黒薔薇の棘、折れる時

こだま。

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終章

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 青い薔薇が祭壇に咲いた時、世界は静寂に包まれた。星喰いの残骸は光の粒子となり、朝陽に溶けて元ある世界に戻っていく。レオポルドの最後の灰も、風に乗って遠くへ消えた。 エドワードは膝をつき、息を吐いた。

「……人は善でもない、それ故に均衡を崩し、旧世界は滅んだ。神のせいではないんだ……我々の……」

 それを聞いていたアリスは、微笑んだまま、ゆっくりと倒れた。

 「アリス!?」

 エドワードが抱きとめる。

 彼女の――白い薔薇の刻印が、焦げた色から灰色に変わり、ぽろぽろと崩れ始めている。

「……ちょっと、使いすぎてしまったみたいです」

アリスは、いたずらっぽく笑う。

「白い聖地の血は刻印を最大限に使うとき、塵になるって……血は霊(ち)なの。命だから……」

 エドワードの腕の中で、彼女の身体が淡く光り始める。

「やめろ……頼むから、やめろ!」

「エドワード様」

 アリスは、震える手で彼の頬に触れた。

「私の借金も、両親の話も、大旦那様の作った嘘なの……ごめんなさい。でも、最後までエドワード様の召使いでいたかった……」

 涙が、エドワードの頬を伝う。彼は初めて、声を上げて泣いた。 

「俺が……悪役でよかったって、思ったのは……お前がいてくれたからだ」

 アリスは、最後に優しく微笑んだ。

「もう、悪役じゃないですよ。正解を手に入れました。エドワード様。真紅の薔薇は、私達が咲かせた命です。これからは……あなたが、守っていってね」

 光が、彼女を包む。白い髪が風に舞い、緑の瞳が朝陽に溶ける。そして、完全に消えた。
残ったのは、小さな紅い花びら一枚だけ。まるで、アリスの血色のような。
 エドワードはそれを胸に抱き、よろりと立ち上がり歩き始めた。 今一度振り返るが、そこには最初から何も無かったかのように、静かに風がそよいでいた。

 王都に戻った彼は、もう『黒薔薇の悪鬼』とは呼ばれる事はなくなった。人々はエドワードの変化に気づいて囁く。

「あの公爵令息は、綺麗な紅い薔薇の花びらのペンダントをいつも胸に下げているな」

「偽聖女の毒事件で、自分の事を責め続けているそうだ。寧ろ、被害者で何も悪いことはしていないのにな」  

 誰も知らない。本当の聖女が存在していたことを。紅い花びらが、世界を救った少女の、最後の贈り物だということを。  

 召使いの少女は、消えた。
 永遠に枯れない真紅の薔薇は、ずっと、彼の胸で咲き続けている。 




おわり
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