51 / 106
第一部
51.
しおりを挟む
「奥様」
体が完全に倒れ込む前に後ろから支えられる。
「アイリ……」
私は背中を掴む腕の主の名を呼んだ。彼女が助けてくれたのだ。だから地面に衝突せずに済んだ。
そして私が持つカンテラが揺れ、その光の中に青年の広い背中が浮かんだ。
先程割れたのは彼が落としたカンテラなのだと気づく。
驚くような速さでカーヴェルは池へと近づいていた。
まるで豹が獲物を見つけたような素早さだった。
「や、嫌だっ!」
「大丈夫です」
レオの泣き声と、それを宥めるような低い声。
それから間を置かず大きな水音が聞こえる。
「レオ君、カーヴェル!」
私は二人の名を叫んだ。心臓が強い力で握りこまれたような寒気がした。
心配のはレオだけじゃない。カーヴェルもだ。
原作での彼の死因は溺死だった。
「アイリ離して!二人を助けなきゃ……!」
「大丈夫です、奥様」
私を支えたままのメイドに懇願するが彼女は落ち着いた様子で言い返す。
「あの池は浅いです、以前掃除の時に入ったことがあります」
「だとしても、転んで頭を打ったりしたら……!」
淡々と告げるメイドに私は言い返す。レオが持っていた大きな石だって危険だ。
そんな私にカーヴェルの声が届く。
「……大丈夫ですよ、奥様」
優し気な声に振り向くと微笑を浮かべた彼がレオを大切そうに抱き上げていた。
その両膝は地面に着いている。レオの身長に合わせた結果そうなったのだろう。
「池に落ちる前に間に合いました。レオ様にお怪我はありません」
「良かった……!」
立っていただけなのに全力疾走した後のような脱力感が体を襲う。先程の水音は石が落ちた音だったのだろう。
私はアイリの手をそっと外した。そしてもう大丈夫だと頷く。
今度は転ばないようにと二人にゆっくり近づく。
カーヴェルの服は所々泥で汚れていて、顔を飾っていた眼鏡が消えていた。
「貴方、眼鏡が……」
「えっ、ああ……落としてしまったのかもしれません」
「じゃあ探さないと……」
私は慌てて言うと離れた場所からアイリの声が聞こえた。
「地面には確認できません。池に落とされたのでは?」
「有難う御座います、だったら朝探した方が良いですね」
落ち着いた様子でカーヴェルは言う。
「でも眼鏡が無かったら屋敷まで戻るのも大変じゃない?」
「殆ど度は入っていないので大丈夫です。前職の癖で着けていただけですので」
そう言われ安心する。冷え切った夜闇の中よりは日が昇った後に探す方が楽だし安全だ。
前職の癖というのは少し気になったが掘り下げないことにする。
私はコートを脱いだ。カーヴェルの腕の中のレオが震えていたからだ。
「ほら、着なさい」
小さく華奢な体に自分のコートを着せてやろうとする。
しかし乱暴に腕で払われた。
「……何でだよっ!」
「何がよ」
レオの癇癪はまだ治まっていないようだ。
でも危険な事をし過ぎなので拳骨の一つは流石にしておこうか。
そんなことを私が考えているとは知らずレオは叫んだ。
「何で良かったなんだよ!!」
「……は?」
「良かったじゃないだろ!俺を怒れよ!」
予想外のことを言われ一瞬動揺する。
いや今怒ろうとしていたところだったんだけれど。
私は自分の拳と涙目のレオを交互に見つめた。レオが自分を抱えているカーヴェルを睨みつける。
「どうせお前だって、俺が怪我したら父様に怒られるから助けたんだ、ろっ?!」
私の拳骨がレオの頭に制裁を下す。懐かしい痛みを拳に感じた。
「いい加減怒るわよ」
「もう怒ってんじゃないか!!」
「当たり前よ。怒ることばっかりしてるじゃない」
私はカーヴェルからレオを貰い受けると問答無用で自分のコートでくるんだ。薔薇臭いと言われたが無視した。
「じゃあ何で俺なんて助けたんだよ!」
私の腕の中で暴れながらレオが騒ぐ。私は身動き取れないように力を込めながら言った。
「子供が怪我しそうだったら普通大人は助けるわよ」
「そうです、レオ様」
私の言葉にカーヴェルは同調する。
彼のズボンは泥で汚れているだけでなく水で濡れているようだった。池の水がかかったのだろう。
早く屋敷に戻って着替えさせた方が良い。
「レオ君、話は帰ってから幾らでも」
「普通って、何だよ……」
話を切り上げようとした私にレオのか細い声が問うて来た。
普通とは何か。中々難しい質問をしてくる。しかし今は帰宅だ。
「普通というのは当たり前のことよ」
「お前の当たり前は俺の当たり前じゃない、お前は滅茶苦茶な女だ」
「あらそう、帰るわよ」
「待てよ、質問に答えろ!」
容赦なく引き摺って帰ろうとするがレオは暴れて抵抗してきた。
(カーヴェルに引き渡して運んでもらおうかしら)
私が若い家令に視線を向けると彼はニコリと笑った。
眼鏡が無いとその顔の良さにこちらの目が焼かれる気がする。
「奥様、私がお運びいたします」
「有難う、楽な持ち方で構わないわよ」
「おい、俺を荷物扱いするな!それとお前は誰だ!」
じたばたと暴れるレオをカーヴェルは丁寧に、そして楽々と持ち上げた。
それでもレオは暴れているがカーヴェルはびくともしない。
「私はカーヴェル・コートネイ。ホルガーの息子で家令見習いになります」
「お前がホルガーの息子? ……全然似てないな!痛っ!」
私は失礼なことを言うレオの額にデコピンをした。
体が完全に倒れ込む前に後ろから支えられる。
「アイリ……」
私は背中を掴む腕の主の名を呼んだ。彼女が助けてくれたのだ。だから地面に衝突せずに済んだ。
