誤解は解きません。悪女で結構です。

砂礫レキ

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第一部

25.

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「申し訳ございません、奥様!」

 階段を上り二つの扉を開け廊下に出た途端ホルガーは私に頭を下げた。
 その時体が一瞬震えた。腰にダメージが来たのだろう。

「謝られても困るわ」

 私は本心からそう言った。
 使用人の立場で公爵夫人の私の手を掴んで地下牢から抜けた件で責めるつもりは当然無い。
 ケビンが屋敷に居ないと誤解させる発言をしたこともだ。

「貴方は公爵様の命令を実行しただけに過ぎないのだから」

 私がそう付け足してもホルガーの表情が明るくなることは無かった。
 責めるつもりの無い人間程罪悪感を抱え込み萎縮する。それは前世も今も同じだった。

 そして元凶は反省などせず平然としている。
 足元を掬われるその瞬間まで反省とは無縁だろう。

「医師は本日中に呼んでくれるのよね?」
「はい、必ず」

 私が尋ねるとホルガーはすぐに首肯した。
 でもそれをどこかで信じられない私がいる。

 もしケビンが医者を呼ぶなと言ったら彼はそうするだろう。
 この屋敷では当たり前のことだ。

(私だけの部下が欲しい)

 そんなことを思う。でもそれは公爵夫人の立場だけでは叶わないことだった。
 私が食べた食事だって公爵家の財産から捻出されている。
 今の私はアベニウス公爵家に養われている状態だ。

(だからって何もかも我慢する気は無いけれど)

 お金が欲しい。この国で稼ぐ為の手段が知りたい。
 私は自分の手を見た。

 原作のエリカの作るクッキーは絶品で数々のキャラを虜にしてきた。
 今の私も多分同じものは作れる筈。

(でもケビンは甘党じゃないのよね、だからクッキーで篭絡は無理)

 原作で彼はエリカが渡すクッキーを毎回不愛想に食べていた。
 時には男性使用人に渡す分まで奪っていた。
 だからエリカはケビンが甘党だと勘違いしてせっせとお菓子を差し入れる。
 でも本当は甘い物が苦手で、単にエリカの手作りだから一人占めしたかったというエピソードを思い出した。

「……胸やけして来たわ」
「は?」

 思わず呟くとホルガーに聞き返される。小声で良かった。
 絶品クッキーは多分それなりの武器にはなる。でもそれだけでは足りない。

「私はこの後図書室で過ごす予定だから、用がある時はそちらに来て頂戴」
「はい、かしこまりました」

 私の指示にホルガーは頷いた。 
 読み書きが出来て本当に良かった。

 私は前世から本が好きだった。
 病気が進行していくにつれて小さな文字が読みづらくなり、漫画本や絵本ばかりになってしまったが最後まで本の虫だった。
 本は娯楽であり教師でもある。知らない知識を与えてくれる。 

 そして公爵家でまともな食事をして気づいたが、食事マナーも予想よりは身についていた。
 幼い頃、伯爵夫人と異母姉のローザのいない所で私は何回か教育らしきものを受けた。
 読み書きやマナー講習、貴族式の挨拶。それを体は覚えていた。
 でもそれらの講義はある日突然無くなった。

 そして異母姉やその母からの虐待が暫く酷くなった。
 恐らくあれらは伯爵が自分の妻子に隠れて私に施していたのだろう。
 原作のエリカならともかく今の私はそれを父の娘に対する愛だとは全く思わない。

(それはそれとして技術は活用しなくちゃ) 

 図書室には大量の本があった。そこからこの時代の情報を得ることが出来るだろう。
 今手元に家系について書かれた本が無い事を改めて残念に思った。

 きっと鞭を奪われた時にケビンに取られたのだ。
 わざわざそんなことをしたのだから素直に図書室に戻されることは無いだろう。

(アルヴァの享年や死因も調べておけばよかった)

 多分ホルガーは知っていると思うが下手に尋ねてマーベラ夫人と同じ目に遭いたくは無かった。
 私は少し考えて口を開く。

「ホルガー、マーベラ夫人って昔はどういう教え方をしていたの?」
「昔、ですか?」
「そうよ。今みたいな格差教育をしたのは切っ掛けがあったという話だから」

 前公爵夫人のリリーが可哀想と言うぐらいなのだ。
 ケビンと弟のアルヴァには良い教師だった可能性もある。
 なのに責任を押し付けられた末に人が変わってしまったなら哀れだと思う。私は決して再雇用を提案する気は無いけれど。

 ホルガーは少し考え込んだ後に若干小声で言った。

「彼女の当時の判断基準は成績でした。成績の良い方を褒めるまでは良いのですが……」
「……そうじゃない方の尊厳を傷つけることをしたのね」

 私が言葉を続けるとホルガーは肯定の返事をした。
 つまり基準が違うだけでマーベラ夫人は昔から兄弟格差をつけていたことになる。
 昔解雇されたのは当然だった。寧ろどこに可哀想な要素があるのか。

(それを又雇うとか……リリーがどういう女性か知らないけれど、無責任なことをしたわね)

 マーベラ夫人が可哀想という同情心で不適切な教師を息子に就けたリリー。
 そして教師と息子たちのその後に無関心だったケビン。

 ケビンはきっと「火を見ていて」と言われたら本当に火だけを見ているタイプなのだろう。
 鍋が吹きこぼれようが煙を上げようが何もせずに。

(子を遺して亡くなったリリーに同情はするけれど、ケビンともども親には向いていない気がする)

 私は溜息を吐くと長い廊下を歩いた。

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