143 / 179
第38話 【ミサトの苦悩と涙】
しおりを挟む湯ノ花の昼は、淡い蒸気と光で満たされていた。
温泉の湯けむりと花の香りが風に乗り、街全体がひとつの生命のように息づいている。
天守閣の上階。
ミサトは欄干に寄りかかり、ぼんやりと下の景色を見下ろしていた。
子どもたちが走り回り、職人が笑い、露天では湯上がりの客がまんじゅうを頬張っている。
“戦場”ではなく、“日常”の音。
それは、ミサトがこの世界で作りたかったホワイトな風景そのものだった。
「……誰を行かせるか、決まったのかい?」
背後からリュウコクの声がした。
ミサトは振り向かず、ただ小さく頷いた。
「うん……」
その声は、微かに震えていた。
リュウコクはしばらく彼女を見つめ、何も言わずに背を向けた。
ミサトの選んだ答えを、彼はすでに理解していたのだ。
ミサトは静かに階段を降り、街へ出た。
◇◇◇
いつもの“ミサト式楽市楽座”、、湯ノ花の里の賑わいの中心だった。
通りには商人たちの笑い声、ゴブリンたちの威勢のいい掛け声。
人間もエルフも、皆が肩を並べて働いている。
その景色を見ながら、ミサトの足は自然とゆっくりになった。
目に映るすべてが誇らしくて、そして痛かった。
「おっ!ミサト。話し合いは上手くいったのか??」
香ばしい香りと共に、カイルの声が響いた。
屋台の奥で、焼きたての蜂蜜パンがふっくらと膨らんでいる。
カイルの額には汗が光っていた。
「えっ、あっ、うん。……おはよう、カイル」
「どうしたんだ? 顔、疲れてるぞ。まさかあの王様が“戦争だー”とか暴走したのか?」
冗談めかして笑う彼に、ミサトは曖昧に笑い返した。
しかしその瞳の奥に、彼は見慣れぬ陰を見つける。
「ふふ、なぁ、何かあったんだな? ミサト、そういう時、すぐ顔に出る」
パンを焼く手を止め、カイルが真顔になる。
ミサトは息を吸い、ゆっくりと語り出した。
ザハラとの和平。
そして、、“互いの国から一人ずつ、人を交換する”という条件。
話し終える頃には、カイルの目が大きく見開かれていた。
だが次の瞬間、彼はふっと笑った。
「ははっ……簡単な話しだ。そんなの、“俺しかいない”じゃないか!ミサトもそう思って俺に話してくれたんだろ??」
軽く言い放ったその声は、不思議なくらい明るかった。
「……え?」
ミサトは呆然とカイルを見つめた。
だが彼は、いつもと変わらぬ笑みでパンをひっくり返し、眼鏡をクイッと上げる。
「俺、ミサトに出会ってから思ってたんだ。ミサトの“世界をホワイトに変える夢”、その中に俺の気持ちも混ぜてもらえたらってさ。 俺があっちの国行って何ができるって訳じゃないけど、、そうだなぁ~!ザイールでもパン焼いてくるよ。帳簿は触らせてもらえないかもだけど、、まんじゅうも作るし、湯ノ花の味を、向こうの人にも食わせてやる!湯ノ花に遊びに来たくなるようにな!」
ミサトの喉の奥で、何かがぷつんと切れた。
次の瞬間、大粒の涙が頬を伝って落ちた。
「うっ……うわぁぁぁん!!ばか……ばか……なんで、そんな簡単に……っ!」
止めどなく涙があふれ、声が震えた。
「カイルが最初に私のパンを認めてくれたから、今の私がいるのに……! 最初から何でもかんでも頼ってばかりで私一人じゃ今の湯ノ花はないのに、、
どうして、私こんな選択しかできないの……!?」
カイルは、そんな彼女の涙を静かに見つめていた。
やがて、手ぬぐいでミサトの頬をぬぐいながら、いつもの調子で言った。
「泣くなよ、ミサト!永遠の別れじゃないだろ?これは、“任務”じゃなくて、“信頼の証”だ。
俺がザイールで上手くやって、みんなの笑顔増やしてきたら、、それってもう戦争じゃなくて“平和の証拠”になるだろ?」
「……そんな、簡単に言わないでよ……あっちに行ったら何が起きるかわからない!私の都合でカイルをひとりぼっちにさせて……」
「ふふ、簡単じゃないさ。でも、大丈夫。ミサトが信じる道なら、俺も信じたい。向こうで可愛い嫁さん見つかるかもな??あははっ!」
その言葉に、ミサトは顔を覆って大きく泣いた。
泣き声は、まるで夏のゲリラ豪雨ように激しく、長く続いた。
通りの喧噪が遠のき、パンの香りだけが彼女を包んでいた。
やがて、カイルが空を見上げた。
暑い日差しが街を黄金に染めていく。
湯気が光を孕み、ミサトの涙をやわらかく照らしていた。
「お~い!ほら、目ぱんぱんの泣き顔でお見送りされたら、俺、カッコつかないだろ?」
「……そんなの、、カイルのカッコつけの都合なんて知るかぁ……」
「ふふ、また湯ノ花に帰ってきたら、またたくさん仕事やらせてくれよ! 新作、“ザイール平和の蜂蜜パン”ってやつ作ってくるからよ!」
「なんだそれっ!あははっ!」
ミサトは、泣きながら笑った。
その笑顔は、どこか少女のように儚くて、温かかった。
