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第39話 【揺れる情報の海】
しおりを挟む湯ノ花の里の温泉街は、朝から賑わっていた。
湯気の向こうに立ち並ぶ屋台からは、温泉まんじゅうの甘い香りや、湯引きした川魚の香ばしい匂いが漂う。観光客や商人たちの話し声が混じり合い、まるで祝祭のような熱気だ。
だが、ミサトの表情はどこか浮かない。
カイルが差し出した封筒を受け取ると、手早く封を切った。中の羊皮紙には、見覚えのある文体でこう書かれていた。
《湯ノ花の里は商業連合の裏で武力を蓄えている。近く、近隣村の支配を狙うらしい》
「むぐぅぅぅ!……これさぁ~、完全にでっち上げだよね…次から次にみんなでさぁ…!
これじゃ信長包囲網ならぬ、“湯ノ花の里包囲網”だよ!」
ミサトは溜息をついた。
リリィが淡々と告げる。
『はい。ミサト。上手な事言いますね。情報源は港町ガルマ経由で広がっていると思われます。同時に、湯ノ花の里の温泉街の収益が不当に高いと噂され、関税引き上げの動きも確認してます』
カイルは拳を握る。
「ミサト、誰の仕業だと思う?」
「三つ可能性があるわ」ミサトは指を折った。
「一つはカッサ村の強硬派。二つ目は商業連合の中で既得権を守りたい商会。そして三つ目……新しく台頭した交易商、ザナック商会」
名前が出た瞬間、カイルの目が細くなる。
「あいつら、最近急に勢いづいたと思ってたが……」
ミサトは机の上に地図を広げた。港町ガルマから各村への交易路を赤線で示し、次に青線で湯ノ花の里が開発した新しいルートを描く。
「ほら!見ての通り、新ルートの方が距離も安全度も上。でもね、ザナック商会は旧ルート沿いに大きな倉庫を持っている。私たちが有利になれば、彼らの投資は全部無駄になる」
「つまり……この噂は、自分たちの利益を守るための妨害ってことか!?」カイルが吐き捨てる。
リリィがそこで口を挟んだ。
『はい。ミサト。まさに戦国期の“流言戦”と同じです。自分の手を汚さず、民衆の口を使って相手を孤立させる戦術ですね』
「ははは、歴史の教科書に出てきたやつだ」ミサトは苦笑した。「でも、やられっぱなしはごめんだわ!こっちからも仕掛けるよ!!」
◇◇◇
まずミサトが動いたのは、シルヴァン村との会談だった。
会議室の入り口で迎えたシルヴァン村長は、少し探るような視線を送ってくる。
「なぁ、ミサトさん?あの噂は本当かね?」
「ふふ、村長さん。もし噂が本当なら、私がこうして先にあなたの村に会いに来ます?」
ミサトはあえて笑って返した。
「私たちが求めているのは武力じゃなく、安定した交易ルートです」
そこでミサトは持参した資料を机に並べた。
「これを見てください。これが今期の収益報告。ご覧の通り、利益の大半は観光と特産品から。武器の購入記録なんて一切ないんですよ」
村長は書類をめくり、眉をひそめた。
「うん…本当に……ないな」
「加えて、この契約書もご覧ください。次期からシルヴァン村産の穀物の買い取り量を倍にしようと考えています。シルヴァン村にとっても悪い話しではないと思います」
村長の表情が和らいだ瞬間、ミサトは心の中でガッツポーズを取った。
交渉は成功だ。これでシルヴァン村が噂に乗って動く可能性はほぼ消えた。
◇◇◇
次に動いたのは経済面だ。
ミサトは温泉街の商人たちを集めると、こう切り出した。
「港町ガルマに直接出向いて、観光客の誘致イベントをやります。ターゲットは港の裕福層と船員。彼らに“湯ノ花の里は安全で楽しい”という印象を植え付けるの」
カイルが笑みを浮かべる。
「なるほど!向こうが噂を流すなら、こっちは直接お客に湯ノ花の里を見せて黙らせるわけか!」
「そう。数字と笑顔は、最強の反論でしょ!」
計画はすぐに動き出した。
港町の広場で行われた温泉まんじゅうの試食会は予想以上の大盛況で、取引を持ちかける商人まで現れた。これにより湯ノ花の里、引き上げの動きは急速に鈍った。
◇◇◇
そして情報戦の反撃。
ミサトは旅芸人として潜り込ませた情報員から、ザナック商会が裏で強硬派と接触している証拠を入手した。
「ん~?この手紙……完全に黒だね~」
「どうするんだ?ミサト?」カイルが問う。
「あははっ!公開はしないよ。代わりに、“湯ノ花の里が裏でザナックと手を組む準備をしている”って逆の噂を流す」
リリィがくすっと笑う。
『ふふ。はい。ミサト。嘘の上塗りで敵を泳がせる作戦ですか。まさに諸葛孔明の“空城の計”を応用した形ですね。空っぽの城で相手を疑心暗鬼にさせる。お見事です』
「う…うん!諸葛孔明さんの手ね…うん!知ってたよ……たぶん。 歴史の中の手口って、案外使えるもんなのね、、」
ザナック商会は噂を打ち消すために慌てて各地を回り始めた。その間に、ミサトは新ルートの改良工事を一気に進め、物流の優位を確固たるものにした。
◇◇◇
数週間後、港町ガルマに立ち寄ったカイルが報告を持ち帰る。
「ミサト~。噂、ほぼ消えてたぞ。むしろ“湯ノ花の里は開かれた商業都市になる”って評判だ」
「よしっ!上手くいった!」
ミサトは椅子にもたれ、深く息を吐き、笑った。
「あ~っはっはっ!!情報戦は、攻めも守りも一瞬で形勢が変わる。だからこそ、全部の盤面を見ないとね~☆」
リリィが穏やかに告げる。
『はい。ミサト。あなたの手際は、まさに帝王学の実践です。外交で味方を固め、経済で基盤を築き、情報で敵を翻弄する。それは歴史上、多くの偉人が歩んだ道」
ミサトは照れくさく笑った。
「そんな~!偉人だなんて大げさよ~。 でも……悪くない響きね~。本当に私、偉人になっちゃおうかなぁ~あははっ!」
湯ノ花の里の夜は、今日も温泉の湯気と笑い声に包まれていた。
だが、その背後では新たな策謀の火種が、静かに燻っていた。
続
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