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第7話 少女の朝活と、ランドの善行
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まえがき
本話、冒頭部分はリュミナ視点で始まります。
途中の場面転換でランド視点に戻ります。
==================================
まだ朝靄の残る時間。
いくら冒険者の街と言っても、流石に誰も――いや。
冒険者ギルドの掲示板の前に、ひとりの少女が立っていた。
「ふわあ……。ちょっと早すぎたかしら」
無造作な黄金のショートヘアを携えた少女――リュミナは、両手を腰に当てる。
眠たげな目をこすりながら、掲示板に貼られた依頼書を一枚ずつ眺めていた。
「……うーん。荷物運び、掃除、薬草摘み、……犬の散歩?」
眉をひそめ、思わずため息が漏れた。
昨晩、初めての依頼を終えたばかりだ。
とはいえ、薬草採取は冒険者の真似事にすぎない。
本当の冒険者なら、もっと胸が高鳴るような依頼を……。
危険で、けれど誇らしい仕事を、しているはずなのだ。
「朝早く来れば、良い依頼が残ってると思ったのに」
周囲を見回すが、人影はまだまばらだ。
陽が昇りきる前のギルドは、どこかしんと静まり返っている。
リュミナはもう一度掲示板を見上げた。
「選り好みしてる場合じゃないか」
悔しげに唇を噛みながら、そっと呟く。
――だって、あの人はおっさんなんだもの。
無理をさせるわけにはいかない。
けれど、いつまでも低ランクのままじゃ、二人で進む夢の足が止まってしまう。
「よし、たくさん依頼をやって……私が引っ張っていくんだから」
そう決意を口にし、軽く頬を叩いた。
まだ寝ているであろう相棒の寝顔を思い浮かべ、少しだけ笑みを浮かべる。
「……ま、私ばっかり焦ってもしょうがないけどね」
陽が街の屋根を照らし始める。
その柔らかな光の中、少女の碧い瞳が静かに燃えていた。
------
朝の街を歩くのは、なんとも気持ちがいい。
……というのは、眠気が取れていればの話だ。
「ったく、はりきりすぎだろ……。三十路に早朝散歩はキツいっての」
まだ夢の中だった俺の部屋のドアを、ダンダンダン! と力強く叩き「先に行くわね! 待ってるから早く来てね!」と大声で宣言して駆けて行った少女を思い出しながら、俺は欠伸をかみ殺した。
ふらふらと覚束ない足取りで、石畳の通りを進む。
「……お、良い匂いだ」
パン屋の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、商人たちが露店の準備をしている。
この街にも、少し馴染んできたなと思う。
昨日の薬草採りも無事終わったし、次はもう少し実入りのある仕事を……。
なんて、考えていた矢先だった。
「え……あれは、まさか」
ふと、前方に見覚えのある長い緑の髪。
ギルドの制服を着た女性――マリアが、書類を抱えて歩いている。
出勤途中だろうか。
朝の光に照らされた横顔は、まるで絵画のように穏やかで、思わず見とれてしまう。
ひとまず、挨拶を――
「――いや、ダメだダメだ。急に声かけたら怪しいだろ」
心の中で自分にツッコミを入れる。
けど昨日も世話になったし、挨拶くらい……いや、それすら不自然か?
でも、いつか仲良くなれたら嬉しいし……。
そんなふうにぐるぐる考えながら歩いていたら、マリアとの距離はどんどん縮まっていく。
「ギルドまで、あと少しだな……」
このまま何も言えずにすれ違うのか。
「……言うだけ言ってみよう。やらない後悔はもうごめんだ」
腹を決め、俺は声を出そうと口を開いた。
その瞬間。
ガッシャーンッ!
金属が弾けるような音と共に、通りの角で男性の悲鳴が上がった。
見ると、荷馬車が横倒しになり、木箱が道いっぱいに散乱している。
馬がいななき、中年の男の商人が尻もちをついていた。
「大丈夫ですか!」
俺は駆け寄って、男の肩を支えた。
見る限り、外傷はない。
「あ、ああ。俺は大丈夫だが……っ! ば、馬車が!?」
荷馬車の方は車輪が折れ、軸も歪んでいた。
これでは動かせそうにない。
男は顔を青ざめさせながら言った。
「ど、どうしよう……村のみんなの金で、食糧や薬を買ってきたんだ。それを届けなきゃならないってのに……!」
その言葉に、胸がきゅっと締めつけられた。
おそらく遠くの村から、皆の期待を背負って来たのだろう。
「ああ、ああ……くそ、なんてこった……!」
男は悲痛な叫びをあげる。
俺は倒れた荷馬車に近づき、手を当てた。
木材の割れ目をじっと見つめる。
修理道具もないし、力でどうにかなるものでもない。
けど、俺なら――女神様から貰った『創造』の力なら、できるかもしれない。
胸の奥で、あのときと同じ光がざわめく。
「創造」
声に出した瞬間、指先から柔らかな光が広がった。
光は木材の裂け目を包み、破片が吸い寄せられるように元の形へと戻っていく。
まるで時間が巻き戻るような光景だった。
「な……な……こ、これは……」
光が収まると、馬車は元通りになっていた。
それを認識した途端、俺の視界が白く染まる。
意識が飛びそうになりながら、歯を食いしばって耐え、現実に押し戻した。
これが『創造』の力の反動……精神的ダメージ。
商人の男は目を見開き、口をぱくぱくさせている。
「か……神の奇跡か?」
俺は苦笑いしながら、首を振った。
「ただの応急処置ですよ。強度の保証はできないので、気を付けてください」
「そ、そんな……アンタ凄いよ! ありがとう、本当にありがとう!」
男はこちらへ向き直ると、俺の手を取って頭を下げた。
何度も何度も腰を折って、ぺこぺこと礼をする。
「ありがとう! 本当にありが――ぐあっ!?」
男はピタッと動きを止める。
そして苦し気に腰をさすりだした。
「……情けない話だが、転んだ拍子に腰を痛めてしまったらしい……。馬車は治っても、俺が動けん」
その言葉を聞いて、俺はすぐに答えた。
「……じゃあ、運ぶのを手伝いましょう。村まで」
男は慌てて首を振る。
「だ、駄目だ! 金は全部食糧や荷物に変えちまって、何も礼ができないんだ!」
「いいですよ、そんなの。困ったときはお互いさまですから」
言いながら、自分でも不思議なほど迷いがなかった。
確かに無給で働くのはキツイ。
それに、口ぶりから察するに、彼の故郷はけっこう遠い場所。
つまり数日間、仕事ができないってこと。
余裕の無い俺たちにとっては大打撃だ。
けれど、困っている人は放っておけないし、誰かの役に立てるってだけで、胸の奥が温かくなる。
そこへ、柔らかな声が背中から届いた。
「その気持ち、素敵ですね」
振り返ると、マリアが立っていた。
朝日を背に受け、微笑むその姿は、どこか神聖ですらある。
「ま、マリアさん!? いったいいつから……」
「初めから聞いてましたよ。あんなに大きな音がしたら、いやでも気になっちゃいます」
「そ、それは確かに……」
見られてたのか、恥ずかしいな。
マリアは人差し指を立てて、言葉を続ける。
「ですが、せっかくの善意です。ギルド経由で依頼にしておきましょう」
「そ、そうしたいのは山々だがよ、俺には金がねえんだ」
「大丈夫ですよ。依頼の中には無報酬のものもあります。報酬はなくても『実績』としては計上されますから。冒険者にとって、メリットがゼロなわけでもないんです」
「実績……」
「ええ。特にGランクの冒険者は、そういう小さな積み重ねでランクを上げていくんですよ」
マリアさんはそっと微笑んだ。
「どうでしょうか? 手続きなどは私がやっておきますから、依頼を出されては?」
