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第五章ー聖女と魔法使いとー
名を呼ぶ
しおりを挟むベラトリス様の庭園のガゼボのソファーに、寄り添うように座っている2人と、その足元で丸まって寝ているレフコース。
ーまるで、一枚の絵のようだなー
ストン─と、何かが落ちた。
『これから宮下香は…あんたの居場所を奪って行く筈だから。』
ゲームだから…ヒロインだから…
『例え違うように進んだとしても、結局は基在るところに向かうんだよ。』
それじゃあ、私が自分の意思で選んだと思っていたものが、全てゲームの為、ヒロインの為になると言う事なの?
確かに、レフコースともエディオル様とも心を通わせてからほんの数日しか経っていないけど…ここに居て良いと…ずっと一緒に居たいと思っていたけど…。
ー本当に…疲れたなぁー
泣きそうになるのを我慢して目を瞑ると、また浮遊感に襲われた。
どうやら、無意識のうちに転移したらしい。
目を開けると、元私の部屋の庭のかすみ草の前に立っていた。そのかすみ草を目にすると、少しホッとしたのと、ここでは自分のままで居たいと思って、周りの様子を窺った後、自分に掛けた魔法を解いた。
何となく…そのかすみ草が元気がなさそうに見えて…
「ふふっ…もうすぐ、ベラトリス様とサエラさんが帰って来るから、元気になってもらっとこうかな。」
ー元気に…なれー
そう思いながら手を振ると、淡い水色の光が溢れて庭の花々に降り注いだ。
「まぁ…庭のお花が…元気になりましたね。」
ビクリッと体が反応する。誰も居ないと思っていたところに、後ろから声を掛けられた。
「その格好からすると…薬師様でしょうか?ありがとうございます。予定よりも手入れができない日が続いてしまいまして、少し元気がなくなっていて、どうしようかと思っていたのですが…ありがとうございます。」
この声は…顔を見なくたって分かる。
ーサエラさんだー
「ひょっとして、薬師様もかすみ草がお好きなのですか?」
「……」
振り返る事もできず、うまく声も出せなくて、コクリと頷いた。
「そうですか。そのかすみ草は…図々しくも、私が勝手に自分の娘のように思っていた方と、一緒に植えた思い出のかすみ草なんです。なので、元気になって本当に良かった。」
ーサエラさんー
「あのー…迷惑でなければ、お礼に、かすみ草を受け取っていただけますか?」
コクリと頷く。
すると、サエラさんは私の横を通り過ぎ、かすみ草の前にしゃがみこみ、かすみ草を何本か切り取り、自分の髪を束ねていた組み紐をほどき、その組み紐でかすみ草を束ねた。
「私が使っていた組み紐で申し訳ありません。」
そう言いながら、私にそのかすみ草のブーケを渡してくれた。
ーサエラさんー
「…ありがとう…ございます…」
「いえ、こちらこそ…本当にありがとうございます。」
フワリと優しく笑うサエラさん。あの時と全く変わらない笑顔のサエラさん。
ーサエラさん…サエラさんー
私の容姿があの時とは違うし、元の世界に還ったと思っているから、私がハルだとは気付いていない。
私はハルです!と言って抱きつきたいのをグッと我慢する。
ーサエラさんまで…彼女に取られたくないー
このまま…この変わらない優しい笑顔のサエラさんを覚えておこう。
「申し訳ありませんが、私、そろそろ戻らなければいけませんので、これで失礼いたしますが、薬師様はこちらでゆっくりしていって下さい。それでは、失礼致しますね。」
そう言うと、サエラさんは優しい笑顔のまま私に軽く頭を下げた後、踵を返して去って行く。その後ろ姿を見つめながら
「ありがとう。サエラさん。」
そう囁いて、私はまた転移した。
再び、気配を消す魔法と認識阻害の魔法を重ね掛けして、パルヴァン邸までの道程を歩く。
「ねぇ、聞いた?あの氷の騎士様が、聖女様と恋仲になったって。」
「聞いたけど…本当かしら?私、この前、その騎士様が聖女様とは違う女性と居たのを見たけど…とっても幸せそうだったわよ?」
「そうなの?でも、私の従姉妹が王城に勤めているんだけど、毎日のように一緒に居るらしいわよ?」
ー毎日…一緒にー
ギュッと胸が痛くなって、また無意識のうちに転移魔法を使ってしまったようで、気が付けばパルヴァン邸の自室に立っていた。
勿論、レフコースはまだ帰って来ていない。
寝室にあるクローゼットを開け、奥の棚からソレを取り出す。
ーまた、コレのお世話になるとはねー
本当に、こればっかりは…リュウに感謝だ。
「ふっ…後で…お礼を言わなきゃ…だよね…」
持って行くのは、あの秘密のポーチ一つ。それで充分だ。他は…何も要らない。
そっと目を瞑り私はまた、転移魔法を展開させた。
「ちゃんと…転移できた─。」
転移先は、レフコースが眠りに就いていたパルヴァンの森の大樹の前。その大樹にそっと触れる。
ーレフコース…ごめんね?ー
「─リュウ…。」
私は、魔法使いのその名を呼んだ──。
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