拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ

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番外編:花の女神と祝福の庭

8.一触即発

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 式は盛り上がっている。あちらこちらで会話に花が咲いて、私達のところにもひっきりなしに招待客がやって来る。

 その合間を縫って、クリスはぼそりと言った。形のいい額に、はらりと一房だけ銀髪が落ちる。

「あいつらは……学校の同級生で」
「うん」
「おれはあんまり、呼びたくはなかったんだけど」

 そうもいかないというのは、色々教えてもらったからよく分かる。例えば、あのグレッグ君は、ラザフォード家と同じ侯爵家のはずだ。クリスの好き嫌いに関わらず、家格を無視して招待客を選ぶことはできない。

 けれど一番気になっていることは、それじゃない。

 どうして、クリスは“キット”と呼ばれていたのだろう。それは私と彼しか知らない文通名のはずなのに。

 それを聞こうと思ったのに、もう一度、三人の青年達がやって来る。
 さしずめグレッグ君とその取り巻き、といったところだろうか。

「にしても、一番チビのお前が、一番早く結婚するなんてな」

 グレッグ君は、顎を上げてクリスを見下ろした。分かりやすく挑発されている、というのは私でも分かる。

「おれはもうチビじゃないけど」

 対するクリスは椅子から立ち上がって、切れ長の目でグレッグ君を見つめる。

「何、なんか文句でもあるの?」

 その顔は、座っている私からはどんな表情を浮かべているのかは見えない。代わりにグレッグ君の目が私に向けられた。

 黒い目が眇められて、一瞬歪んだようになる。
「いや、よっぽど見る目のない女なのかなって、思ってさ」

 私は、ぽかん、としてしまった。
 なるほど、そう、きましたか。

「訂正して」

 呆気に取られる私の隣で、どん、と大きく机を叩く音がした。

「おれのことはなんて言ってもいいけど、キャロを悪く言うのは許さない」

 そう、クリスは割と喧嘩っ早いのである。見た目の涼やかさとは、裏腹に。

「え、えっと、私は別にいいから」
 慌てて私が立ち上がっても、クリスはチラリとこちらを見遣るだけだ。

「あんたがよくても、おれがやなんだよ」

 クリスはジャケットを脱いで椅子に掛ける。そのまま袖口のカフスボタンを外して机に置いた。腕まくりをし、そのままずんずんと歩いて、グレッグ君のすぐ近くに立った。

「大した根性じゃねえか。キットは昔から殴られるのが好きだからな」
 グレッグ君も上着を脱いだかと思うと、無造作にそれを傍らの一人に渡す。

「ねえ、それいつの話してる?」

 二人の有り様は一触即発といって差し支えないと思う。

 どうしよう。こういう時、どうしたらいいのだろう。さっきうまく収めてくれた眼鏡の彼――ユーイン君の姿は見当たらない。

「あとで泣き言言うなよ」
「そっちこそ」

 せっかくの婚約式で喧嘩はよくないと思う。止めないといけないと、分かっているのに。
 けれど、不覚にも私の前に立つその背中の広さに一瞬、ときめいてしまった。

 そうしてクリスが今にも殴りかかると思ったところで、

「やあ、キャロル。今日は一段と美しいね」

 中低音バリトンの声が朗々と響いた。それだけでこの人がいるところがまるで演劇の舞台か何かのようになる。
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