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【十二】婚約に際して
しおりを挟む食後、私達は再び馬車に乗り込み、叔父様の家へと向かった。
御者が開けてくれた扉から先に降りたグレイルが、私が下りるのを手伝ってくれた。手が触れるだけだというのに、私はビクビクしてしまった。自分とは異なる温度には、まだ慣れない。慣れる日は来るのだろうか……。
そんな事を考えてから、出迎えてくれた家令と執事に先導されて、私達は叔父様が待つ応接間まで向かった。母方の祖父の家でもあるこのアセルファ伯爵家に来るのも、久しぶりだ。休日は護衛の仕事が無ければ、侯爵家で鍛錬をしている事が多かったため、小さい頃から、ほとんど顔を出した覚えがない。
「ようこそ。歓迎します、グレイル卿、リリア」
応接間に入ると長椅子に座っていた叔父様が立ち上がって、微笑した。
「お時間を取って頂き恐縮です、アセルファ近衛騎士団長」
「なに、可愛い姪の話だ。いくらでも時間を割こう。どうぞお座りください、グレイル卿。リリアも気を楽にするように」
叔父様の言葉に対し、グレイルが微笑した。
「失礼します」
「……失礼いたします」
私も慌ててそう述べ、それから二人で一緒に、叔父様の正面の長椅子に座った。間にはテーブルがあり、ティースタンドが用意されている。そこに家令が訪れて、紅茶を注いでいった。使用人達は、多分事前に言われていたのか、私達三人を残すと出ていった。
「近衛騎士団長。率直にお願いがあります」
「なんだね?」
「リリア嬢との結婚を望んでおります。婚約の許可を頂けませんか?」
「――おや、確か夜会への同伴の件という話ではなかったかね?」
叔父様が質問に質問で返した。いつも私に、『なるべく返事をしてから、別の質問をすると良い』と叔父様は言うので、私はわざとだなとすぐに気が付いた。そもそも前回顔を合わせた金曜日の夜に、叔父様の側が、『許婚』と話していたのだし。
「では、一つ一つご説明いたします」
「ああ、お願いしよう」
「俺は、リリア嬢に惹かれております。そこで、お誘いさせて頂きました。と、同時に気持ちを伝え、応えて頂きました。リリア嬢は、俺を許婚とする事を、許可して下さいました。あとは、ご家族である近衛騎士団長の同意があれば、婚約同意書の作成が可能です。ここに、持参してあります」
流れるような声音で、微笑しながらグレイルが述べた。そして、小さな鞄から一通の封筒を取り出した。婚約同意書とは、この王国で、貴族同士が許婚関係になる時に王宮に提出する書類だ。その知識は私にもあったが、用意しているとは知らなかった。
「リリアは承諾したのかね?」
「俺はそう考えております」
「なるほど。では、リリア。君の意見を聞かせてもらえるかね?」
「――『私、リリア・クリソコーラが二十三歳九か月になった日まで、グレイル卿のお気持ちが変わらず、その上で私が【クリソコーラ侯爵家機密】をお伝えしても良いと決意できた場合や、それをグレイル卿が認識した上で結婚意思が揺らがない場合』……に、限って結婚しても良いと考えております」
私がそう述べると、グレイルが僅かに驚いたように息を飲み、叔父様は両目に宿る眼光を鋭くした。
クリソコーラ侯爵家機密、というのは、『クリソコーラ侯爵家が王家の盾である』という内容の機密事項だ。この【○○侯爵家機密】は、各侯爵家に存在している。侯爵に陞爵される際に、国王陛下との間に取り決められる約束事のまとめである。代々、国王陛下と宰相閣下、そしてごく一部の者しか、その機密内容は知らない事になっている。
やはり、私は隠し事をした状態で、結婚するのは誠実ではないと思う。結婚後も仕事を続けるか否かはまだ分からないが、私の職務は、危険が付きまとう。それを秘密にしては、結婚できない。
本来、この機密は、結婚しても配偶者に伝える必要は無いという王国法が存在している事も私は知っている。だが、私だったら嫌だ。ある日突然、結婚相手が不審死したら泣く。私はいたって健康体なので、セレフィ様を庇うか影武者となって負傷する可能性が死因としては一番高い。そんな時、機密を知らない場合は、『突然の心臓発作です』といった体裁で、死因を伝えられる。だが、私だったら、正確な死因を知りたい。夫婦だってお互いに秘密があっても良いかもしれないが、私はなるべく誠実でいたい。
