仇討浪人と座頭梅一

克全

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第四章

第七十七話:追い込み

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 明六つ早々に読売りが衝撃的な内容の瓦版を売っていた。
 その内容は、御典医の池原雲伯の屋敷を襲ったのは薩摩藩だと言うのだ。
 しかも襲った理由が、徳川家基暗殺の口封じだという。
 息子を次期将軍にするために、一橋治済が松平定信と島津重豪を味方に引き込み、池原雲伯を脅迫して徳川家基を毒殺させたという、にわかには信じられない内容だ。

 だが噂好きで、特に御上の悪口陰口が大好きなが江戸っ子だ。
 真偽不明の内容であろうと瞬く間に江戸御府内に広まる。
 それにまったくの嘘偽りという訳ではない。
 現に将軍を継ぐはずだった徳川家基が死んでいる。
 その点が不審だったからこそ、田沼意次が殺したという噂が広まったのだ。
 そして先日池原雲伯の屋敷が襲われている。

「よう、聞いたかい、徳川家基殺しの話し」

「ああ、聞いた聞いた。
 一橋治済が松平定信と島津重豪を使ってやらせたんだって。
 しかし、あれは田沼意次がやらせたんじゃなかったのか」

「いや、自分たちがやっておいて、御老中に罪を擦り付けて、自分が公方様の後ろ盾になって好き勝手するための悪事だったらしいぞ」

「なんて不貞奴らだ。
 そんな悪党をよく公方様も野放しにしているな」

「そりゃあ、相手は天下に武名隠れもない薩摩藩だぜ。
 戦になるとなりゃ天下を巻き込んだ大戦になる。
 公方様もそう簡単には決断できまいよ」

「なんでぃ、そりゃあ。
 そりゃいくらなんでも意気地なさ過ぎるぜ。
 自分の子供を殺されて、下手人を成敗できないようで、よく武家の棟梁を名乗れるな、根性がなさ過ぎるぜ」

「おい、おい、そんな事を口にすると、町奉行所にしょっ引かれるぜ」

「へん、子供の仇も討てない公方様の配下なんぞ怖くもなんともねえぜ。
 しょっぴくてぇいうんなら、いつでもしょっ引いてみやがれってんだい」

 江戸中で同じような内容が大っぴらに話されていた。
 全ては梅一の養父と養祖父が考えた事だった。
 仲間を殺した者たちを徹底的に追い込むための方法だった。
 直接の犯人には報復したが、関係者全員を、特に黒幕の一橋治済にも報復したい。
 だが島津重豪を殺したので、一橋家と白河松平家の警備は厳重になっている。
 そこに忍び込んで二人を殺すのは事実上不可能だった。
 だから幕府の手で殺させる作戦に出たのだ。

 その作戦は見事に当たった。
 成功するかはこれからの状況しだいだが、少なくとも一橋治済と松平定信と島津重豪が徳川家基を殺したという噂は、真実味を持って御府内の隅々に広まった。
 配下が集めてきた話からは、大名旗本の家臣が瓦版を買っているそうだ。
 当主に報告して家の方針を考えるためだと思われた。
 幕閣の判断には、大名旗本の反応だけでなく町方の評判も影響を与える。
 そう考えて読売りを使って大量の瓦版を作らせたのが成功していた。
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