「おお! 本当は報酬も払いたいところだが……すまん。今回はお言葉に甘えて、無報酬で依頼を出させてくれ」
両手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げる商人の男。
俺は「もちろん、引き受けますよ」と回答し、親指を立てた。
……ああ。
「無報酬の依頼を受けた」なんて言ったら、リュミナは怒るんだろうなあ。
仕事が終わったら、食事でもご馳走しよう。
俺の、なけなしの財産で。
本話、冒頭部分はリュミナ視点で始まります。
途中の場面転換でランド視点に戻ります。
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まだ朝靄の残る時間。
いくら冒険者の街と言っても、流石に誰も――いや。
冒険者ギルドの掲示板の前に、ひとりの少女が立っていた。
「ふわあ……。ちょっと早すぎたかしら」
無造作な黄金のショートヘアを携えた少女――リュミナは、両手を腰に当てる。
眠たげな目をこすりながら、掲示板に貼られた依頼書を一枚ずつ眺めていた。
「……うーん。荷物運び、掃除、薬草摘み、……犬の散歩?」
眉をひそめ、思わずため息が漏れた。
昨晩、初めての依頼を終えたばかりだ。
とはいえ、薬草採取は冒険者の真似事にすぎない。
本当の冒険者なら、もっと胸が高鳴るような依頼を……。
危険で、けれど誇らしい仕事を、しているはずなのだ。
「朝早く来れば、良い依頼が残ってると思ったのに」
周囲を見回すが、人影はまだまばらだ。
陽が昇りきる前のギルドは、どこかしんと静まり返っている。
リュミナはもう一度掲示板を見上げた。
「選り好みしてる場合じゃないか」
悔しげに唇を噛みながら、そっと呟く。
――だって、あの人はおっさんなんだもの。
無理をさせるわけにはいかない。
けれど、いつまでも低ランクのままじゃ、二人で進む夢の足が止まってしまう。
「よし、たくさん依頼をやって……私が引っ張っていくんだから」
そう決意を口にし、軽く頬を叩いた。
まだ寝ているであろう相棒の寝顔を思い浮かべ、少しだけ笑みを浮かべる。
「……ま、私ばっかり焦ってもしょうがないけどね」
陽が街の屋根を照らし始める。
その柔らかな光の中、少女の碧い瞳が静かに燃えていた。
------
朝の街を歩くのは、なんとも気持ちがいい。
……というのは、眠気が取れていればの話だ。
「ったく、はりきりすぎだろ……。三十路に早朝散歩はキツいっての」
まだ夢の中だった俺の部屋のドアを、ダンダンダン! と力強く叩き「先に行くわね! 待ってるから早く来てね!」と大声で宣言して駆けて行った少女を思い出しながら、俺は欠伸をかみ殺した。
ふらふらと覚束ない足取りで、石畳の通りを進む。
「……お、良い匂いだ」
パン屋の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、商人たちが露店の準備をしている。
この街にも、少し馴染んできたなと思う。
昨日の薬草採りも無事終わったし、次はもう少し実入りのある仕事を……。
なんて、考えていた矢先だった。
「え……あれは、まさか」
ふと、前方に見覚えのある長い緑の髪。
ギルドの制服を着た女性――マリアが、書類を抱えて歩いている。
出勤途中だろうか。
朝の光に照らされた横顔は、まるで絵画のように穏やかで、思わず見とれてしまう。
ひとまず、挨拶を――
「――いや、ダメだダメだ。急に声かけたら怪しいだろ」
心の中で自分にツッコミを入れる。
けど昨日も世話になったし、挨拶くらい……いや、それすら不自然か?
でも、いつか仲良くなれたら嬉しいし……。
そんなふうにぐるぐる考えながら歩いていたら、マリアとの距離はどんどん縮まっていく。
「ギルドまで、あと少しだな……」
このまま何も言えずにすれ違うのか。
「……言うだけ言ってみよう。やらない後悔はもうごめんだ」
腹を決め、俺は声を出そうと口を開いた。
その瞬間。
ガッシャーンッ!
金属が弾けるような音と共に、通りの角で男性の悲鳴が上がった。
見ると、荷馬車が横倒しになり、木箱が道いっぱいに散乱している。
馬がいななき、中年の男の商人が尻もちをついていた。
「大丈夫ですか!」
俺は駆け寄って、男の肩を支えた。
見る限り、外傷はない。
「あ、ああ。俺は大丈夫だが……っ! ば、馬車が!?」
荷馬車の方は車輪が折れ、軸も歪んでいた。
これでは動かせそうにない。
男は顔を青ざめさせながら言った。
「ど、どうしよう……村のみんなの金で、食糧や薬を買ってきたんだ。それを届けなきゃならないってのに……!」
その言葉に、胸がきゅっと締めつけられた。
おそらく遠くの村から、皆の期待を背負って来たのだろう。
「ああ、ああ……くそ、なんてこった……!」
男は悲痛な叫びをあげる。
俺は倒れた荷馬車に近づき、手を当てた。
木材の割れ目をじっと見つめる。
修理道具もないし、力でどうにかなるものでもない。
けど、俺なら――女神様から貰った『創造』の力なら、できるかもしれない。
胸の奥で、あのときと同じ光がざわめく。
「創造」
声に出した瞬間、指先から柔らかな光が広がった。
光は木材の裂け目を包み、破片が吸い寄せられるように元の形へと戻っていく。
まるで時間が巻き戻るような光景だった。
「な……な……こ、これは……」
光が収まると、馬車は元通りになっていた。
それを認識した途端、俺の視界が白く染まる。
意識が飛びそうになりながら、歯を食いしばって耐え、現実に押し戻した。
これが『創造』の力の反動……精神的ダメージ。
商人の男は目を見開き、口をぱくぱくさせている。
「か……神の奇跡か?」
俺は苦笑いしながら、首を振った。
「ただの応急処置ですよ。強度の保証はできないので、気を付けてください」
「そ、そんな……アンタ凄いよ! ありがとう、本当にありがとう!」
男はこちらへ向き直ると、俺の手を取って頭を下げた。
何度も何度も腰を折って、ぺこぺこと礼をする。
「ありがとう! 本当にありが――ぐあっ!?」
男はピタッと動きを止める。
そして苦し気に腰をさすりだした。
「……情けない話だが、転んだ拍子に腰を痛めてしまったらしい……。馬車は治っても、俺が動けん」
その言葉を聞いて、俺はすぐに答えた。
「……じゃあ、運ぶのを手伝いましょう。村まで」
男は慌てて首を振る。
「だ、駄目だ! 金は全部食糧や荷物に変えちまって、何も礼ができないんだ!」
「いいですよ、そんなの。困ったときはお互いさまですから」
言いながら、自分でも不思議なほど迷いがなかった。
確かに無給で働くのはキツイ。
それに、口ぶりから察するに、彼の故郷はけっこう遠い場所。
つまり数日間、仕事ができないってこと。
余裕の無い俺たちにとっては大打撃だ。
けれど、困っている人は放っておけないし、誰かの役に立てるってだけで、胸の奥が温かくなる。
そこへ、柔らかな声が背中から届いた。
「その気持ち、素敵ですね」
振り返ると、マリアが立っていた。
朝日を背に受け、微笑むその姿は、どこか神聖ですらある。
「ま、マリアさん!? いったいいつから……」
「初めから聞いてましたよ。あんなに大きな音がしたら、いやでも気になっちゃいます」
「そ、それは確かに……」
見られてたのか、恥ずかしいな。
マリアは人差し指を立てて、言葉を続ける。
「ですが、せっかくの善意です。ギルド経由で依頼にしておきましょう」
「そ、そうしたいのは山々だがよ、俺には金がねえんだ」
「大丈夫ですよ。依頼の中には無報酬のものもあります。報酬はなくても『実績』としては計上されますから。冒険者にとって、メリットがゼロなわけでもないんです」
「実績……」
「ええ。特にGランクの冒険者は、そういう小さな積み重ねでランクを上げていくんですよ」
マリアさんはそっと微笑んだ。
「どうでしょうか? 手続きなどは私がやっておきますから、依頼を出されては?」
「おお! 本当は報酬も払いたいところだが……すまん。今回はお言葉に甘えて、無報酬で依頼を出させてくれ」
両手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げる商人の男。
俺は「もちろん、引き受けますよ」と回答し、親指を立てた。
……ああ。
「無報酬の依頼を受けた」なんて言ったら、リュミナは怒るんだろうなあ。
仕事が終わったら、食事でもご馳走しよう。
俺の、なけなしの財産で。
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