ミリしらな乙女ゲームに転生しました。

猫宮乾

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【十一】週末

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 こうして土曜日の朝が訪れた。私は緊張しすぎて早起きしてしまった。侍女達に手伝ってもらいながら身支度をするの等、何年ぶりだろう。基本的に普段は多くの事を自分でしているのだが、外出用のきちんとしたドレスを纏ったり、髪を整えて化粧をするには、一人では時間が圧倒的に足りなさ過ぎた。

 本日は、朝十時にグレイルが馬車で迎えに来てくれる事になっている。その後、二人で植物園に行き、食事をしてから、お茶の時間帯に叔父様の暮らす伯爵家――即ち私の母方の祖父の家に行く。祖父は引退していて、現在は伯爵領地の城を管理しているので、伯爵位を保持する叔父様に対応してもらう事になる。

 私は本日の予定を何度も脳裏で確認した。そうしていると、時間が経つのは遅いのに、刻一刻と時計の針は動き――午前十時の十分前に、侍女長が私の待機していた応接間へとやってきた。

「お嬢様、グレイル卿がお越しになりました」
「そ、そうですか……すぐに、参ります」

 震えながら私は立ち上がった。
 そのまま家令と執事、侍女長のあとについて、玄関へと向かう。するとマルスが玄関にいた。マルスは笑顔で私を見た。

「いってらっしゃい、姉上」
「いってきます……」

 ド緊張していたのだが、マルスを見ていたら、ちょっとだけ方から力が抜けた。私は一度深呼吸をしてから、周囲が明けてくれた玄関の扉から、外へと出た。すると正面にグレイルが立っていた。

「リリア嬢――……いつも以上に魅力的だ」
「……そ、その」
「お手を」

 さらりとエスコートされ、私は赤面しかかったが、それは堪えて、グレイルの手をとった。そうして馬車へと一緒に乗り込んだ。馬車の扉を御者が閉めてから、グレイルが喉で笑った。

「もしかして緊張しているのか?」
「……ええ」
「良かった、俺もなんだ。滅多に緊張する事は無いのだが、リリア嬢の前に立つと、平静を保つことに必死になってしまう」

 グレイルは余裕たっぷりに見えるのに、そんな事を言った。本当なのか疑問に思って視線を向けると、グレイルが微笑した。

「時間があるから、まずは植物園へ。予定通りに」

 そう言ってから、走り出した馬車の中で、グレイルが細く長く吐息した。

「リリア嬢が花を好きだと知ってから、ずっと連れていきたいと思っていたんだ」
「ご存知だったのですか?」
「ああ。あなたの弟君に直接教わった」
「――え?」
「第三王子殿下のご学友として、以前生誕祭の茶会に来ていたところで、俺から話しかけたんだ。マルス卿は、姉思いだな」
「ええ。マルスは自慢の弟です」
「俺もあなたに自慢としてもらえるような婚約者となる」
「……」
「だから、俺と婚約してほしい――……上手くいかないな。食事の席でプロポーズする予定だったのだが」
「え、あ……」
「思い余って口に出してしまった……」
「……」
「嫌か?」
「……嬉しいです」

 必死で私が答えると、グレイルが赤面した。それを見ていたら、今度こそ私も赤面した。再び私達は真っ赤なままで沈黙するという状態に陥った。その間も馬車は進み、気づくと植物園に到着していた。

 グレイルにエスコートされて馬車から降りた私は、冷静になるべく吐息してから前を見た。植物園には、貸し切りの看板が出ている。貸し切る事は、事前に聞いていた。

 私達を見ると、植物園の支配人が出てきて、恭しくお辞儀をしてから、中へと促した。説明や案内は不要だとグレイルが伝えていたそうで、その後は二人っきりで植物園を回る事になった。最初は緊張が強かったが、見ている内に楽しくなってきて、私は花に集中した。熱心に薄紅色の薔薇を見ていると、グレイルが言った。

「この薔薇が特に好きだと、マルス卿に聞いて、特別に展示してもらったんだ」
「そうだったのですか……」
「俺はあなたの好きな物をもっと知りたい。教えてくれないか?」

 そんなやりとりをしつつ、私達は植物園を回った。いちいち照れてしまうのを、私はどうにかしたくなった。私にはグレイルに対する免疫がない。

「そろそろ食事に行くとするか」

 一通り見て回ってから、グレイルが時計を一瞥し、そう述べた。頷いた私は、あっという間に時間が流れた事に安堵していた。グレイルと一緒にいるのは、緊張はするが、決して苦痛ではないし、どちらかと言えば楽しい。これまでの人生で、こういった経験はほとんどないから、私は思わず嬉しくなってしまった。

 その後植物園の人々に見送られ、私達は再度馬車へと乗り込んだ。
 そしてグレイルがおススメだという魚料理のお店に向かった。こちらも貸し切りだ。

「朝の話を絶対に撤回しないで欲しいが、改めて言わせてほしい。俺と婚約してくれないか?」
「……はい」

 料理が運ばれてくるのを待つ間、私達は向かい合って、改めて話した。私がしっかりと頷くと、グレイルが目を細めて笑い、非常に嬉しそうな顔になった。

「式はいつが良い?」
「……セレフィ様がご結婚なさってからが良いです」

 職務上の問題だが、それは確実だ。私が静かに答えると、グレイルが不思議そうな顔をした。

「それは待てない。あるいは、急いで俺が、セレフィ様に縁談を持っていく」
「……」
「俺が大学を卒業し、宰相補佐の仕事に専念できる状況になり、家を整えた段階で検討していた。つまり、リリア嬢が二十四歳の年だ」

 理知的な声でグレイルが言った。二十四……? それを聞いた瞬間、私はミリしらのゲームの事を思い出した。記憶が戻った直後の予測の限り、その年には、ヒロインが現れていて、グレイルは攻略対象の一人となっているのではなかっただろうか。帰宅してからメモを確認しなければならないが、確かそうだったと思う。とすると……場合によっては、私は婚約破棄されてしまうのだろうか? なんだか悲しくなってきた。どうやら思ったよりも私は、グレイルが好きらしい。

「それに向けて、準備をしていきたい」
「……それまでに、グレイル卿のお気持ちに変化が無ければ、その方向で」
「俺の気持ちは固まっている。では、そのように。あとは、近衛騎士団長に認めてもらう必要があるな。本人同士の意向なのだから、家格的にも問題は無いと考えられるし、異を唱えられるとは思わないが」
「叔父様は許可して下さると思います」
「そうか、リリア嬢にそう言ってもらえると心強いな」

 そこへ料理が運ばれてきた。私達は、ノンアルコールのシャンパンを注いでもらってから、それぞれグラスを傾けた。その内に音楽の演奏が始まった。音色に耳を傾けつつ味わった魚料理は、本当に美味だった。


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