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しおりを挟む「宰相閣下、本当にリリアで構わないのですか?」
宰相執務室を訪れた近衛騎士団長が、執務中の宰相閣下に尋ねた。すると羽ペンを動かしたままで、静かに視線だけを宰相閣下が持ち上げた。それからすぐに、書類に視線を戻した。
「クリソコーラ侯爵家の人間だと承知している」
「……」
「話はそれだけか?」
「――ええ。お時間を取って頂き、恐縮です。明日は、当家にて、ご子息にお話を伺ってから、縁談を進めようと思っております」
近衛騎士団長はそう答えると、踵を返した。
「近衛騎士団長」
すると宰相閣下が呼び止めた。
「私はグレイルには、何も伝えていない。もし今後、グレイルがクリソコーラ侯爵家が王家の護衛である事を知り、グレイルの気が変わる事があっても、私は関知しない。初恋とは実らないものだとはよく言う。所詮は、子供の恋愛だ、大事にはせぬように」
「……承知しました」
「だが」
宰相閣下がそう続けたので、近衛騎士団長が振り返った。
「我がエルディアス侯爵家は、代々伝わる火の魔力を体現するかのように、情熱的な恋をする者が多い。その炎は、クリソコーラ侯爵家が得意とする氷の魔術よりも強力だ。私も、若い頃、妻と出会った時はひと目で恋に落ちて、その後見合いにこぎつけるまでは非常に苦労した」
「……王妹殿下はお元気ですか?」
「ああ。私の妻は、非常に元気だ」
楽し気な宰相閣下の声を聴いてから、近衛騎士団長が嘆息した。
「宰相閣下。リリアを宜しくお願いいたします」
「それはグレイルに頼んでくれ。私は執務に忙しい。妻は兎も角、自立した息子とその奥方の事になど、関与する予定は皆無だ。鬱陶しい舅など、嫁が嫌う最たるものなのではないか?」
「王妹殿下がそう仰られていたのですか?」
「正解だ。彼女は、私の父と頻繁に口論していた」
「……元宰相閣下と口論ですか……その際、宰相閣下はどのように対処なさったのですか?」
「全面的に妻の味方をしたに決まっているだろう。グレイルも恐らくはリリア嬢を守るに違いない。これは、妻の教育の賜物だ」
「期待はしないでおきます。期待しなければ、悲劇は訪れませんから」
「後ろ向きだな。貴殿は、この婚約話に否定的なのか?」
「私ならば、主人の脇にいる事よりも王族を守る事を選ぶ妻など、心配以外出来ませんので。心臓が持ちません」
「そちらも夫婦円満のようだな」
そんなやりとりをした後、近衛騎士団長は一礼して、宰相執務室を後にした。
金曜日の夜の記憶である。
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