そして私が持つカンテラが揺れ、その光の中に青年の広い背中が浮かんだ。
先程割れたのは彼が落としたカンテラなのだと気づく。
驚くような速さでカーヴェルは池へと近づいていた。
まるで豹が獲物を見つけたような素早さだった。
「や、嫌だっ!」
「大丈夫です」
レオの泣き声と、それを宥めるような低い声。
それから間を置かず大きな水音が聞こえる。
「レオ君、カーヴェル!」
私は二人の名を叫んだ。心臓が強い力で握りこまれたような寒気がした。
心配のはレオだけじゃない。カーヴェルもだ。
原作での彼の死因は溺死だった。
「アイリ離して!二人を助けなきゃ……!」
「大丈夫です、奥様」
私を支えたままのメイドに懇願するが彼女は落ち着いた様子で言い返す。
「あの池は浅いです、以前掃除の時に入ったことがあります」
「だとしても、転んで頭を打ったりしたら……!」
淡々と告げるメイドに私は言い返す。レオが持っていた大きな石だって危険だ。
そんな私にカーヴェルの声が届く。
「……大丈夫ですよ、奥様」
優し気な声に振り向くと微笑を浮かべた彼がレオを大切そうに抱き上げていた。
その両膝は地面に着いている。レオの身長に合わせた結果そうなったのだろう。
「池に落ちる前に間に合いました。レオ様にお怪我はありません」
「良かった……!」
立っていただけなのに全力疾走した後のような脱力感が体を襲う。先程の水音は石が落ちた音だったのだろう。
私はアイリの手をそっと外した。そしてもう大丈夫だと頷く。
今度は転ばないようにと二人にゆっくり近づく。
カーヴェルの服は所々泥で汚れていて、顔を飾っていた眼鏡が消えていた。
「貴方、眼鏡が……」
「えっ、ああ……落としてしまったのかもしれません」
「じゃあ探さないと……」
私は慌てて言うと離れた場所からアイリの声が聞こえた。
「地面には確認できません。池に落とされたのでは?」
「有難う御座います、だったら朝探した方が良いですね」
落ち着いた様子でカーヴェルは言う。
「でも眼鏡が無かったら屋敷まで戻るのも大変じゃない?」
「殆ど度は入っていないので大丈夫です。前職の癖で着けていただけですので」
そう言われ安心する。冷え切った夜闇の中よりは日が昇った後に探す方が楽だし安全だ。
前職の癖というのは少し気になったが掘り下げないことにする。
私はコートを脱いだ。カーヴェルの腕の中のレオが震えていたからだ。
「ほら、着なさい」
小さく華奢な体に自分のコートを着せてやろうとする。
しかし乱暴に腕で払われた。
「……何でだよっ!」
「何がよ」
レオの癇癪はまだ治まっていないようだ。
でも危険な事をし過ぎなので拳骨の一つは流石にしておこうか。
そんなことを私が考えているとは知らずレオは叫んだ。
「何で良かったなんだよ!!」
「……は?」
「良かったじゃないだろ!俺を怒れよ!」
予想外のことを言われ一瞬動揺する。
いや今怒ろうとしていたところだったんだけれど。
私は自分の拳と涙目のレオを交互に見つめた。レオが自分を抱えているカーヴェルを睨みつける。
「どうせお前だって、俺が怪我したら父様に怒られるから助けたんだ、ろっ?!」
私の拳骨がレオの頭に制裁を下す。懐かしい痛みを拳に感じた。
「いい加減怒るわよ」
「もう怒ってんじゃないか!!」
「当たり前よ。怒ることばっかりしてるじゃない」
私はカーヴェルからレオを貰い受けると問答無用で自分のコートでくるんだ。薔薇臭いと言われたが無視した。
「じゃあ何で俺なんて助けたんだよ!」
私の腕の中で暴れながらレオが騒ぐ。私は身動き取れないように力を込めながら言った。
「子供が怪我しそうだったら普通大人は助けるわよ」
「そうです、レオ様」
私の言葉にカーヴェルは同調する。
彼のズボンは泥で汚れているだけでなく水で濡れているようだった。池の水がかかったのだろう。
早く屋敷に戻って着替えさせた方が良い。
「レオ君、話は帰ってから幾らでも」
「普通って、何だよ……」
話を切り上げようとした私にレオのか細い声が問うて来た。
普通とは何か。中々難しい質問をしてくる。しかし今は帰宅だ。
「普通というのは当たり前のことよ」
「お前の当たり前は俺の当たり前じゃない、お前は滅茶苦茶な女だ」
「あらそう、帰るわよ」
「待てよ、質問に答えろ!」
容赦なく引き摺って帰ろうとするがレオは暴れて抵抗してきた。
(カーヴェルに引き渡して運んでもらおうかしら)
私が若い家令に視線を向けると彼はニコリと笑った。
眼鏡が無いとその顔の良さにこちらの目が焼かれる気がする。
「奥様、私がお運びいたします」
「有難う、楽な持ち方で構わないわよ」
「おい、俺を荷物扱いするな!それとお前は誰だ!」
じたばたと暴れるレオをカーヴェルは丁寧に、そして楽々と持ち上げた。
それでもレオは暴れているがカーヴェルはびくともしない。
「私はカーヴェル・コートネイ。ホルガーの息子で家令見習いになります」
「お前がホルガーの息子? ……全然似てないな!痛っ!」
私は失礼なことを言うレオの額にデコピンをした。
1,769
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる
千環
恋愛
第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。
なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる