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第一章
12話
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「殿下、大変でございます」
「煩い。
余はシャーロットと休んでおるのだ。
後にしろ、後に」
「ですが、本当に一大事なのでございます」
「やかましい。
手討ちにされたくなければ、黙っていろ」
「……」
王太子の側近は運がよかった。
王太子がシャーロットとの情事を愉しんだ後でなかったら、しっ責される前に首が飛んでいた。
それくらい王太子の癇性は激しくなっていた。
だがそのため、重大な事件に気が付くのが遅れてしまった。
丸一日以上、王太子とシャーロットは寝室から出てこなかった。
斬られることを恐れた王太子の側近は、重大な事件ではあったが、寝室に押し入ってまで報告する事はしなかった。
目の下に隈を作った王太子が一人寝室を出てきたのは、翌日の昼をとうに過ぎた時間だった。
「何故すぐに報告しなかった!」
「ですが、殿下が後にしろと仰られたのではありませんか」
「やかましいわ!
死ね!」
「ギャァァァ」
報告に激怒した王太子は、自分が悪いにもかかわらず、恐る恐る報告してきた側近を斬り殺した。
他の多くの側近が、悪い報告を握り潰そうとする中で、殿下の為にと勇気を振り絞って報告した、唯一多少は忠誠心を持った側近だった。
その側近を自らの手で殺した事で、王太子の側近にまともな人間はいなくなった。
王太子が側近を手討ちにするくらい悪い報告。
それは、火竜の砂漠灌漑失敗の報告だった。
今の王太子にとっては、最悪の報告だ。
名声を取り戻す事が不可能になった。
いや、そもそも灌漑に手を付ける事すらできなくなっている。
事もあろうに、オアシスの水位が大幅に低下しているのだ。
オアシス都市にとっては、悪夢以外の何物でもない。
ゴライダ王国建国以来最大の危機だった。
しかも民の間では、王太子殿下とメイヤー公爵閣下の悪行が、水の精霊を怒りを買ったのだと噂されていた。
証拠は隠蔽され、証人は逃げてしまっていたが、ほとんどの民が、カチュア公女襲撃犯の黒幕が、王太子殿下とメイヤー公爵閣下だと思っていた。
役人の前では誰も話さないが、地下用水路に毒を流すと言う凶行が、水の精霊を怒らせたと思っていた。
狂人の蛮行が、自分達の命まで危うくしていると、恨みを持った目で見ていた。
その暗い想いは、ゴライダ王家王国への不信にまでつながっていった。
「直ぐに地下用水路を掘り直せ」
「しかしながら、地下用水路を掘れるのは騎士と聖職者だけでございます」
「やらせればよかろう」
「しかしながら、騎士の数は限られておりますし、聖職者を無理矢理働かせるわけには……」
「喧しいわ!
坊主共は、普段偉そうに説教しているのだ。
こんな時くらい働かさせろ。
騎士は御前達がいるだろうが!」
「しかしながら、我々がここを離れたら、誰が殿下を御守りするのですか」
「ふん。
何処の誰が余を狙うというのだ」
「サライダ公爵が、報復の兵を送るかもしれません」
「ふん。
あの腑抜けにそのような度胸はないわ」
「城代のロディがおります」
「……」
「殿下」
「分かった。
御前らはここにいろ。
その代わり、兵達に騎士の恰好をさせて働かせろ」
「殿下。
それは、幾らなんでも」
「なに!
余の命令に叛くと言うのか!」
「いえ。
御命令のままに」
「煩い。
余はシャーロットと休んでおるのだ。
後にしろ、後に」
「ですが、本当に一大事なのでございます」
「やかましい。
手討ちにされたくなければ、黙っていろ」
「……」
王太子の側近は運がよかった。
王太子がシャーロットとの情事を愉しんだ後でなかったら、しっ責される前に首が飛んでいた。
それくらい王太子の癇性は激しくなっていた。
だがそのため、重大な事件に気が付くのが遅れてしまった。
丸一日以上、王太子とシャーロットは寝室から出てこなかった。
斬られることを恐れた王太子の側近は、重大な事件ではあったが、寝室に押し入ってまで報告する事はしなかった。
目の下に隈を作った王太子が一人寝室を出てきたのは、翌日の昼をとうに過ぎた時間だった。
「何故すぐに報告しなかった!」
「ですが、殿下が後にしろと仰られたのではありませんか」
「やかましいわ!
死ね!」
「ギャァァァ」
報告に激怒した王太子は、自分が悪いにもかかわらず、恐る恐る報告してきた側近を斬り殺した。
他の多くの側近が、悪い報告を握り潰そうとする中で、殿下の為にと勇気を振り絞って報告した、唯一多少は忠誠心を持った側近だった。
その側近を自らの手で殺した事で、王太子の側近にまともな人間はいなくなった。
王太子が側近を手討ちにするくらい悪い報告。
それは、火竜の砂漠灌漑失敗の報告だった。
今の王太子にとっては、最悪の報告だ。
名声を取り戻す事が不可能になった。
いや、そもそも灌漑に手を付ける事すらできなくなっている。
事もあろうに、オアシスの水位が大幅に低下しているのだ。
オアシス都市にとっては、悪夢以外の何物でもない。
ゴライダ王国建国以来最大の危機だった。
しかも民の間では、王太子殿下とメイヤー公爵閣下の悪行が、水の精霊を怒りを買ったのだと噂されていた。
証拠は隠蔽され、証人は逃げてしまっていたが、ほとんどの民が、カチュア公女襲撃犯の黒幕が、王太子殿下とメイヤー公爵閣下だと思っていた。
役人の前では誰も話さないが、地下用水路に毒を流すと言う凶行が、水の精霊を怒らせたと思っていた。
狂人の蛮行が、自分達の命まで危うくしていると、恨みを持った目で見ていた。
その暗い想いは、ゴライダ王家王国への不信にまでつながっていった。
「直ぐに地下用水路を掘り直せ」
「しかしながら、地下用水路を掘れるのは騎士と聖職者だけでございます」
「やらせればよかろう」
「しかしながら、騎士の数は限られておりますし、聖職者を無理矢理働かせるわけには……」
「喧しいわ!
坊主共は、普段偉そうに説教しているのだ。
こんな時くらい働かさせろ。
騎士は御前達がいるだろうが!」
「しかしながら、我々がここを離れたら、誰が殿下を御守りするのですか」
「ふん。
何処の誰が余を狙うというのだ」
「サライダ公爵が、報復の兵を送るかもしれません」
「ふん。
あの腑抜けにそのような度胸はないわ」
「城代のロディがおります」
「……」
「殿下」
「分かった。
御前らはここにいろ。
その代わり、兵達に騎士の恰好をさせて働かせろ」
「殿下。
それは、幾らなんでも」
「なに!
余の命令に叛くと言うのか!」
「いえ。
御命令のままに」
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