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第一部
71.
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ブライアンに家令代行を任せてから三日経過した。
まだ三日と言うべきか、もう三日と言うべきか。
ブライアンは初日の時点で何度も私に不満を言いに来たのでアイリによってシャットアウトされた。
今はアイリに訪問理由を告げた上で彼女の許可が無いと私との面会が叶わないようになっている。
結果扉の向こうが騒がしくなることは増えたが私がブライアンと会話することはほぼ無くなった。
「私に文句を言いに来る時間でタスクをこなせばいいのに……」
公爵夫人室で机を前にした私は独り言を言う。
ホルガーとレインが言うには今のブライアンの業務は特に忙殺される量では無いらしい。
今のアベニウス公爵家は閉じた世界だ。来客など滅多に無い。
イベントも特に無く当主のケビンも不在。
私も子供たちも外出などしない。
「経理も使用人のスケジュール管理も領地関係もホルガーに丸投げ……何がそんなに忙しいのか不思議だよ」
窓の外を見ていたレインが呆れたように言う。
彼女は少し前にこの部屋を訪れていた。
「代理を数日した程度であんなに余裕が無くなるなんて、ホルガーはこれまで一度も家令を休んだことが無かったのかな?」
「恐らくそうよ。だから奥様の最期にも呼ばれなかったし腰痛をあそこまで悪化させてしまった」
私はどこか憂鬱な気持ちになりながら言う。
ホルガーの妻はそんな夫を尊敬していたようだが、その息子たちはどういう気持ちで育ってきたのだろう。
私は書き終わった手紙を封筒にしまう。そして封蝋をした。
「レオ君の様子はどう?」
「若干元気が無くてそのせいか話に聞くより大人しいかな。彼は隠し事が下手だね」
「十歳で得意な方が怖いわよ。まだ自分から言い出さない?」
私が尋ねるとレインは首を振った。
彼女は今カーヴェルの代わりにレオとロンの勉強を見て貰っている。
レイン自身がカーヴェルと会話していて、スムーズに子供たちに近づける手段だと思ったらしい。
「私も死を連想させることは言っていないから危機感が足りていないのかもしれないね」
「そう……」
「ただ毎日彼はまだ目を覚まさないのかとは質問されるよ。弟の方にもね」
「ロン君からも?」
「使用人が眠ったままなのは不安なんじゃないかな」
それはそうだ。彼の心のケアを怠っていた自分を恥じる。
「ロン君とも時間を作って話をするわ」
「そうした方が良いね。ところで先程から何通も書いていた手紙について聞いても?」
レインの視線の先には数通の封筒がある。
「先日辞めさせたメイドたちの家宛ての手紙よ、ブライアンに届けてもらうつもりなの」
笑顔で告げるとレインは少し考えた後に肩を竦めた。
「ちなみにブライアンには彼が持って来た抗議文の返信だと説明するわ」
「それはそれは……無事届くかな?」
「さあ?ちなみに彼が持って来た手紙の封蝋だけれどホルガーに確認したら差出人と違う家の物だったの」
「……それはそれは」
飄々とした口調はそのままだが流石にレインは笑顔を消していた。
手紙を作成したのがブライアンなら完全な文書偽造だ。笑っている場合では無い。
扉が何回か叩かれる。アイリが来客を告げる。
その名前を聞くと私はすぐに許可を出した。
アイリより頭一つ分背の高い大男が部屋に入って来る。
「彼はクレイグ。ホルガーが頼りにしている使用人よ」
彼は以前ホルガーに命じられアイリと二人で地下牢までの見張りをしていた。
今回はブライアンの見張りをして貰うつもりだ。
「貴方はブライアンについて行って、彼が手紙を捨てたり逃げたりしたら即捕まえて頂戴」
「かしこまりました」
クレイグは簡潔に答える。レインが興味深そうに質問してきた。
「もしブライアンがちゃんと相手に手紙を渡した場合はどうなるんだい?」
「急に解雇した件についての詫びと、その上で解雇理由を明文化した内容だから問題無いわ」
「成程」
「ブライアンには売られた喧嘩を買いましたという感じに説明するけれど」
私は微笑むとアイリにブライアンを呼び出すよう告げた。
そうして彼の訪れを待つ。レインは部屋から出て行く気配が無いが放って置いた。
暫くすると不機嫌を隠さない顔のブライアンがやってくる。
「奥様、何か御用ですか」
「用があるから呼んだのよ、はいこれ」
私は封筒をブライアンに手渡す。
彼は渋々受け取ったが早速文句を言って来た。
「手紙の配送なら多忙な私ではなくそこの娘に任せれば……」
「貴方が以前自分が責任もって担当すると言っていた抗議文への返信よ」
私が一息に告げると彼は少しの間を置いて間抜けな声を上げた。
すっかり忘れていたのだろう。
「不当な抗議に対しアベニウス公爵夫人としてきっちり回答したわ。馬車を用立てたから急いで届けて頂戴」
「え、いや……それは……私で無くとも」
「貴方は家令代理でしょう? 大丈夫よ、向こうが激怒したら私に報告すればいいし荒事になってもクレイグを付けるもの」
「いや、別に私一人でも……」
「無礼を働いた使用人の家がアベニウス公爵家に抗議するとどうなるか、思い知らせてあげないとね」
