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第12話 施しの返却と最悪の注目
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(アルト視点)
旧寮の自室。
俺は、空になったスープの保温容器を、忌々しげに睨みつけていた。
昨夜、俺は結局、あの「施し」に屈した。
一口、また一口と、屈辱的な美味さのスープを飲み干してしまったのだ。
腹が満たされた代わりに、俺の心はみすぼらしく、惨めな気持ちでいっぱいになった。
……俺は、あの王女に、『餌付け』されたんだ。
哀れな旧寮のネズミに対する、気まぐれな「施し」。
俺がどんな惨めな顔でそれに食いつくか、彼女は離宮のテラスで嘲笑っていたのだろう。
……ふざけるな!
問題は、この空の容器だ。
どうする?
これを捨てたら? 「施しを無下にした」として、侍女長が再び現れ、今度こそ研究室送りか?
かといって、このまま持っているのも屈辱だ。
「……クソッ」
俺は、その保温容器を丁寧に磨き上げると、早朝、まだ誰もいない時間を見計らい旧寮の裏口、昨夜、侍女が置いた場所にそっと返却した。
……これが、俺にできる、唯一の意思表示だった。
「食った。だが、感謝はしない」という、惨めな抵抗だ。
その日。俺の警戒心は、もはや恐怖症の域に達していた。
講義室へも、生徒が登校しきるギリギリの時間に滑り込み、一番後ろの隅の席に潜り込む。
周囲の視線が、すべて王女の「監視」のように思えてくる。
……落ち着け。俺はモブだ。ただの背景だ。
そう自分に言い聞かせ、教科書に視線を落とす。
その日の講義は「魔法史」。
この世界の歴史において、いかに「魔力を持つ女の王族や上級貴族」が国を発展させてきたかを語る、退屈な授業だ。
俺は気配を消し、教科書の片隅に魔力制御とは関係のない、ただの幾何学模様を書き殴って時間を潰していた。
……早く終われ。早く地下書庫に隠れたい。
「――では、そこの男」
教師の、ねっとりとした声が、俺を指した。
……!
顔を上げると、クラス全員の視線が、俺一点に集中していた。
教師は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべている。
「推薦入学の、アルト・フォン・キルシュヴァッサー君、だったかな? 推薦されるほどの男が、この程度の講義、退屈かね?」
……最悪だ、つまらないと思っていたことを気づかれていたのか。
レオナルドが教室の前方で、面白そうにこちらを見ている。
……あいつか。あいつが教師に何か言ったのか。
教師は、俺が返事をする前に、畳みかけた。
「では、推薦入学君。昨日の講義の範囲だ。……古代魔法文明が崩壊した『大災厄』の原因について、述べたまえ」
クラス中が、クスクスと笑いをこらえている。
意地の悪い質問だ。
教科書には「原因は諸説あり、未だ解明されていない」としか書かれていない。
つまり「正解」のない、答えようのない質問を振って、俺に恥をかかせようという魂胆だ。
俺は、ため息をついた。
……望み通り、恥をかいてやるか。
ここで正解を答えても、間違えても、目立つ。
ならば、一番「愚かなモブ」として、この場をやり過ごすのが最善だ。
「……分かりません。教科書には、載っていませんでしたので」
俺がそう答えると、教師は「それ見たことか!」とばかりに声を張り上げた。
「だから言ったのだ! 教科書に載っていないから『分からない』? それが推薦入学者の答えか!」
「そうだそうだ!」「やはり推薦されたのも、不正だったのでは?」
レオナルドの取り巻きたちが、待ってましたとばかりに囃し立てる。
……よし。これでいい。これで俺は「推薦入学のくせに何も知らない馬鹿」というレッテルが貼られる。
そう思って、俺が再び席に着こうとした時。
「……キルシュヴァッサー君」
教師が、さらに俺を追い詰めようと、嘲笑を浮かべた。
「では、君は、この『大災厄』について、どう『思う』かね? 君の、その推薦に値するという『知識』とやらで、推察してみたまえよ」
……しつこい。
俺は、この教師の悪意に、静かな怒りが湧いてくるのを感じた。
……いいだろう。そこまで言うなら。
父さん。俺は父さんの教え通り、「勉強」してきた。
俺は、静かに立ち上がった。
「……推察、ですか。教科書に載っていない、俺個人の見解ですが」
俺は、前世の知識――物理学と天文学の知識――と、この世界の魔法理論を組み合わせて、ここ数日、地下書庫で読んだ古代文献の情報を整理し、口を開いた。
「『大災厄』の原因は、魔力の暴走などではありません。……あれは、純粋な『物理現象』です」
「……は?」
「古代魔法文明は、魔力を過信し、大規模な『質量兵器』を衛星軌道上に展開していた。それが、何らかの理由……おそらくは、過剰な魔力エネルギーの供給による制御不能……により、地上に『落下』した。……それが、俺の推察です」
シン……。
教室が、水を打ったように静まり返った。
教師は、口をパクパクさせ、何も言えずにいる。
「……ば、馬鹿な! えいせい? しつりょうへいき? 貴様、何を……!」
「ですので、あくまで『俺の推察』です。……よろしいでしょうか?」
俺は、そう言うと、教師の言葉を待たず席に座った。
……しまった。
また、やってしまった。
目立ちたくなかったのに、「モブ」を演じきることに失敗した。
俺の答えは、この世界の常識から、あまりにも逸脱しすぎていた。
クラスメイトたちは、俺を「不気味な男」から、完全に「理解不能なヤバい奴」として見ている。
レオナルドも、嘲笑が消え、鋭い目で俺を分析するように睨みつけていた。
……最悪だ……!
俺は、頭を抱えて、その日の残りの講義をやり過ごした。
そして、その日の夕方。
俺が、昨日よりもさらに重い足取りで旧寮の自室に戻ると。
ドアの前に、昨日よりも一回り大きな包みが置かれていた。
中身は、温かいスープとパンに加えて、上質な「ステーキ」と、小さな瓶に入った「高級そうなデザート」だった。
…………。
俺は、その豪華すぎる「施し」を前に、膝から崩れ落ちそうになった。
……やはり、監視されている。
昨夜、俺がスープを飲み干し、今朝、空の容器を返却したこと。
今日の講義での、俺の「回答」。
それすらも、あの王女に報告が上がっている。
……俺の答えが、彼女の『暇つぶし』に、よほど『ウケた』らしい……!
これは、珍妙な芸をしたサルへの、「ご褒美」だ。
俺は、王女の真意をますます誤解し、その場で、温かいステーキを睨みつけながら、唇を噛み締めた。
今夜も、俺は、この屈辱的な『餌』を食うのか……。
旧寮の自室。
俺は、空になったスープの保温容器を、忌々しげに睨みつけていた。
昨夜、俺は結局、あの「施し」に屈した。
一口、また一口と、屈辱的な美味さのスープを飲み干してしまったのだ。
腹が満たされた代わりに、俺の心はみすぼらしく、惨めな気持ちでいっぱいになった。
……俺は、あの王女に、『餌付け』されたんだ。
哀れな旧寮のネズミに対する、気まぐれな「施し」。
俺がどんな惨めな顔でそれに食いつくか、彼女は離宮のテラスで嘲笑っていたのだろう。
……ふざけるな!
問題は、この空の容器だ。
どうする?
これを捨てたら? 「施しを無下にした」として、侍女長が再び現れ、今度こそ研究室送りか?
かといって、このまま持っているのも屈辱だ。
「……クソッ」
俺は、その保温容器を丁寧に磨き上げると、早朝、まだ誰もいない時間を見計らい旧寮の裏口、昨夜、侍女が置いた場所にそっと返却した。
……これが、俺にできる、唯一の意思表示だった。
「食った。だが、感謝はしない」という、惨めな抵抗だ。
その日。俺の警戒心は、もはや恐怖症の域に達していた。
講義室へも、生徒が登校しきるギリギリの時間に滑り込み、一番後ろの隅の席に潜り込む。
周囲の視線が、すべて王女の「監視」のように思えてくる。
……落ち着け。俺はモブだ。ただの背景だ。
そう自分に言い聞かせ、教科書に視線を落とす。
その日の講義は「魔法史」。
この世界の歴史において、いかに「魔力を持つ女の王族や上級貴族」が国を発展させてきたかを語る、退屈な授業だ。
俺は気配を消し、教科書の片隅に魔力制御とは関係のない、ただの幾何学模様を書き殴って時間を潰していた。
……早く終われ。早く地下書庫に隠れたい。
「――では、そこの男」
教師の、ねっとりとした声が、俺を指した。
……!
