仇討浪人と座頭梅一

克全

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第四章

第七十八話:権威回復

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 老中の田沼意次が登城する時間には、もう徳川家基殺しの噂が広まっていた。
 普段から町方の情報を詳しく集めている田沼意次だ。
 盗賊団が意識的に広めた情報を集め損ねるはずがない。
 それだけでなく、大名家や旗本御家人に広まっている事も見逃せなかった。
 ここまで広まってしまった噂を否定するのは難しい。
 少なくとも内々で池原雲伯を殺して口を封じる事はできなくなっていた。

 いや、田沼意次は池原雲伯の事など対して問題にしていなかった。
 一橋治済、松平定信、島津重豪の処分も今では重要度が落ちていた。
 田沼意次が最も問題にしていたのは、将軍である徳川家治の評判だった。
 天下の大黒柱である将軍徳川家治が、息子の仇も討てない臆病者で、将軍の器ではないという噂は、絶対に否定しなければいけない事だった。
 他の全てを犠牲にしてでも否定しなければいけない事だった。

 だが、それでも、次期将軍問題だけは避けて通れない。
 徳川家治の評判をよくしなければいけないのだが、同時に継承問題も極めて高度な政治判断が求められる、疎かにはできない重大な問題だった。
 田沼意次は一晩中考えに考えたが、結論を出せないでいた。
 もう少し話し合おうと思っていた矢先に、読売りが事件を暴露したのだ。
 諸大名や大身旗本が、次期将軍の座に介入して利や権力を手に入れようとするのは明らかで、内々にゆっくりと検討する時間が無くなってしまっていた。

 田沼意次が徳川家治に謁見した時には、既に大道寺長十郎が登城していた。
 登城していただけでなく、徳川家治の側近くに控えていた。
 大道寺長十郎が既に町方の評判を徳川家治に知らせているのは、家治の憂いを含んだ表情で明らかだった。
 田沼意次は激しく胸が痛んだ。
 徳川家基を亡くした直後の徳川家治の哀しみと憤りを側近くで見ていたからこそ、今回の件では同じように胸を痛めていたのだ。

「上様、昨日話し合った件でございますが、屋敷に戻り今一度色々と考えました。
 それでも何が一番いいのか決めきれずにおりました。
 しかしながら、町方でこの度の件が広まってしまいました。
 このままでは上様の威信が地に落ちてしまいます。
 それだけは絶対に許されない事でございます。
 ここは疑わしい者全員に厳罰を与えなければいけないと思われます。
 ですがそれでは次期将軍の座を巡って争うが起こるのは必定です。
 それを防ぐために、上様の御聖断を仰ぎたいと思います」

 田沼意次は今こそ徳川家治の指導力を見せる時だと判断した。
 上様の将軍としての資質を町方に疑われるなど絶対あってはいけない。
 もはや一橋家と田安家の血統は厳罰に処す以外の道が無くなってしまった。
 厳罰に処すことで徳川家治の権威を高める。
 更に紀州徳川家、尾州徳川家、会津松平家の誰を次期後継者にするのかを徳川家治が聖断する事で、上様の権威を高めるべきだと考えたのだ。
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