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第一部
24.
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ケビンは黒い服を着ていた。執務室で話した時と同じ格好をしている。
庭で見た旅装ではない。
(つまり家を出ていなかった……?)
私は反射的に家令のホルガーを向く。
彼は気まずそうな顔で俯いた。
それだけで色々と合点がいく。
ケビンが王都に出立したというのがそもそも嘘だったのだ。
彼はずっと屋敷の中にいた。
しかしそんな嘘を吐く理由がわからなかった。
「……ホルガーから王都に出立したと聞きましたが?」
私が言うとケビンは口端だけで笑った。
そして片手で私の顎を掴む。
「俺は、王都から帰還するまでに問題を片付けておけと伝言しただけだが?」
得意げな台詞を耳にした瞬間、私の内側で複数の感情が暴れ狂った。
最終的に脱力混じりの混乱に落ち着く。
(このネガティブサプライズ男は何がしたいのかしら……?!)
私のお菓子を取り上げて怒らせようとしたレオと目の前の男が重なる。
もしかして私を怒らせるのが目的なのだろうか。でもそれだと益々意味が分からなかった。
いや、ケビンの行動で真っ当に理解できるものの方が現状少ない。
そんなことを考えながら無言でいるとケビンの青い瞳が私を値定めるように覗き込んだ。
しかし視線を冷めたものに変えると突き飛ばすように私から手を離した。
「俺が居ないと油断して男でも連れ込むかと思ったが……つまらんな」
「……は?」
全く予想していなかった台詞を吐かれ私は愕然とした。
頭の中でケビンの台詞を反芻し、彼のやりたかったことを推測する。
もしかしてこの男は亭主の留守中に妻が間夫を連れ込んだところに殴りこむというのをやりたかったのだろうか。
その為に家令に嘘を吐かせてワクワクと私が悪さするまで見張っていたとか?
目の前の男が宇宙人過ぎて思わず口が滑る。
「公爵様って暇なのですか?」
「お、奥様!!」
ホルガーが焦った声で止める。しかし私はそれを無視した。
「そんなに暇ならもっと子供たちや家庭教師に目を配るとかするべきではないのですか?」
「なんだ、昨日今日妻になった分際で意見か?」
「昨日今日この屋敷に来た私でさえ対処が必要だと判断する程の問題を公爵様は何年放置されていらっしゃったのですか?」
私はケビンの目を見て言う。
彼も私の目を見つめ返した。青い宝石のような瞳だが感情が読めない。
そのせいで余計ケビンが壊れたアンドロイドのように思えた。容姿だけは際立って整っているから尚更だ。
「先程私の発言を肯定されてましたけれど、ならば何故今までマーベラ夫人の好きにさせていたのですか?」
「リリーの願いだからだ」
「は?」
「聞こえなかったのか? それがリリーの願ったことだからだ」
彼はそういうと私に背を向けた。
いや別に聞こえなかった訳ではない。そう反論しようとしたがケビンの視線は私から外れていた。
マーベラ夫人の教育通りレオが成長すれば待っているのは常識知らずの暴君化だ。
レオの母親であるリリーがそれを願ったというのが全く理解出来なかっただけだ。
そしてリリーとは別の意味で理解出来ない女がこの場に居る。
何故か牢の中のマーベラ夫人は喜色満面でケビンを見つめていた。
彼女は不気味なぐらいはしゃいだ声でケビンに話しかける。
「旦那様、奥様が私を家庭教師へと推薦してくださったのですか?!」
「そうだ。昔の騒動の件で責められて可哀想だったと言ってな」
「まあまあ、なんてお優しい方なのかしら! あのメイド女とは大違いですわ!」
私に視線を向け嘲るようにしながらマーベラ夫人が言う。私は無表情で彼女を見た。
恐らくマーベラ夫人はケビンの言葉の一部分だけを耳に入れ、ポジティブな解釈をしている。
話の前後など全く無視して。私は何となく二人から遠ざかった。
「そうだ、リリーは優しい女だった。だからお前にチャンスを上げたいと言った」
「ええ、今度こそ私は上手く教育をやれます!」
マーベラ夫人が昔はまともだったのにこうなってしまったのなら医者に診て貰った方が良いとは思った。
でもこれ以上口を挟む気にはなれない。
「しかしお前は失敗した、つまりリリーの優しさを踏みにじったんだ」
「え」
氷のような声が地下牢に響く。
直後凄まじい騒音がして私は耳を反社的に塞いだ。
ケビンが牢を思い切り蹴ったのだと気付いたのは数秒後だった。
「その上昨日今日屋敷に来たばかりの女に俺たちの過去をベラベラ話した。そこまで愚かだとは思わなかった」
「わ、わたくしは、」
「だからお前をそのまま屋敷の外に出す訳にはいかなくなった、そういうことだ」
「お、お慈悲をケビン坊ちゃま、私はリリー様のことは」
もう一度轟音と、そして短い悲鳴がした。
「出ていけ」
その言葉が自分に向けられたことに気付いたのはホルガーに強い力で引き寄せられた後だった。
その時初めて私は自分が持っていた鞭が消えていたことに気付いた。
「奥様、お外に!」
ケビンはこちらを一度も振り向かない。マーベラ夫人は先程から一言も喋らない。
彼女が恐怖で沈黙しているのか、それ以外の理由で静かになったのか私にはわからなかった。
庭で見た旅装ではない。
(つまり家を出ていなかった……?)
私は反射的に家令のホルガーを向く。
彼は気まずそうな顔で俯いた。
それだけで色々と合点がいく。
ケビンが王都に出立したというのがそもそも嘘だったのだ。
彼はずっと屋敷の中にいた。
しかしそんな嘘を吐く理由がわからなかった。
「……ホルガーから王都に出立したと聞きましたが?」
私が言うとケビンは口端だけで笑った。
そして片手で私の顎を掴む。
「俺は、王都から帰還するまでに問題を片付けておけと伝言しただけだが?」
得意げな台詞を耳にした瞬間、私の内側で複数の感情が暴れ狂った。
最終的に脱力混じりの混乱に落ち着く。
(このネガティブサプライズ男は何がしたいのかしら……?!)
私のお菓子を取り上げて怒らせようとしたレオと目の前の男が重なる。
もしかして私を怒らせるのが目的なのだろうか。でもそれだと益々意味が分からなかった。
いや、ケビンの行動で真っ当に理解できるものの方が現状少ない。
そんなことを考えながら無言でいるとケビンの青い瞳が私を値定めるように覗き込んだ。
しかし視線を冷めたものに変えると突き飛ばすように私から手を離した。
「俺が居ないと油断して男でも連れ込むかと思ったが……つまらんな」
「……は?」
全く予想していなかった台詞を吐かれ私は愕然とした。
頭の中でケビンの台詞を反芻し、彼のやりたかったことを推測する。
もしかしてこの男は亭主の留守中に妻が間夫を連れ込んだところに殴りこむというのをやりたかったのだろうか。
その為に家令に嘘を吐かせてワクワクと私が悪さするまで見張っていたとか?
目の前の男が宇宙人過ぎて思わず口が滑る。
「公爵様って暇なのですか?」
「お、奥様!!」
ホルガーが焦った声で止める。しかし私はそれを無視した。
「そんなに暇ならもっと子供たちや家庭教師に目を配るとかするべきではないのですか?」
「なんだ、昨日今日妻になった分際で意見か?」
「昨日今日この屋敷に来た私でさえ対処が必要だと判断する程の問題を公爵様は何年放置されていらっしゃったのですか?」
私はケビンの目を見て言う。
彼も私の目を見つめ返した。青い宝石のような瞳だが感情が読めない。
そのせいで余計ケビンが壊れたアンドロイドのように思えた。容姿だけは際立って整っているから尚更だ。
「先程私の発言を肯定されてましたけれど、ならば何故今までマーベラ夫人の好きにさせていたのですか?」
「リリーの願いだからだ」
「は?」
「聞こえなかったのか? それがリリーの願ったことだからだ」
彼はそういうと私に背を向けた。
いや別に聞こえなかった訳ではない。そう反論しようとしたがケビンの視線は私から外れていた。
マーベラ夫人の教育通りレオが成長すれば待っているのは常識知らずの暴君化だ。
レオの母親であるリリーがそれを願ったというのが全く理解出来なかっただけだ。
そしてリリーとは別の意味で理解出来ない女がこの場に居る。
何故か牢の中のマーベラ夫人は喜色満面でケビンを見つめていた。
彼女は不気味なぐらいはしゃいだ声でケビンに話しかける。
「旦那様、奥様が私を家庭教師へと推薦してくださったのですか?!」
「そうだ。昔の騒動の件で責められて可哀想だったと言ってな」
「まあまあ、なんてお優しい方なのかしら! あのメイド女とは大違いですわ!」
私に視線を向け嘲るようにしながらマーベラ夫人が言う。私は無表情で彼女を見た。
恐らくマーベラ夫人はケビンの言葉の一部分だけを耳に入れ、ポジティブな解釈をしている。
話の前後など全く無視して。私は何となく二人から遠ざかった。
「そうだ、リリーは優しい女だった。だからお前にチャンスを上げたいと言った」
「ええ、今度こそ私は上手く教育をやれます!」
マーベラ夫人が昔はまともだったのにこうなってしまったのなら医者に診て貰った方が良いとは思った。
でもこれ以上口を挟む気にはなれない。
「しかしお前は失敗した、つまりリリーの優しさを踏みにじったんだ」
「え」
氷のような声が地下牢に響く。
直後凄まじい騒音がして私は耳を反社的に塞いだ。
ケビンが牢を思い切り蹴ったのだと気付いたのは数秒後だった。
「その上昨日今日屋敷に来たばかりの女に俺たちの過去をベラベラ話した。そこまで愚かだとは思わなかった」
「わ、わたくしは、」
「だからお前をそのまま屋敷の外に出す訳にはいかなくなった、そういうことだ」
「お、お慈悲をケビン坊ちゃま、私はリリー様のことは」
もう一度轟音と、そして短い悲鳴がした。
「出ていけ」
その言葉が自分に向けられたことに気付いたのはホルガーに強い力で引き寄せられた後だった。
その時初めて私は自分が持っていた鞭が消えていたことに気付いた。
「奥様、お外に!」
ケビンはこちらを一度も振り向かない。マーベラ夫人は先程から一言も喋らない。
彼女が恐怖で沈黙しているのか、それ以外の理由で静かになったのか私にはわからなかった。
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