顔を上げると、クラス全員の視線が、俺一点に集中していた。
教師は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべている。
「推薦入学の、アルト・フォン・キルシュヴァッサー君、だったかな? 推薦されるほどの男が、この程度の講義、退屈かね?」
……最悪だ、つまらないと思っていたことを気づかれていたのか。
レオナルドが教室の前方で、面白そうにこちらを見ている。
……あいつか。あいつが教師に何か言ったのか。
教師は、俺が返事をする前に、畳みかけた。
「では、推薦入学君。昨日の講義の範囲だ。……古代魔法文明が崩壊した『大災厄』の原因について、述べたまえ」
クラス中が、クスクスと笑いをこらえている。
意地の悪い質問だ。
教科書には「原因は諸説あり、未だ解明されていない」としか書かれていない。
つまり「正解」のない、答えようのない質問を振って、俺に恥をかかせようという魂胆だ。
俺は、ため息をついた。
……望み通り、恥をかいてやるか。
ここで正解を答えても、間違えても、目立つ。
ならば、一番「愚かなモブ」として、この場をやり過ごすのが最善だ。
「……分かりません。教科書には、載っていませんでしたので」
俺がそう答えると、教師は「それ見たことか!」とばかりに声を張り上げた。
「だから言ったのだ! 教科書に載っていないから『分からない』? それが推薦入学者の答えか!」
「そうだそうだ!」「やはり推薦されたのも、不正だったのでは?」
レオナルドの取り巻きたちが、待ってましたとばかりに囃し立てる。
……よし。これでいい。これで俺は「推薦入学のくせに何も知らない馬鹿」というレッテルが貼られる。
そう思って、俺が再び席に着こうとした時。
「……キルシュヴァッサー君」
教師が、さらに俺を追い詰めようと、嘲笑を浮かべた。
「では、君は、この『大災厄』について、どう『思う』かね? 君の、その推薦に値するという『知識』とやらで、推察してみたまえよ」
……しつこい。
俺は、この教師の悪意に、静かな怒りが湧いてくるのを感じた。
……いいだろう。そこまで言うなら。
父さん。俺は父さんの教え通り、「勉強」してきた。
俺は、静かに立ち上がった。
「……推察、ですか。教科書に載っていない、俺個人の見解ですが」
俺は、前世の知識――物理学と天文学の知識――と、この世界の魔法理論を組み合わせて、ここ数日、地下書庫で読んだ古代文献の情報を整理し、口を開いた。
「『大災厄』の原因は、魔力の暴走などではありません。……あれは、純粋な『物理現象』です」
「……は?」
「古代魔法文明は、魔力を過信し、大規模な『質量兵器』を衛星軌道上に展開していた。それが、何らかの理由……おそらくは、過剰な魔力エネルギーの供給による制御不能……により、地上に『落下』した。……それが、俺の推察です」
シン……。
教室が、水を打ったように静まり返った。
教師は、口をパクパクさせ、何も言えずにいる。
「……ば、馬鹿な! えいせい? しつりょうへいき? 貴様、何を……!」
「ですので、あくまで『俺の推察』です。……よろしいでしょうか?」
俺は、そう言うと、教師の言葉を待たず席に座った。
……しまった。
また、やってしまった。
目立ちたくなかったのに、「モブ」を演じきることに失敗した。
俺の答えは、この世界の常識から、あまりにも逸脱しすぎていた。
クラスメイトたちは、俺を「不気味な男」から、完全に「理解不能なヤバい奴」として見ている。
レオナルドも、嘲笑が消え、鋭い目で俺を分析するように睨みつけていた。
……最悪だ……!
俺は、頭を抱えて、その日の残りの講義をやり過ごした。
そして、その日の夕方。
俺が、昨日よりもさらに重い足取りで旧寮の自室に戻ると。
ドアの前に、昨日よりも一回り大きな包みが置かれていた。
中身は、温かいスープとパンに加えて、上質な「ステーキ」と、小さな瓶に入った「高級そうなデザート」だった。
…………。
俺は、その豪華すぎる「施し」を前に、膝から崩れ落ちそうになった。
……やはり、監視されている。
昨夜、俺がスープを飲み干し、今朝、空の容器を返却したこと。
今日の講義での、俺の「回答」。
それすらも、あの王女に報告が上がっている。
……俺の答えが、彼女の『暇つぶし』に、よほど『ウケた』らしい……!
これは、珍妙な芸をしたサルへの、「ご褒美」だ。
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