誤解は解きません。悪女で結構です。

砂礫レキ

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第一部

52.

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 カンテラを持つ私が一番先を歩き、その後ろにレオをおんぶしたカーヴェルが続く。
 殿はしっかり者のアイリに任せ私たちは屋敷までの帰路に就いた。

 私がデコピンした直後は騒いでいたレオだが今は大分大人しい。
 そんな彼にカーヴェルは鯉を盗んでも売りさばくのは難しい事、そもそも売る前に死ぬ可能性が高い事などを話していた。

 意外なことにレオは大して反発もせずにその説明を聞いていた。
 俺を責めるのかや、俺の作戦を否定するのかなど怒ったりすることも無い。
 時々軽く質問をするぐらいだ。
 それは恐らくカーヴェルの話し方にレオを責めたり馬鹿にする空気を感じられないからだろう。 

 彼はただ王家から下賜された観賞魚を売ろうとした場合について淡々と話している。
 私も学生になったような気分でカーヴェルの講義に耳を澄ませていた。

 彼が甥たちの家庭教師をしていたのも頷ける。寧ろ教師こそが適職かもしれない。 
 これでレオは二度と池の鯉を売ろうとしないだろう。私は安堵した。
 そんなことを考えているとカーヴェルが小さく驚きの声をもらした。

「おや……」
「どうしたの?」
「レオ様がお休みになられたようです」

 その声に私は足を止める。
 そして追いついたカーヴェルの背中に回ると確かにレオは寝息を立てていた。
 まだ夕食前だが気が緩んだか疲れていたのだろう。もしくは両方かもしれない。

「本当ね、よく眠っているわ」

 小声で報告する。
 レオは神経質そうなのに初対面のカーヴェルの背で寝たことに少しだけ驚く。

「ではこのままレオ様の部屋にお運びした方が宜しいですね」

 カーヴェルの言葉に私は頷いた。

「そうね。ただあのメイドたちに彼を任せるのは心配だけれど」

 他メイドの言いなりで私を引き留め続けたメイド。
 そのメイドと私の様子を恐らく菓子を食べながら笑ってみていたメイド三匹。
 未だ会っていないがレオにマーベラ夫人の引き留めを求め家出の原因を作った侍女長。 
 
「レオ君付きのメイドでまともな人材を一切見ていないので不安よ」

 私は声を潜めながらカーヴェルに今日会ったメイドたちについて小声で話す。
 彼も同じように小声で返した。

「……正直、公爵家に勤めている使用人、更に令息付きの行動とは思い難いです」
「やっぱり私以外の目から見てもそうなのね」
「私も全ての貴族家庭について把握している訳では無いですが……爵位が高い程使用人にも高い水準が求められるのは常識です」
「それはまあそうなのでしょうね」
「だからこそ仕えること自体が名誉になり、また給与も高くなるのですから」

 言いながら彼の表情が曇る。
 カーヴェルはこれからこの有り得ない公爵家で家令職に就くのだ。笑顔で居られないのもわかる。

「父は一体何をしていたのか……」

 呟くように口にする彼に世襲制も大変だなと思った。
 私は短い付き合いだが何となくホルガーのスタンスがわかりつつある。

 恐らく彼は無関心と現状維持で仕事をしていた。
 主人に命じられた仕事は多分そこそこ懸命にこなす。
 しかしそれ以外は大きな問題になるか自分が意見や役目を求められるまで放置するのだろう。
 つまり自発心が無いのだ。悪い意味で細かいことを気にしない。
 前妻以外には基本無関心なケビンと相性が悪すぎる。

(そもそもケビンの無関心さがこの屋敷の最大の問題だわ)

 この家で一番偉いのはケビンだ。使用人についての解雇権を持つのも彼。
 しかし彼は使用人の仕事ぶりについて無関心だ。自分が不快にならなければ何をしていようが咎めることもしないだろう。
 暴論だがケビンの部屋と歩く場所だけ掃除して美味しい食事だけ出してれば何も言わなそうだ。

 使用人たちの働きぶりについてもきっと知ろうともしない。
 わかりやすく問題が起きなければ対処もしない。そして公爵邸は客人もろくに来ない閉ざされた場所だ。

(そりゃだらけるわ)

 放任主義という名の無関心な上役と頑張って働いたところで誰も評価しない環境。
 そして幾らでもさぼれる閉ざされた勤務場所。
 この二つが合わさればどんなことが起きるか、私は前世でそれなりに思い知っていた。

「ホルガーは引退したし、取り合えず先に進みましょう。貴方が家令としてこの屋敷の空気を変えればいい」
「奥様……」
「私も今後使用人たちの面談を行うつもりよ。それで残して良いか解雇か決めようと思う」

 ただその前にまともなドレスを手に入れなければいけない。
 公爵夫人として舐められないようなものを。

「私はこの屋敷にずっとは居られないかもしれない。でも公爵夫人で居られる内に出来ることはするわ」

 レオが暴君公爵になる可能性は少しでも減らしたいし減らしてあげたい。
 私はあどけない顔で眠る子供の髪をそっと撫でる。懐かしい柔らかさだった。

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