少し離れた通りの影から、二つの人影がそれを見ていた。
リュウコクとカリオスだ。
「いいのかい?愛しの姫が泣いてるぞ? “僕のミサトにぃぃ~!”って叫ばなくってよ……。ふふっ」
カリオスが口元を緩めて茶化す。
リュウコクは肩をすくめ、笑った。
「あはは。涙の別れを茶化すほど、僕は野暮じゃないよ」
「くっくっ!相変わらずロマンチストだねぇ~」
「ふぅ、……でも、ミサトの方は上手くいきそうだね…」
リュウコクは遠くの空を見上げる。
湯けむりの向こう、陽光に包まれた街が輝いていた。
「さぁ、今度は僕たちの番だ」
その声には、覚悟と優しさが同居していた。
隣でカリオスがにやりと笑う。
「じゃあ、俺はツッコミ役続行だな」
「それ、頼もしい相棒って言うんだよ。それに君はもっと大変だよ…。話しが拗れて戦闘になったら、カリオス“一番前”ね!あははっ」
「“一番前”っ!? あははっ!大変光栄なご指名を頂いたな!!腕がなるよ」
二人の背中に、昼の風が吹き抜ける。
パンの香りと、花の香りと、涙の匂いが混ざり合っていた。
その日、湯ノ花の街は再び一つになった。
誰もが笑い、誰もが泣き、誰もが信じていた。
◇◇◇
街の喧噪が遠ざかり、ミサトはひとり街外れで空を見上げた。
『はい。ミサト。気が済むまで泣いていいのですよ、ミサト。涙は、あなたが“人”である証です』
「はぁ?慰めてくれてんの??……リリィ。AIにまで泣き虫って言われたら、立つ瀬ないよ……。私、、本当にこの決断で合ってたのかな?もしかしたら違う手が合ったのかな?誰も行かなくても平和な結末が待ってたのかな?」
『はい。ミサト。いつの世も悩みは付き物です。答えなんて物は先に進まなければ分かりません。自分の決断に胸を張ってください。 私からの慰めの言葉ですが、そのミサトの優しさが、ミサトの強さでもあります』
「むきゅゅゅぅぅ、、……ずるいなぁ。そんなこと言われたら、もう泣けなくなるじゃん」
『はい。ミサト。では笑ってください。貴女は泣き顔より、そちらのほうが、、百倍素敵ですよ』
ミサトは、涙の中で小さく笑った。
この涙の先に、本当の“平和”があると、、。
続
10
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!
たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。
途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。
鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒!
素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。
裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!
神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~
於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。
現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!
の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては……
(カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています)
(イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
竜の国のカイラ~前世は、精霊王の愛し子だったんですが、異世界に転生して聖女の騎士になりました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。
同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。
16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。
そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。
カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。
死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。
エブリスタにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる