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第8話 額に宝石を持つ魔物
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馬車の揺れってやつは、慣れるまで尻にくる。
道の凹凸を拾うたびに、ぎしぎしと車輪が軋み、俺たちの体も小刻みに揺れる。
隣ではリュミナが頬をふくらませていた。
「――タダ働きで数日拘束なんて、聞いてないんだけどー!」
「ま、まあまあ。依頼って言っても、俺が勝手に引き受けたようなもんだし」
「だからって……お人よしすぎるわよ」
「そう言うなよ……困った時はお互い様だろ? それに、冒険者は人助けが使命じゃないのか?」
俺は必死にリュミナを諭す。
彼女は口をとがらせながら「そうだけど……」と、ぶつぶつ文句を垂らす。
荷馬車を操る商人――カルロさんは、前の座席で何度も頭を下げていた。
「いやあ……本当にすまないね。馬車を直して貰っといて、村まで付き添ってくれるだなんて」
「いえいえ、いいんですよ」
この話を持ちかけた時、リュミナは当然反発した。
し、今もぶすっとした顔をしている。
けれど、文句を言いながらも結局ついてきてくれた。根は優しい子だ。
「……こうして風に吹かれるのも、いいんじゃないか?」
「え?」
小首を傾げるリュミナに、俺は視線で返事をする。
林道脇には小川が流れ、鳥のさえずりが聞こえ、木々の隙間から日の光が差し込む。
穏やかな森の中、爽やかな旅路。
俺は馬車の荷台に背を預けながら、つぶやいた。
「三十年以上、働きづめだったからさ。こうやって何も考えず、ただ道を行くのも新鮮なんだ」
リュミナは一瞬、黙り込む。
そして、ふっと笑った。
「そういう夢なら、いくらでも叶えられそうね」
「はは。そうかもな」
こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいいと思った。
だが、平穏というやつは、いつだって油断の隙間を狙って壊してくる。
前方の馬がいきなり嘶き、車輪がきゅっと止まった。
「ひ、ひぃぃ!」
おじさんの悲鳴。俺とリュミナは同時に顔を見合わせた。
立ち上がり、体を前方へ向ける。
すると森の陰から、何かが出てくるのが見えた。
「――ガルル……」
地面を踏みしめる音。
ゆらり、と木々の間から姿を現したのは、四つ脚の獣だった。
でかい。牛より一回りも大きい。
「な、なに、あれ……」
リュミナが恐れるのも無理はない。
灰銀の毛皮の下には、岩のような筋肉が蠢いている。
額には、宝石のような紫色の結晶が埋まって光を反射していた。
眼は赤く、喉の奥から低い唸りが響く。
知らない魔物だった。名も、生態もわからない。ただひと目で悟った。
――強い。
「ランド、下がってて!」
リュミナが剣を抜く。
その表情には、先ほどまであった怯えは消え失せ、覚悟が宿っていた。
「私がやるわ! Fランクだもん!」
「おいおい! 待て、危ないって!」
俺も前に出た。
護衛のはずが、逃げたら意味がない。
それにいくらランクが低いからって、親子ほど年齢の離れた少女の背中に隠れるなんて、できっこないだろう。
「ガァァ……!」
獣は唸りながら一歩、また一歩と近づく。
空気が震える。威嚇か、怒りか。何かが気に入らないらしい。
次の瞬間、耳をつんざく咆哮。
地面が爆ぜ、巨体が突進してきた。
「くっ!」
リュミナが正面から受け止めるが、吹き飛ばされる。
剣が地面に弾かれ、俺は駆け寄る。
「大丈夫か!」
「な、何とか平気! でも、あいつ速い!」
その言葉の直後、獣が二撃目を繰り出した。
「危な――うわあっ!?」
咄嗟に受けた俺の剣が、折れた。
金属音とともに、半分になった刃が地面に転がる。
「しまった……! マリアさんから借りたやつなのに……!」
「そんなこと言ってる場合!? 次が来るわよ!」
獣は再び、荷馬車を狙って動いていた。
商人の震える声が聞こえる。
「や、やめてくれ! 村の食糧が――」
その言葉に、頭の奥が熱くなった。
心臓が早鐘のように打つ。
胃がマグマのように湧きたつ。
むせかえるほどの破壊衝動。
俺は、無意識のうちに声を出していた。
「――破壊」
手を突き出した瞬間、空気が一変した。
音が、消えた。世界が、息を止めたように静まり返る。
そして空間が歪み、魔物の胸のあたりが、一瞬のうちに抜け落ちた。
まるでそこだけ、世界から切り取られたみたいに。ごっそりと。
「……やったか」
光が戻り、風が流れた。魔物の体が崩れ落ち、地面を揺らす。
俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
何も聞こえない。何も考えられない。
ただ、自分の手のひらがじんじんと熱かった。
「……ド、……ンド、……ランド! ランドってば!」
リュミナの声が耳元で響く。
そこでようやく、意識がはっきりした。
獣は動かない。……倒したのか?
