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第40話 【迫る三重の波】
しおりを挟む湯ノ花の里の市場に、ざわめきが広がっていた。
朝から届く旅人たちの噂は、どれも同じ方向を指している。
「港町ガルマで、ザナック商会が大規模な統合市を開いたらしいぞ」
「温泉まんじゅうも、湯粉も……そっくりなものを半額以下で売ってるって話だ」
露天商たちが顔を見合わせる。ミサトは唇を引き結び、地図を睨みつけた。
値崩れだけならまだしも、必需品である燃料や塩の仕入れ価格まで一斉に引き上げられている。これは明確な経済圧迫だった。
「ははは……こりゃ完全に狙い撃ちね……」
リリィのキューブが淡く光り、ミサトの机上に数字のホログラムを投影する。
『はい。ミサト。現状維持で三か月以内に湯ノ花の里の商人組合は赤字転落。冬季運営が困難になります』
心の奥に、焦燥の針が刺さる。
だが同時に、別の報告が飛び込んできた。
「ミサトさん、シルヴァン村から使者です!」
応接室に現れたのは、シルヴァン村の顔役パルネ。眉間に皺を寄せ、言葉を選ぶように切り出した。
「ミサトさん。村長からの伝言を預かって来ました。我らは中立を宣言する。港町との関係を壊すわけにはいかぬ。との事です」
ミサトは背後にザナック商会の影を感じ取るのに時間はかからなかった。
港町経由の輸出のほとんどを彼らが請け負う契約を提示されれば、弱い村は逆らえない。
そして極めつけは、リリィが解析した密書の内容だった。
『はい。ミサト。港町ガルマ南方のマルガス同盟が、温泉観光利権の分け前を求めてザナック商会に接触しています』
ミサトは深く息を吐く。
三方向からの圧力。経済、外交、情報、、、。
だが、この盤面をどう崩すか、ミサトの頭の中ではすでに歯車が音を立てて回り始めていた。
◇◇◇
まずは経済戦。
ミサトは村会議を招集し、山岳ルートを利用した新たな物資輸送の提案を行う。
「険しい道だけどさ、北方の鉱山町クルムから燃料と塩を直接仕入れれば、港町ガルマを経由しないで済むよね」
カイルが頷く。
「あぁ、知り合いの商隊に声をかけとくよ。ついでに冬越え用の備蓄も一緒に確保できるようにな!」
「ありがとう!助かるよ。カイル」
ゴブ次郎たちが荷車の修繕を引き受け、村人総出で試験輸送の準備が始まった。
次は外交。
ミサトはシルヴァン村に急ぎ使者を送り、、
「共同温泉開発プロジェクト」の提案を持ちかけた。
港町を通さずとも利益が得られる構造を作り、依存を減らす狙いだ。
シルヴァン村の村長は渋い顔をしていたが、設計図と収益予測を見せられると、目の色を変えた。
「……これが本当なら、港町に首を押さえられずに済む…ミサトさん、、本当に可能か?」
「ええ。可能です。シルヴァン村の選択肢を増やすための提案です!」
そして情報戦。
ミサトはマルガス同盟に先んじて、温泉文化と湯ノ花の里の独自性を紹介する使節団を派遣。
「ザナック商会経由で利権を得るより、直接交渉した方が有利」という思考を植え付ける。
同時に、リリィがマルガス同盟内の派閥構造を解析し、親湯ノ花派の議員に情報を流し込む。
◇◇◇
三つの策は、ほぼ同時に走り出した。
山道を越えて物資を積んだ荷車が村へ戻り、港町依存からの脱却に第一歩を刻む。
シルヴァン村では、湯の提供と温泉掘削の試験工事が始まり、共同事業としての期待が高まっていく。
マルガス同盟からは、正式な視察団派遣の知らせが届いた。
夜、作戦会議の後、リリィが淡く輝いた。
『はい。ミサト。複数の戦線を同時に動かすのは、歴史上でも難易度の高い行為です。ナポレオンやオットー大帝の事例に似ています』
「え? いっつも私のこと偉人たちと一緒にしないでよ!なんか怖いって…」
『はい。ミサト。ですが、現状のこの地域の盤面をミサトが制御しているのは事実です』
ミサトは大きく笑った。
「あっはっはっ!じゃあ、世界の偉人に負けてられないわね☆」
◇◇◇
しかし、ザナック商会は静かではいなかった。
数日後、港町ガルマの自治評議会に対し、湯ノ花の里の商人登録を無効化する圧力をかけているとの報せが届く。
もし通れば、港町での商取引そのものができなくなる。
「くそっ!全然止まんないな……あいつら!
直接、行くしかないか」
ミサトは地図をたたみ、決意を込めて立ち上がった。
港町ガルマ、、敵の本丸へ乗り込む覚悟が固まった瞬間だった。
◇◇◇
夜更け、湯ノ花の里の灯りは次々と落ちていく。
だがミサトの部屋だけは、まだ淡い光が揺れていた。
机上には、地図と帳簿と、各村から届いた未開封の報告書。指先でページをめくるたび、数字や名前が頭の中で線となってつながっていく。
「港町だけじゃない……他の中継地にもザナックの息がかかってる」
『はい。ミサト。経済圏の支配は連鎖します。ですが、1か所の首を押さえるだけで、周辺の呼吸を止められる』
リリィの言葉は冷静だが、そこには【勝つための道筋】も含まれていた。
窓の外、湯けむりが月明かりに溶けてゆく。
ミサトは拳を握った。
「……ここで踏みとどまらなきゃ、全部飲み込まれる…… 異世界面白ぇなぁ!!とことんやってやるよ!!」
その声は、誰に向けたものでもない。
だが、湯ノ花の里全体が背負う未来の重みを、自分が一身に引き受ける覚悟の証だった。
続
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