「リリア、それを聞いて私は安心したよ。君が隠し事をし、黙秘したまま婚姻するのかと、がっかりしかかっていたものだからね。かといって口が軽い身内には、嫌悪感しか抱かないという現実もあるから、難しい所だったのだが――リリアの判断を、叔父として適切だと考えている。亡くなった、義兄(あに)……前クリソコーラ侯爵であったリリアのお父上もまた、類似の条件で、私の姉にプロポーズをしたんだったな。懐かしい話だが」
それは初耳だった。だから私は目を丸くして、微苦笑した叔父様を眺めていた。
すると隣で、グレイルが咳払いをした。反射的にそちらを見ると、注意を集めたグレイルがじっと私の目を見た。
「俺の気持ちが変わる事は無い」
「若いな、グレイル卿。人間の心とは、非常に移ろいやすいものだと記憶しているがね?」
「――直感です」
「直感? 理知的で冷静だという前評判を聞いていたのだが」
「その噂は、『恋愛面以外では』と付け加えられる事が多いのが、俺の出自であるエルディアス侯爵家の人間です。そちらはご存じありませんでしたか?」
「さぁて。それは興味深いな。グレイル卿、詳しく聞かせて頂けますかな?」
「父も祖父も曾祖父も――皆、俺の血族は、『愛した相手が幸せに暮らせる国を作る』ために、宰相位を志してきた一族です。そして必ずその椅子につき、適宜、愛する妻に幸せを返してきたからこそ、今の俺まで血が続いております。俺もまた、リリア嬢が幸せに暮らす事が出来る国を作るためであれば、宰相として頑張る事も出来るかもしれません」
「確かにグレイル卿は、宰相候補と名高いが、それは大きく出たな」
叔父様が楽しそうな表情に変わった。私は、グレイルの言葉がちょっと大げさに思えてしまって、一人焦っていた。私が幸せに暮らす事が出来る国は、既にここに存在している。ただあくまでも、ここは乙女ゲームの世界だと思うから、今後がどうなるかは分からないが……現時点で、私は十分満足している。
「並びに、俺もまた、結婚式の前日までに必ず、【エルディアス侯爵家機密】を、リリア嬢にのみ開示し、隠し事のない結婚とする事を誓います」
それを聞くと、叔父様がカップを取り落とした。私は動揺している叔父様を初めて見た。
「正気かね? それは……さすがに……本来それは、結婚後に、家に入ってから開示する事柄だと考えるがね? 機密とは、その家の人間になってから、初めて話すものだ。特に嫁入りする女性に開示する場合は」
「構いません」
「リリアが他言したらどうするつもりだね?」
「リリア嬢はそのようなことはしません。仮にリリア嬢の口から洩れるとすれば、それは俺の見る目が無かったという事だ」
「……」
叔父様が沈黙した。私は冷や汗をかきつつ、困惑してしまった。
しかしグレイルは、半ば睨むように叔父様を見たまま、視線を外さなかった。
「近衛騎士団長、俺は必ずリリア嬢を幸せにします。リリア嬢の幸せが何かを、これから沢山学ばせて頂いた上で、幸せな結婚をしたいと考えております。どうぞ、お許し下さい」
叔父様はその視線を受け止めると、暫し思案するように沈黙し、何度か私を見た。私は、必死で頷いて意思表示した。ここまで言ってくれるグレイルだ。仮に破談になっても構わない。するとそんな私を確認してから、ほっと息を吐いた後、叔父様が苦笑した。
「いやいや、困ってしまったな。何とも頼もしいが……グレイル卿。リリアを頼みます」
「有難うございます。では、婚約同意書の保護者欄にサインをお願いします。書き損じに供えて、複数枚用意しておりますので、ご安心ください」
「さすがに書類の作成には長けているらしい」
苦笑したままで、叔父様が書類を受け取った。ちなみにこの国では、女性の意思ではなく、男性と保護者意思で婚約は決定されるので、私がサインをする必要は無かった。一発で叔父様もサインを書いてくれた。
受け取ると、グレイルが満面の笑みに変わった。
「有難うございます。必ず、リリア嬢を幸せにします」
このようにして――この日、私とグレイルは許婚という関係になった。婚約者になったグレイルの横顔を見ながら、このままミリしらの乙女ゲームのヒロインには、来ないで欲しいなと思ってしまったのだったりする。来ても良いが、攻略対象をグレイル以外でお願いできないかと、ついつい強く願ってしまった。
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