私はにっこりとブライアンの目を見て告げる。
置物の様に固まった彼をクレイグが無言で引き摺って行った。
まだ三日と言うべきか、もう三日と言うべきか。
ブライアンは初日の時点で何度も私に不満を言いに来たのでアイリによってシャットアウトされた。
今はアイリに訪問理由を告げた上で彼女の許可が無いと私との面会が叶わないようになっている。
結果扉の向こうが騒がしくなることは増えたが私がブライアンと会話することはほぼ無くなった。
「私に文句を言いに来る時間でタスクをこなせばいいのに……」
公爵夫人室で机を前にした私は独り言を言う。
ホルガーとレインが言うには今のブライアンの業務は特に忙殺される量では無いらしい。
今のアベニウス公爵家は閉じた世界だ。来客など滅多に無い。
イベントも特に無く当主のケビンも不在。
私も子供たちも外出などしない。
「経理も使用人のスケジュール管理も領地関係もホルガーに丸投げ……何がそんなに忙しいのか不思議だよ」
窓の外を見ていたレインが呆れたように言う。
彼女は少し前にこの部屋を訪れていた。
「代理を数日した程度であんなに余裕が無くなるなんて、ホルガーはこれまで一度も家令を休んだことが無かったのかな?」
「恐らくそうよ。だから奥様の最期にも呼ばれなかったし腰痛をあそこまで悪化させてしまった」
私はどこか憂鬱な気持ちになりながら言う。
ホルガーの妻はそんな夫を尊敬していたようだが、その息子たちはどういう気持ちで育ってきたのだろう。
私は書き終わった手紙を封筒にしまう。そして封蝋をした。
「レオ君の様子はどう?」
「若干元気が無くてそのせいか話に聞くより大人しいかな。彼は隠し事が下手だね」
「十歳で得意な方が怖いわよ。まだ自分から言い出さない?」
私が尋ねるとレインは首を振った。
彼女は今カーヴェルの代わりにレオとロンの勉強を見て貰っている。
レイン自身がカーヴェルと会話していて、スムーズに子供たちに近づける手段だと思ったらしい。
「私も死を連想させることは言っていないから危機感が足りていないのかもしれないね」
「そう……」
「ただ毎日彼はまだ目を覚まさないのかとは質問されるよ。弟の方にもね」
「ロン君からも?」
「使用人が眠ったままなのは不安なんじゃないかな」
それはそうだ。彼の心のケアを怠っていた自分を恥じる。
「ロン君とも時間を作って話をするわ」
「そうした方が良いね。ところで先程から何通も書いていた手紙について聞いても?」
レインの視線の先には数通の封筒がある。
「先日辞めさせたメイドたちの家宛ての手紙よ、ブライアンに届けてもらうつもりなの」
笑顔で告げるとレインは少し考えた後に肩を竦めた。
「ちなみにブライアンには彼が持って来た抗議文の返信だと説明するわ」
「それはそれは……無事届くかな?」
「さあ?ちなみに彼が持って来た手紙の封蝋だけれどホルガーに確認したら差出人と違う家の物だったの」
「……それはそれは」
飄々とした口調はそのままだが流石にレインは笑顔を消していた。
手紙を作成したのがブライアンなら完全な文書偽造だ。笑っている場合では無い。
扉が何回か叩かれる。アイリが来客を告げる。
その名前を聞くと私はすぐに許可を出した。
アイリより頭一つ分背の高い大男が部屋に入って来る。
「彼はクレイグ。ホルガーが頼りにしている使用人よ」
彼は以前ホルガーに命じられアイリと二人で地下牢までの見張りをしていた。
今回はブライアンの見張りをして貰うつもりだ。
「貴方はブライアンについて行って、彼が手紙を捨てたり逃げたりしたら即捕まえて頂戴」
「かしこまりました」
クレイグは簡潔に答える。レインが興味深そうに質問してきた。
「もしブライアンがちゃんと相手に手紙を渡した場合はどうなるんだい?」
「急に解雇した件についての詫びと、その上で解雇理由を明文化した内容だから問題無いわ」
「成程」
「ブライアンには売られた喧嘩を買いましたという感じに説明するけれど」
私は微笑むとアイリにブライアンを呼び出すよう告げた。
そうして彼の訪れを待つ。レインは部屋から出て行く気配が無いが放って置いた。
暫くすると不機嫌を隠さない顔のブライアンがやってくる。
「奥様、何か御用ですか」
「用があるから呼んだのよ、はいこれ」
私は封筒をブライアンに手渡す。
彼は渋々受け取ったが早速文句を言って来た。
「手紙の配送なら多忙な私ではなくそこの娘に任せれば……」
「貴方が以前自分が責任もって担当すると言っていた抗議文への返信よ」
私が一息に告げると彼は少しの間を置いて間抜けな声を上げた。
すっかり忘れていたのだろう。
「不当な抗議に対しアベニウス公爵夫人としてきっちり回答したわ。馬車を用立てたから急いで届けて頂戴」
「え、いや……それは……私で無くとも」
「貴方は家令代理でしょう? 大丈夫よ、向こうが激怒したら私に報告すればいいし荒事になってもクレイグを付けるもの」
「いや、別に私一人でも……」
「無礼を働いた使用人の家がアベニウス公爵家に抗議するとどうなるか、思い知らせてあげないとね」
私はにっこりとブライアンの目を見て告げる。
置物の様に固まった彼をクレイグが無言で引き摺って行った。
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