」
「わかったわ」
確認してくるとも言わずうろ覚えのままメイドは答える。
「なら執務室に案内して。レオ坊ちゃまの行動について私が公爵様にお話しするから」
「えっ、仰っても無駄だと思いますけど……」
「それを決めるのは公爵様だと思うけれど、それとも貴方には子息の教育に対する権限があるの?」
「えっ、いえっ、そんなことは!」
レオについて報告するついでに、可能なら私にもう少しまともなメイドをつけて欲しいと願い出るつもりだ。
誤魔化し笑いをする年若い新人メイドを見ながら思う。
原作のエリカと彼女は年齢が近いのもあって徐々に友人のような関係になっていた。
エリカが天然で世間知らずなせいで、時々メイドの方が彼女を叱ったりもしていた。
(だけど私に彼女は不要ね)
最初から自分には合わないと思っていたので名前も聞かなかった。
彼女も名乗りしはなかった。ケビンがメイドの変更を承諾したなら多分そのままお別れだ。
どんどん原作から離れて行ってるなと他人事の様に思った。
空腹を抱えたまま暫く廊下を歩き、重厚な飾りのついた扉の前に案内された。
「あ、あの、私は……」
「他の仕事に戻って良いわよ」
私とケビンが話し合う場に居たくないのだろう。公爵邸の使用人の多くは暴君じみたケビンを恐れている。
卑屈に訊いてきたメイドに私は素っ気なく答える。彼女はホッとしたように来た道をそそくさと戻った。
私は扉を数回ノックする。
「誰だ」
「エリカ・アベニウスです旦那様。ご子息の事でお話があります」
扉の向こうから威圧感のある声が聞こえる。
私は用件を簡潔に伝えた。
「どちらの方だ」
「レオ・アベニウス様の方です。彼は廊下で待ち伏せてはメイドが持っている食料を奪っていく略奪行為を現在行って……」
「あーーーーっ!!」
扉越しにケビンと話していたところ、大絶叫に邪魔される。
私は耳を塞ぎながら声が聞こえた方を向いた。
興奮で顔を真っ赤にしたレオがこちらを指さし怒鳴っていた。呼びに行く手間が省けたなと思った。
「お前っ、お前っ、これぐらいで父様に言いつけるとか、有り得ないだろ!!」
私は必死に文句を言う子供に微笑みかける。
こちらは絶賛空腹中だ。決してこれぐらいのことではない。
「お父様に言いつけられたくないなら、そもそもしなければいいだけですよ」
次からは気を付けましょうね。
私がそうアドバイスするとレオは涙目でこの悪女と叫んだ。
悪女の定義についても指導する必要がありそうだ。
その手には何も持っていない。手ぶらだ。
彼女は私が何か言う前に口を開いた。
「奥様、レオ坊ちゃまにお菓子も紅茶も全部取られてしまいました~」
「この屋敷って山賊が出るのね」
私は溜息を吐きながら言う。
ケビンによく似た顔の子供が得意げに笑う姿がすぐ想像出来た。
レオの幼稚過ぎる行動に呆れる。
(十歳ってこんなに子供だったかしら)
少し考えたが、その子供によるというありきたりな結論になった。
前世で育児経験があったと言っても、大分昔だ。
それに環境も性格も違う。
レオの弟のロンは八歳だが決して他人用の菓子を強奪しようとはしないだろう。
「それで貴方は彼にどういう対応をしたの?」
「な、何も。だって、私のような新人メイドが未来の公爵様相手に抗議なんて出来ないですよ!」
「……そう、向こうは使用人を連れていたの?」
「はい、レオ坊ちゃまには専属お世話係が複数人いるので」
それだけの大人数で世話していてこれか。
漫画でも確かにエリカがレオの部屋に遊びに行くとメイドがズラリと並んでいた気がする。
ただ懐いた後のレオは自分だけでエリカに会いに来ることが殆どだったので彼の世話係についての印象は酷く薄かった。
(しかし、本当に偏っているわね)
一応公爵夫人の私にはお世辞にも優秀と言えない新人メイド一人。
そしてアベニウス公爵家次男のロンも確か乳母上がりの侍女が一人だけだ。なのでレオとそれ以外の家人で明確に差別されている。
これだけならレオがケビンに長男として溺愛されているように見える。
だけど、レオには申し訳ないがケビンがそこまで彼に対して入れ込んでいるとは思えないのだ。
それに引っかかる部分もある。
(確か、マーサとか言ったわね)
ロン付きの侍女の名は私も覚えている。しっかり者の人格者だ。彼女は漫画内でも結構出番があった。
大量のメイドに甘やかされ我儘放題に育てられた長男と、一人とは言え元乳母の侍女に世話して貰っている次男。
どちらが幸せで恵まれているのだろうか。
そんなことを考えているとお腹が鳴った。
「パンでも果物でも茹でた芋でも良いから食べられる物を持って来て」
「で、でも又レオ坊ちゃまに邪魔されます」
「公爵に報告しますとでも言ったら?」
「そんなこと、私には無理ですぅ!」
首をブンブンと振ってメイドは嫌がる。
食べ物を強奪するレオに反論することは出来ないのに私からの指示は断固拒否か。
何度目かの溜息を吐いて私は立ち上がった。
「確か公爵様はまだ屋敷にいらっしゃるのよね。当主執務室かしら?」
「え……多分、そうです」
「わかったわ」
確認してくるとも言わずうろ覚えのままメイドは答える。
「なら執務室に案内して。レオ坊ちゃまの行動について私が公爵様にお話しするから」
「えっ、仰っても無駄だと思いますけど……」
「それを決めるのは公爵様だと思うけれど、それとも貴方には子息の教育に対する権限があるの?」
「えっ、いえっ、そんなことは!」
レオについて報告するついでに、可能なら私にもう少しまともなメイドをつけて欲しいと願い出るつもりだ。
誤魔化し笑いをする年若い新人メイドを見ながら思う。
原作のエリカと彼女は年齢が近いのもあって徐々に友人のような関係になっていた。
エリカが天然で世間知らずなせいで、時々メイドの方が彼女を叱ったりもしていた。
(だけど私に彼女は不要ね)
最初から自分には合わないと思っていたので名前も聞かなかった。
彼女も名乗りしはなかった。ケビンがメイドの変更を承諾したなら多分そのままお別れだ。
どんどん原作から離れて行ってるなと他人事の様に思った。
空腹を抱えたまま暫く廊下を歩き、重厚な飾りのついた扉の前に案内された。
「あ、あの、私は……」
「他の仕事に戻って良いわよ」
私とケビンが話し合う場に居たくないのだろう。公爵邸の使用人の多くは暴君じみたケビンを恐れている。
卑屈に訊いてきたメイドに私は素っ気なく答える。彼女はホッとしたように来た道をそそくさと戻った。
私は扉を数回ノックする。
「誰だ」
「エリカ・アベニウスです旦那様。ご子息の事でお話があります」
扉の向こうから威圧感のある声が聞こえる。
私は用件を簡潔に伝えた。
「どちらの方だ」
「レオ・アベニウス様の方です。彼は廊下で待ち伏せてはメイドが持っている食料を奪っていく略奪行為を現在行って……」
「あーーーーっ!!」
扉越しにケビンと話していたところ、大絶叫に邪魔される。
私は耳を塞ぎながら声が聞こえた方を向いた。
興奮で顔を真っ赤にしたレオがこちらを指さし怒鳴っていた。呼びに行く手間が省けたなと思った。
「お前っ、お前っ、これぐらいで父様に言いつけるとか、有り得ないだろ!!」
私は必死に文句を言う子供に微笑みかける。
こちらは絶賛空腹中だ。決してこれぐらいのことではない。
「お父様に言いつけられたくないなら、そもそもしなければいいだけですよ」
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