冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん

文字の大きさ
23 / 27

23

しおりを挟む
カスパルが再びエステラ家を訪れるようになったのは、ヴィクターが去ってから数日後のことだった。その日は珍しく、庭園ではなくミーシャの書斎に通されていた。ミーシャは書棚に並ぶ本を眺めながら椅子に腰掛け、少しばかり柔らかい表情でカスパルを迎えた。

「どうぞ、お座りください。今日は庭には出たくないので」

カスパルは彼女の声にわずかに驚いた。これまでなら「お好きなように」という冷たい態度で終わるところだったが、どこか受け入れる空気が感じられたからだ。

「分かったよ。室内で君と話すのも悪くない」

彼は軽い口調で椅子に腰掛けたが、その視線は真剣だった。

ミーシャはしばらく無言で本を手に取り、その表紙を撫でていた。カスパルはそんな彼女の様子を静かに見つめていたが、やがて口を開いた。

「君、少し変わったよな」

ミーシャは視線を本から外し、彼を見た。「そう見えますか?」

「見えるさ。以前の君は、まるで誰も寄せ付けない冷たい壁みたいだった。でも今は少しだけ柔らかくなった。何があったんだ?」

ミーシャは小さく微笑んだ。それは自分でも意識していなかった笑みだった。

「きっと、何かが少しだけ軽くなったからでしょうね」

その答えにカスパルは驚きながらも、心の奥に安堵を覚えた。彼がこれまで必死に揺さぶろうとしていたミーシャの殻が、自分では気づかぬうちに少しずつひび割れを見せ始めている。それを感じ取ると、彼の胸にあった焦りは不思議と薄れていった。

それからの日々、カスパルの態度は変わり始めた。彼はもはや無理にミーシャの心を暴こうとはしなかった。代わりに、彼女のそばに寄り添うことを選んだ。

庭園での静かな時間、書斎での短い会話、そして彼女が時折漏らす言葉――カスパルはそのすべてを受け止めるように振る舞った。それは、彼自身がこれまで持ち得なかった「包み込む」という形の関係だった。

ある日、庭園で刺繍をするミーシャに彼が問いかけた。

「最近、君が微笑むことが増えた気がするんだ。それって、僕が少しは役に立ってるってことかな?」

ミーシャは針を動かしながら、小さく答えた。「そうですね。あなたのおかげかもしれません」

その言葉を聞いたカスパルは、心の奥で何かがじんわりと満たされるのを感じた。彼女が自分を受け入れ始めている――その事実が、これまでの焦りを消し去り、穏やかな喜びを彼にもたらしていた。

リナはその二人の変化に気づいていた。カスパルが以前のようにミーシャを強引に揺さぶろうとするのではなく、穏やかに寄り添う姿に驚きを覚えつつも、どこか面白がっている様子だった。

「お姉さま、本当に変わったわね」ある日の夕方、リナはミーシャにそう言った。

「変わった、ですか?」

「ええ。あんなに硬い殻に閉じこもってたのに、最近は少し柔らかくなった気がするわ。それも、カスパル様のおかげかしら?」

ミーシャは少しだけ微笑みを浮かべた。「…そうかもしれませんね」

その答えを聞いたリナは、大きく目を見開きながら口元を抑えた。「まさか、お姉さまがそんなこと言うなんて!これはすごいわ。カスパル様、本当にあなたのこと好きみたいだし、お姉さまも…」

「リナ、それ以上言わないでください」

ミーシャの静かな声に、リナは軽く肩をすくめた。「分かったわよ。でも、お姉さまが幸せになるのなら、それでいいの」

それからの日々、カスパルとミーシャの関係は静かに進展していった。以前のような緊張感や衝突は消え、そこには穏やかで心地よい距離感が生まれつつあった。

ある夜、カスパルはエステラ家を離れる前にミーシャに問いかけた。

「君はこれからどうしたいんだ?何か望むものがあるなら、僕に教えてほしい」

ミーシャはしばらく考え込んだ後、静かに答えた。「まだ分かりません。でも…もう少しだけ、このままでいたい気がします」

その言葉を聞いたカスパルは、満足そうに微笑んだ。「分かった。君がその答えを見つけるまで、僕はここにいるよ」

その言葉には、彼の新たな決意が込められていた。彼はもはやミーシャを急かそうとはしない。ただ、彼女が自分の足で歩き始めるまで、そばで見守るつもりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

諦めていた自由を手に入れた令嬢

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。 これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。 実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。 自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

いくつもの、最期の願い

しゃーりん
恋愛
エステルは出産後からずっと体調を崩したままベッドで過ごしていた。 夫アイザックとは政略結婚で、仲は良くも悪くもない。 そんなアイザックが屋敷で働き始めた侍女メイディアの名を口にして微笑んだ時、エステルは閃いた。 メイディアをアイザックの後妻にしよう、と。 死期の迫ったエステルの願いにアイザックたちは応えるのか、なぜエステルが生前からそれを願ったかという理由はエステルの実妹デボラに関係があるというお話です。

〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。

藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」 憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。 彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。 すごく幸せでした……あの日までは。 結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。 それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。 そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった…… もう耐える事は出来ません。 旦那様、私はあなたのせいで死にます。 だから、後悔しながら生きてください。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全15話で完結になります。 この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。 感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。 たくさんの感想ありがとうございます。 次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。 このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。 良かったら読んでください。

処理中です...