黒薔薇の棘、折れる時

こだま。

文字の大きさ
7 / 7

終章

しおりを挟む
 青い薔薇が祭壇に咲いた時、世界は静寂に包まれた。星喰いの残骸は光の粒子となり、朝陽に溶けて元ある世界に戻っていく。レオポルドの最後の灰も、風に乗って遠くへ消えた。 エドワードは膝をつき、息を吐いた。

「……人は善でもない、それ故に均衡を崩し、旧世界は滅んだ。神のせいではないんだ……我々の……」

 それを聞いていたアリスは、微笑んだまま、ゆっくりと倒れた。

 「アリス!?」

 エドワードが抱きとめる。

 彼女の――白い薔薇の刻印が、焦げた色から灰色に変わり、ぽろぽろと崩れ始めている。

「……ちょっと、使いすぎてしまったみたいです」

アリスは、いたずらっぽく笑う。

「白い聖地の血は刻印を最大限に使うとき、塵になるって……血は霊(ち)なの。命だから……」

 エドワードの腕の中で、彼女の身体が淡く光り始める。

「やめろ……頼むから、やめろ!」

「エドワード様」

 アリスは、震える手で彼の頬に触れた。

「私の借金も、両親の話も、大旦那様の作った嘘なの……ごめんなさい。でも、最後までエドワード様の召使いでいたかった……」

 涙が、エドワードの頬を伝う。彼は初めて、声を上げて泣いた。 

「俺が……悪役でよかったって、思ったのは……お前がいてくれたからだ」

 アリスは、最後に優しく微笑んだ。

「もう、悪役じゃないですよ。正解を手に入れました。エドワード様。真紅の薔薇は、私達が咲かせた命です。これからは……あなたが、守っていってね」

 光が、彼女を包む。白い髪が風に舞い、緑の瞳が朝陽に溶ける。そして、完全に消えた。
残ったのは、小さな紅い花びら一枚だけ。まるで、アリスの血色のような。
 エドワードはそれを胸に抱き、よろりと立ち上がり歩き始めた。 今一度振り返るが、そこには最初から何も無かったかのように、静かに風がそよいでいた。

 王都に戻った彼は、もう『黒薔薇の悪鬼』とは呼ばれる事はなくなった。人々はエドワードの変化に気づいて囁く。

「あの公爵令息は、綺麗な紅い薔薇の花びらのペンダントをいつも胸に下げているな」

「偽聖女の毒事件で、自分の事を責め続けているそうだ。寧ろ、被害者で何も悪いことはしていないのにな」  

 誰も知らない。本当の聖女が存在していたことを。紅い花びらが、世界を救った少女の、最後の贈り物だということを。  

 召使いの少女は、消えた。
 永遠に枯れない真紅の薔薇は、ずっと、彼の胸で咲き続けている。 




おわり
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

身分違いの恋

青の雀
恋愛
美しい月夜の晩に生まれた第1王女ベルーナは、国王と正妃の間に生まれた初めての娘。 権力闘争に巻き込まれ、誘拐されてしまう。 王子だったら、殺されていたところだが、女の子なので、攫ったはいいものの、処理に困って、置き去りにされる。 たまたま通りすがりの冒険者家族に拾われ、そのまま王国から出る。 長じて、ベルーナの容姿は、すっかり美貌と品位に包まれ、一目惚れ冒険者が続出するほどに 養父は功績を讃えられ、男爵の地位になる。 叙勲パーティが王宮で開かれ、ベルーナに王子は一目ぼれするが、周囲は身分違いで猛反対される。

あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。 ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。 「君は分かってくれると思っていた」 その一言で、リーシェは気づいてしまう。 私は、最初から選ばれていなかったのだと。 これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。 後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、 そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。

結婚前日に友人と入れ替わってしまった・・・!

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
伯爵令嬢キャンディスは、愛する婚約者パトリックとの挙式を明日に控えた朝、目覚めると同級生のキムに入れ替わっていた。屋敷に戻っても門すら入れてもらえず、なすすべなく結婚式を迎えてしまう。このままではパトリックも自分の人生も奪われてしまう! そこでキャンディスは藁にも縋る思いである場所へ向かう。 「残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました」に出てくる魔法使いゼインのシリーズですが、この話だけでも読めます。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

処理中です...