神に祝福された善良なるおっさん、破壊と創造の魔法で人生やり直します!

厳座励主(ごんざれす)

文字の大きさ
3 / 26

第3話 破壊と創造、そして旅立ち

しおりを挟む
 村の奥の方から、土煙が上がっていた。

「ハァッ……ハアッ……」

 走るたび、胸が痛い。息が荒くなる。
 37歳に全力疾走は辛い。が、止まるわけにもいかない。
 子どもたちの泣き声、家を蹴破るような轟音。
 こんな俺が行ったって何もできないかもしれない。
 けれど、もしほんの少しでも、何か役に立てるなら。

「――いたわ! アレね!」

 村の奥の広場。
 そこにいたのは、熊のような魔物だった。
 周囲には逃げ遅れた村人たちもいる。

「グルル……」

 うなりを上げる魔物。
 体は人の二倍、腕の筋肉は丸太のようで、牙の先から血が滴っている。
 『森熊フォレストベア』――この辺りでは、最も危険な魔物の一種だ。

「リュミナ、下がれ!」

 俺が叫んだ時には、もう遅かった。
 リュミナは地面に落ちていた木の棒をつかみ、震える手で構えていた。

「み、みんなが逃げ遅れてるのよ! 時間を稼がないと……!」
「無茶だ……! 老人や子供を連れて逃げよう!」
「ダメよ! 全員救うの! 私は冒険者になる……冒険者は、人を守るの!」

 声は震えていた。それでも、瞳だけは真っすぐだった。
 足もとがふらついている。当然だ、昨日まで寝込んでいた身体だ。
 俺は息を呑む。
 怖いはずなのに、逃げない。
 あの小さな背中が、やけに大きく見えた。
 だが――。

「――グルアアアアアアッ!」
「きゃ……」

 咆哮と共に、魔物の腕が振り抜かれた。
 リュミナの体が宙に舞い、地面に叩きつけられる。
 ぐしゃ、と嫌な音がした。
 血が地面に広がっていく。

「リュミナッ!」

 走り出していた。何も聞こえない。
 ただ、胸の奥が焼けるように痛い。
 「冒険者になりたい」と目を輝かせていた。 
 こんなおっさんの夢を笑わず、背中を押してくれた。
 そんな彼女を、森熊オマエは――。

「グルァ……!」

 魔物がこちらを向く。牙を鳴らし、唸り声を上げる。
 膝が震える。足がもつれ、転びそうになる。
 だけど止まれない。
 ただ前へ。
 なぜなら、腹の底が煮え立つように熱いから。

 どくん。

 脳の奥で、何かが弾けた。
 胃からマグマが逆流しだしたような感覚。
 沸き立ったを、俺は止められない。
 口が勝手に動いた。
 
「消えろ……! 破壊デストラ!」
「グル――」

 世界が、揺れた。
 黒い稲妻が走り、魔物の体を貫いた。
 皮膚が波打ち、骨が砕け、空気が歪む。
 音も光も一瞬で吸い込まれ、跡形もなく消えた。

 静寂。
 風の音さえ、止まった気がした。

「……っ、あ」

 膝が崩れた。呼吸が荒い。喉の奥が焼けるようだ。
 視界が霞む。体が自分のものでないように重い。
 それでも、這うようにしてリュミナの元へ。

「おい……リュミナ」

 返事がない。

「頼む、起きてくれ。冗談だろ……」

 体をゆする。
 何度も、何度も。
 脈を探す。まだ微かにだが、指先に脈動を感じる。
 けれどその温もりも、どんどん遠ざかっていく。
 
「やめろ。何とか言ってくれ。笑ってただろ、さっきまで……」

 声が震える。
 胸が潰れそうだ。
 後悔が渦巻く。
 なんで俺は彼女の前に立てなかったのだろう。
 やりたいことも何もない、こんな三十路のおっさんが生きて、夢に溢れたリュミナが死ぬなんて。
 逆なら、良かったのに。

「いやだ……頼む、頼むから……!」

 頭の奥で何かが弾けた。今度は白い光だ。
 温かく、優しく、そして眩しい。
 考えるより先に、言葉がこぼれた。

「戻ってこい……創造クリエト

 手の中で光が膨らむ。
 リュミナの体に淡い輝きが走った。
 欠けた腕の一部、抉れた脇腹、裂けた皮膚――それらが、白い粒子となって形を取り戻していく。
 まるで見えない手で、彼女の肉体を創り直しているかのよう。
 血が流れ、筋が繋がり、肌が再生する。
 痛々しいはずの光景なのに、なぜか美しかった。

