冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん

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ヴィクターが金貨一枚を握りしめて去ってから数日が経った。ミーシャは相変わらず庭園で刺繍を続けていたが、その表情は以前とはどこか違っていた。わずかに柔らかく、冷たさの中に薄い光のようなものが宿っている。それを最初に感じ取ったのは、彼女の変化を見逃さなかったカスパルだった。

ある日の午後、カスパルはエステラ家を訪れ、いつものように庭園でミーシャに声をかけた。

「また刺繍かい?」彼は少し控えめに笑いながら彼女の隣に座った。

「ええ」とミーシャは短く答えた。その声は相変わらず冷静だったが、以前ほど突き放すような冷たさは感じられなかった。

カスパルは彼女の手元の布に目を向けた。「新しい柄だな。何を刺してるんだ?」

「ただの模様です。深い意味はありません」

そう言いながらも、ミーシャの手元はわずかに迷い、針の動きが止まる。カスパルはその様子を見て、わずかに微笑んだ。

「君があの日、ヴィクターに金貨を渡したときのことだけどさ」

その言葉に、ミーシャの指が一瞬だけ動きを止めた。だが、すぐに何事もなかったかのように刺繍を再開した。

「何か気になることでも?」

「いや、ただあのときの君の顔を思い出していたんだよ。君が微笑むなんて、珍しいことだったからね」

ミーシャは答えず、目を伏せたままだった。

「君は、あれで何かが変わったのか?」カスパルの声には、いつもより真剣さが滲んでいた。

ミーシャはしばらくの間沈黙していたが、やがて口を開いた。「分かりません。ただ、あのとき、ほんの少しだけ…楽になった気がしました」

その言葉を聞いたカスパルは、胸の奥に小さな炎が灯るのを感じた。彼女が変化を受け入れ始めている。それは彼にとって大きな希望だった。

その日の夕方、リナはミーシャの部屋を訪れた。姉の変化を感じ取った彼女は、半ば無邪気な好奇心から、その理由を探ろうとしていた。

「お姉さま、最近少し雰囲気が柔らかくなった気がするわ。何かいいことでもあったの?」

ミーシャは刺繍の手を止め、リナに視線を向けた。「別に何も。何が変わったように見えるのですか?」

「分からないけど…あのヴィクター様に金貨を渡したことと関係あるんじゃない?」リナは悪戯っぽく笑った。

「それがどうしたの?」

「いやね、私、あれを見てたの。お姉さまが少し微笑んだのをね。それって、珍しいことじゃない?」

ミーシャは答えなかった。ただ、その指が再び針を進める動きだけが、わずかに震えているように見えた。

「もしかして、お姉さま、本当は少しだけヴィクター様を気にしてるの?」

その言葉にミーシャは静かに首を振った。「気にしているわけではありません。ただ…あのとき、少しだけ何かを許せた気がしただけです」

「ふーん」リナは腕を組みながら考え込むような仕草を見せた。「でも、あれ以来カスパル様がますますお姉さまに夢中みたいだけどね」

その言葉にミーシャは顔を上げた。「…カスパル様が?」

「そうよ。最近、お姉さまのことばかり見てるわ。まるで何か秘密を探ろうとしてるみたい」

ミーシャは目を伏せた。その言葉が心の中に妙な引っかかりを残していた。

カスパルはエステラ家から帰る道すがら、ミーシャの表情を思い返していた。彼女が見せた微笑みと、かすかな揺らぎ。それが彼にとって、どれほど異常なまでに魅力的だったかを自覚していた。

「彼女が笑うだけで、こんなにも惹きつけられるなんて…僕はもう、完全に狂ってるな」

彼の胸の中には、ミーシャに対する執着がますます膨れ上がっていた。彼女が笑った理由を知りたい。彼女が感じているものすべてを理解したい。そして、その感情を自分の手で揺さぶりたい。

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