安堵した瞬間、腹の奥から鋭い痛みが突き抜けた。
「ぐっ……!」
視界が白く滲む。膝が砕け、地面に手をつく。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、血が逆流するような感覚。
リュミナが駆け寄って肩を抱く。
「どうしたの!? 苦しいの!?」
「……平気……だ……大した事、ない」
言葉にするたび、喉の奥が焼けるように痛い。
それでも、目の前の荷馬車が無事であることが救いだった。
商人の男が震える声で言う。
「助かった……本当に、助かった……! ありがとうよ、アンタは村の恩人だ!」
俺は息を整えながら、かすかに笑う。
「……当然のことを、しただけです」
ふと、視界の端で動く影。
リュミナが獣の亡骸のそばにしゃがみ込み、何かを確かめていた。
うずくまる背中が、小さく揺れている。
「リュミナ?」
呼びかけると、彼女はびくりと肩を揺らし、振り返った。
「な、何でもないわ! ちょっと気になって見てただけ!」
そう言って立ち上がり、髪を払う。
光の加減か、彼女の掌に一瞬だけ鈍い輝きが見えた気がした。
しかしそれを確かめる間もなく、彼女は俺の方へ駆け寄ってきた。
「もう、立てる?」
「……ああ。ちょっと痛むけどな」
「ちょっとで済ませないでよ」
叱るように言いながらも、声は優しかった。
俺たちは再び馬車に乗り込むと、商人を促し目的地へ向かって進ませた。
空はすでに夕焼け色に染まりつつある。
荷台に揺られながら、俺は空を見上げた。
痛みはまだ消えない。だが、心の中には奇妙な静けさがあった。
森熊に引き続き、種族名はわからないが、狂暴な魔獣まで。
もしかしたら、いや、もしかしなくても。
俺が女神からもらったこの『破壊』と『創造』の力は、とんでもないモノなのかもしれない。
ぐー、ぱー。
掌を握ったり開いたりする。
誰かを傷つけるためじゃない。
偉ぶったり、他人に言うことを聞かせたりするためでもない。
守るために使う力。それが、俺に与えられた意味なのだと思った。
「それにしても、本当に疲れたわ……。あんな魔物が出るなんて、聞いて無いわよ」
「そうだな。マリアさんも特に忠告してくれなかったし、普通はあんな魔物、ここに出ないんだろうな」
「うう……なおさら、無償なのが辛いわ」
「まあまあ。人助けに見返りを求めちゃだめだよ」
ぷくっと頬を膨らますリュミナの小動物のような姿に、俺は思わず苦笑する。
その日、俺たちはただ『人助け』をしたつもりだった。
けれどこの出来事が、後にギルド中を騒がせることになるとは――
このときの俺たちは、まだ知る由もなかった。
道の凹凸を拾うたびに、ぎしぎしと車輪が軋み、俺たちの体も小刻みに揺れる。
隣ではリュミナが頬をふくらませていた。
「――タダ働きで数日拘束なんて、聞いてないんだけどー!」
「ま、まあまあ。依頼って言っても、俺が勝手に引き受けたようなもんだし」
「だからって……お人よしすぎるわよ」
「そう言うなよ……困った時はお互い様だろ? それに、冒険者は人助けが使命じゃないのか?」
俺は必死にリュミナを諭す。
彼女は口をとがらせながら「そうだけど……」と、ぶつぶつ文句を垂らす。
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「いやあ……本当にすまないね。馬車を直して貰っといて、村まで付き添ってくれるだなんて」
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この話を持ちかけた時、リュミナは当然反発した。
し、今もぶすっとした顔をしている。
けれど、文句を言いながらも結局ついてきてくれた。根は優しい子だ。
「……こうして風に吹かれるのも、いいんじゃないか?」
「え?」
小首を傾げるリュミナに、俺は視線で返事をする。
林道脇には小川が流れ、鳥のさえずりが聞こえ、木々の隙間から日の光が差し込む。
穏やかな森の中、爽やかな旅路。
俺は馬車の荷台に背を預けながら、つぶやいた。
「三十年以上、働きづめだったからさ。こうやって何も考えず、ただ道を行くのも新鮮なんだ」
リュミナは一瞬、黙り込む。
そして、ふっと笑った。
「そういう夢なら、いくらでも叶えられそうね」
「はは。そうかもな」
こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいいと思った。
だが、平穏というやつは、いつだって油断の隙間を狙って壊してくる。
前方の馬がいきなり嘶き、車輪がきゅっと止まった。
「ひ、ひぃぃ!」
おじさんの悲鳴。俺とリュミナは同時に顔を見合わせた。
立ち上がり、体を前方へ向ける。
すると森の陰から、何かが出てくるのが見えた。
「――ガルル……」
地面を踏みしめる音。
ゆらり、と木々の間から姿を現したのは、四つ脚の獣だった。
でかい。牛より一回りも大きい。
「な、なに、あれ……」
リュミナが恐れるのも無理はない。