「生きろ! キミは、まだ死んじゃダメだ!」

 その瞬間、光が弾けた。風が吹き抜け、草がざわめく。
 リュミナの胸が……小さく上下した。
 
「……う、ん」
 
 かすかな声。
 彼女の指が、俺の手を握り返した。
 
「あ、れ……私……死んだのかと」

 リュミナはゆっくりと目を開けた。
 俺は涙が滲んで、彼女の顔すらよく見えない。

「よかった……本当に……」

 力が抜けて、そのまま地面に倒れ込む。
 意識が、闇に沈んでいった。



------



 気づくと、真っ白な空間にいた。
 音もなく、ただ光だけが満ちている。
 その中央に、二人の女が立っていた。
 片方は金の髪、もう片方は漆黒の髪。
 優しそうな人と、勝気そうな人。
 どちらも共通して言えるのは、凄まじく高貴なオーラを放っていることと、とんでもない美人であること。

《オレたちの力、一度に両方を使ったか。無茶をする》

 黒髪の美女が言った。

《ふふ。初めてが『出会ったばかりの少女のため』だなんて、貴方らしい》

 金髪の美女が笑った。
 どちらも聞き覚えのある声。
 昨夜――現実だったのかは怪しいが――教会で俺に祝福を授けてくれた声だ。 
 ということは、この二人は。

「……神、様?」

 二人はゆっくりと頷いた。
 しぐさ一つとっても上品で、美しい。

《いかにも。オレが破壊神ディア》
《私は創造神アウル》
《お前が力を使ったことで、我々との間にわずかな繋がりが生まれた》
《今、それを伝って顕現しているのです》

「そ、そうですか……あの、俺は今、どういう状況なのでしょう」

 問うと、神は優しく笑った。

《案ずるな、死後の世界などではない》
《現実世界での貴方は、意識を失っているのです》
《破壊の力の代償である『肉体へのダメージ』と……》
《創造の力の代償である『精神へのダメージ』が、同時に生じたのでしょう》

 なるほど。
 言われてみれば、森熊を消した直後に身体が尋常じゃなく重くなった。
 それに、リュミナの傷を治した途端に意識が遠のいた。
 あれは力の反動だったのか。

「これくらいで人を救えるなら、安いもんだな」

 ぽつりとつぶやくと、女神たちは「ぷっ」と吹き出した。

《フハハ! やはりお前にして正解だった!》
《ええ。……おや、もう時間のようです。ランド・バーナード。私たち神は、自慢ではありませんが、何千年も何万年も生きているのです》

「は、はあ。何万年も……そりゃあすごい」

《そんなオレたちからすれば、37歳なんて赤子同然だ》
《本当に。これまで人生を他人のために費やしてきたのですから、これからは、貴方自身のために使いなさい。……それでは、また会える日を楽しみにしています》

 光が収束し、世界が遠ざかる。

「かっ、神様! ありがとうございます! お、俺……頑張ります!」

 最後に叫んだ思いは、届いただろうか。
 そしてまた、現実へ。



------



 森熊襲来事件から、一週間が過ぎた。
 全身を襲った激しい痛みと疲労は徐々に消え去り、数日もすればよくなった。
 リュミナも最初こそだるそうにしていたが、今ではすっかり元の調子。
 村人たちも落ち着き、森熊に破壊された家や畑の復興に精を出している。
 そんなある朝、いつも通りの食事を終えると、リュミナは腰に手をやった。

「――旅に出ましょう!」
「……いきなりだな」

 俺は食器を片しながら返す。

「いきなりじゃないわ。むしろ遅いくらい。私は冒険者になりたいし、貴方も冒険者になりたい。体はすっかり元気だし……ここに留まる理由、ある?」

 俺は少し考えてから、笑った。

「いや、何も」

 村を出る道。
 遠くに広がる草原。
 俺の足取りは、驚くほど軽くなっていた。

「……おお」
「どうかした?」
「いや、本当に村を出るんだなあ……と思って。そんなこと、今まで考えたこともなかったから」

 村を振り返って目を細める。
 リュミナはぴょこんとジャンプし、満面の笑顔を作った。

「これからは、色々考えましょ! きっと全部やれるわよ!」
「……ぷっ。ははっ」
「む、何で笑うのよ!」

 思わず吹き出してしまった。

 だって、この歳で胸が高鳴るなんて。

 本当に、思いもしなかったから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する

タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。 社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。 孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。 そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。 追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

処理中です...