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決戦の夜
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黒い聖地の空は、星を呑み込んでいた。祭壇を中心に、闇が円を描き、雷鳴のように地鳴りが轟く。中央に立つのは、もう第三王子レオポルドの体を成していない、人とは言えない違う生きものであった。
半身は黒焔に焼かれ、右目は神体の欠片の影響で、赤黒く染まり、背後には無数の大蟲の影が蠢く。
――旧世界を滅ぼした『星喰い』の姿を、完全に宿している。
「やっと……やっと会えた」
レオポルドの声は、千の口から同時に響いた。
「神よ。俺はお前を殺すために、王族の地位や血を捨てた。王位など、最初からどうでも良かった……」
動機は、幼き頃に神殿の神官に習った歴示録にあった、たった一文だった。
――旧世界は神に滅ぼされた。
神が何故? なにゆえに人を殺め、世界を破壊するのか。それが世界の理ならば、理不尽な理をこの手で壊し、人が神を超える時代を作る。そのために、国や家族を裏切り、愛した女を利用し殺し、娘のリリアを生贄に捧げ、自らも器となって『星喰い』を呼び覚ました。
「人は、神の玩具ではない」
レオポルドは、ゆっくりと手を掲げる。空が裂け、漆黒の闇が降り注ぎ始める。全てを虚無にする闇だ。 エドワードは歯を食いしばる。
「……世界ごと滅ぼす気か! 旧世界のようにしたいのか!」
アリスが一歩前に出る。
「違う。終わらせるんじゃない。混沌に戻そうとしているの。神と一つであった時に!」
彼女は左手を切り、血を滴らせる。白い薔薇の刻印が、眩い光を放つ。 エドワードも左手を切り、血を重ねる。黒い薔薇の紋章が、深淵の炎を纏う。 二人の血が祭壇に落ち、混ざり合う。
――太極図が、今度こそ完全に顕現する。黒と白が絡み合い、螺旋の光が世界を包む。
アリスが手刀で空を切り、古語の一節を詠唱する。
"宇宙の根本原理
万物の根源は全てを内包する
陰は陽を孕み、陽は陰を抱く
一は二を生み、二は一に帰る
神も人も、等しく塵"
黒と白螺旋の光が『星喰い』の胸を貫く。レオポルドが、最後に人間の声で叫んだ。
「……俺は、いったい……何に囚われて……」
刹那、我に返ったようなレオポルドが呟いた。
「悪の中にも善が、善の中にも悪が…お互いに緩やかな波をなし、絡み合って世界を作っているの。殿下の中にも神が宿っている。それが最後の最後に目覚めたの……」
神体の千の目が、一斉に涙を流し始める。黒焔が鎮まり、影の腕が崩れ落ちる。巨大な躯体が、光の粒子となって霧散していく。最後に残ったのは、一人の男性の姿。レオポルドは、静かに膝から崩れていった。
「……ありがとう……『俺』を、見つけてくれて」
彼の身体は、灰となって風に散った。
夜が明けた。 禁足地の森に、初めて朝陽が降り注ぐ。
祭壇の跡に、青い薔薇が咲いていた。黒でも白でもない。空の色、水の色、数多の生命を宿すこの世界の色だ。エドワードとアリスは、肩を並べてそれを見上げる。
「……終わった」
「ええ。本当に、終わりました」
レオポルド殿下は内在する魔力が強かった為に、黒き力を呼び寄せ、囚われて身を滅ぼしてしまったのだろう。
次があるなら、今度こそご自身の人生を生きて欲しいと願う。
そして、血の伝承は復讐ではなく、次の時代へ受け継がれた。 王都では、同日に二つの発表があった。
『捜索の結果、毒事件の真の首謀者であった「聖女」リリア・フォレスト、逃亡先で事故死』
『第三王子レオポルド殿下、留学先で病没』
誰も、真実を知ることはない。ただ、アルデンハイト公爵領の庭にだけ、今までに咲いたことのない真紅の薔薇が咲いた。
――黒薔薇の悪鬼は、王国を救った。
半身は黒焔に焼かれ、右目は神体の欠片の影響で、赤黒く染まり、背後には無数の大蟲の影が蠢く。
――旧世界を滅ぼした『星喰い』の姿を、完全に宿している。
「やっと……やっと会えた」
レオポルドの声は、千の口から同時に響いた。
「神よ。俺はお前を殺すために、王族の地位や血を捨てた。王位など、最初からどうでも良かった……」
動機は、幼き頃に神殿の神官に習った歴示録にあった、たった一文だった。
――旧世界は神に滅ぼされた。
神が何故? なにゆえに人を殺め、世界を破壊するのか。それが世界の理ならば、理不尽な理をこの手で壊し、人が神を超える時代を作る。そのために、国や家族を裏切り、愛した女を利用し殺し、娘のリリアを生贄に捧げ、自らも器となって『星喰い』を呼び覚ました。
「人は、神の玩具ではない」
レオポルドは、ゆっくりと手を掲げる。空が裂け、漆黒の闇が降り注ぎ始める。全てを虚無にする闇だ。 エドワードは歯を食いしばる。
「……世界ごと滅ぼす気か! 旧世界のようにしたいのか!」
アリスが一歩前に出る。
「違う。終わらせるんじゃない。混沌に戻そうとしているの。神と一つであった時に!」
彼女は左手を切り、血を滴らせる。白い薔薇の刻印が、眩い光を放つ。 エドワードも左手を切り、血を重ねる。黒い薔薇の紋章が、深淵の炎を纏う。 二人の血が祭壇に落ち、混ざり合う。
――太極図が、今度こそ完全に顕現する。黒と白が絡み合い、螺旋の光が世界を包む。
アリスが手刀で空を切り、古語の一節を詠唱する。
"宇宙の根本原理
万物の根源は全てを内包する
陰は陽を孕み、陽は陰を抱く
一は二を生み、二は一に帰る
神も人も、等しく塵"
黒と白螺旋の光が『星喰い』の胸を貫く。レオポルドが、最後に人間の声で叫んだ。
「……俺は、いったい……何に囚われて……」
刹那、我に返ったようなレオポルドが呟いた。
「悪の中にも善が、善の中にも悪が…お互いに緩やかな波をなし、絡み合って世界を作っているの。殿下の中にも神が宿っている。それが最後の最後に目覚めたの……」
神体の千の目が、一斉に涙を流し始める。黒焔が鎮まり、影の腕が崩れ落ちる。巨大な躯体が、光の粒子となって霧散していく。最後に残ったのは、一人の男性の姿。レオポルドは、静かに膝から崩れていった。
「……ありがとう……『俺』を、見つけてくれて」
彼の身体は、灰となって風に散った。
夜が明けた。 禁足地の森に、初めて朝陽が降り注ぐ。
祭壇の跡に、青い薔薇が咲いていた。黒でも白でもない。空の色、水の色、数多の生命を宿すこの世界の色だ。エドワードとアリスは、肩を並べてそれを見上げる。
「……終わった」
「ええ。本当に、終わりました」
レオポルド殿下は内在する魔力が強かった為に、黒き力を呼び寄せ、囚われて身を滅ぼしてしまったのだろう。
次があるなら、今度こそご自身の人生を生きて欲しいと願う。
そして、血の伝承は復讐ではなく、次の時代へ受け継がれた。 王都では、同日に二つの発表があった。
『捜索の結果、毒事件の真の首謀者であった「聖女」リリア・フォレスト、逃亡先で事故死』
『第三王子レオポルド殿下、留学先で病没』
誰も、真実を知ることはない。ただ、アルデンハイト公爵領の庭にだけ、今までに咲いたことのない真紅の薔薇が咲いた。
――黒薔薇の悪鬼は、王国を救った。
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