灰銀の毛皮の下には、岩のような筋肉が蠢いている。
額には、宝石のような紫色の結晶が埋まって光を反射していた。
眼は赤く、喉の奥から低い唸りが響く。
知らない魔物だった。名も、生態もわからない。ただひと目で悟った。
――強い。
「ランド、下がってて!」
リュミナが剣を抜く。
その表情には、先ほどまであった怯えは消え失せ、覚悟が宿っていた。
「私がやるわ! Fランクだもん!」
「おいおい! 待て、危ないって!」
俺も前に出た。
護衛のはずが、逃げたら意味がない。
それにいくらランクが低いからって、親子ほど年齢の離れた少女の背中に隠れるなんて、できっこないだろう。
「ガァァ……!」
獣は唸りながら一歩、また一歩と近づく。
空気が震える。威嚇か、怒りか。何かが気に入らないらしい。
次の瞬間、耳をつんざく咆哮。
地面が爆ぜ、巨体が突進してきた。
「くっ!」
リュミナが正面から受け止めるが、吹き飛ばされる。
剣が地面に弾かれ、俺は駆け寄る。
「大丈夫か!」
「な、何とか平気! でも、あいつ速い!」
その言葉の直後、獣が二撃目を繰り出した。
「危な――うわあっ!?」
咄嗟に受けた俺の剣が、折れた。
金属音とともに、半分になった刃が地面に転がる。
「しまった……! マリアさんから借りたやつなのに……!」
「そんなこと言ってる場合!? 次が来るわよ!」
獣は再び、荷馬車を狙って動いていた。
商人の震える声が聞こえる。
「や、やめてくれ! 村の食糧が――」
その言葉に、頭の奥が熱くなった。
心臓が早鐘のように打つ。
胃がマグマのように湧きたつ。
むせかえるほどの破壊衝動。
俺は、無意識のうちに声を出していた。
「――破壊」
手を突き出した瞬間、空気が一変した。
音が、消えた。世界が、息を止めたように静まり返る。
そして空間が歪み、魔物の胸のあたりが、一瞬のうちに抜け落ちた。
まるでそこだけ、世界から切り取られたみたいに。ごっそりと。
「……やったか」
光が戻り、風が流れた。魔物の体が崩れ落ち、地面を揺らす。
俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
何も聞こえない。何も考えられない。
ただ、自分の手のひらがじんじんと熱かった。
「……ド、……ンド、……ランド! ランドってば!」
リュミナの声が耳元で響く。
そこでようやく、意識がはっきりした。
獣は動かない。……倒したのか?
安堵した瞬間、腹の奥から鋭い痛みが突き抜けた。
「ぐっ……!」
視界が白く滲む。膝が砕け、地面に手をつく。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、血が逆流するような感覚。
リュミナが駆け寄って肩を抱く。
「どうしたの!? 苦しいの!?」
「……平気……だ……大した事、ない」
言葉にするたび、喉の奥が焼けるように痛い。
それでも、目の前の荷馬車が無事であることが救いだった。
商人の男が震える声で言う。
「助かった……本当に、助かった……! ありがとうよ、アンタは村の恩人だ!」
俺は息を整えながら、かすかに笑う。
「……当然のことを、しただけです」
ふと、視界の端で動く影。
リュミナが獣の亡骸のそばにしゃがみ込み、何かを確かめていた。
うずくまる背中が、小さく揺れている。
「リュミナ?」
呼びかけると、彼女はびくりと肩を揺らし、振り返った。
「な、何でもないわ! ちょっと気になって見てただけ!」
そう言って立ち上がり、髪を払う。
光の加減か、彼女の掌に一瞬だけ鈍い輝きが見えた気がした。
しかしそれを確かめる間もなく、彼女は俺の方へ駆け寄ってきた。
「もう、立てる?」
「……ああ。ちょっと痛むけどな」
「ちょっとで済ませないでよ」
叱るように言いながらも、声は優しかった。
俺たちは再び馬車に乗り込むと、商人を促し目的地へ向かって進ませた。
空はすでに夕焼け色に染まりつつある。
荷台に揺られながら、俺は空を見上げた。
痛みはまだ消えない。だが、心の中には奇妙な静けさがあった。
森熊に引き続き、種族名はわからないが、狂暴な魔獣まで。
もしかしたら、いや、もしかしなくても。
俺が女神からもらったこの『破壊』と『創造』の力は、とんでもないモノなのかもしれない。
ぐー、ぱー。
掌を握ったり開いたりする。
誰かを傷つけるためじゃない。
偉ぶったり、他人に言うことを聞かせたりするためでもない。
守るために使う力。それが、俺に与えられた意味なのだと思った。
「それにしても、本当に疲れたわ……。あんな魔物が出るなんて、聞いて無いわよ」
「そうだな。マリアさんも特に忠告してくれなかったし、普通はあんな魔物、ここに出ないんだろうな」
「うう……なおさら、無償なのが辛いわ」
「まあまあ。人助けに見返りを求めちゃだめだよ」
ぷくっと頬を膨らますリュミナの小動物のような姿に、俺は思わず苦笑する。
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