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11話 王女の監視と不器用な施し
しおりを挟む(アルト視点)
あの離宮での密会の翌日。
俺は、旧寮の軋むベッドの上で、最悪の目覚めを迎えていた。
埃っぽい部屋に差し込む朝日が、やけに目に染みる。
……夢じゃ、なかった。
ぼんやりと天井のシミを眺めながら、昨夜の出来事を反芻する。
リリアーナ王女。
あの頂点に立つ女が、俺を、直々に呼び出した。
理由は、「水晶玉の一件」だ。
俺の「誤作動」という嘘を、彼女は明らかに「見抜いて」いた。
あの時、彼女が見せたクスリという小さな笑み。あれは、獲物を前にした捕食者の笑みだったのか、それとも……?
そして、「王にも言うな」と釘を刺し、「見定める」という不可解な言葉を残して、俺を解放した。
一体、何なんだ……!?
実験体にされるという、物理的な恐怖は去った。
だが、それ以上に厄介で、もっと質の悪い事態に陥ったのではないか?
……俺は、あの王女に「目をつけられた」んだ。
あの女は、俺の「男の魔力」という秘密を握った。その上で、公にもせず、処分もしない。
ただ、「見定める」?
それはつまり、生殺与奪の権を握ったまま、俺という存在を保留にしているということだ。
気分次第で、俺を「イレギュラー」として告発することもできれば、見逃すこともできる。
……最悪だ。俺は、あの王女の『おもちゃ』になったんじゃないか?
暇を持て余した、絶対的な権力者。
彼女にとって、俺のような「魔力持ちの男」は、どれほど珍奇で、興味深い遊び道具に見えたことだろう。
そんな重い足取りで講義室に向かうと、いつも以上に視線を感じる気がした。
廊下をすれ違う生徒たちが、明確な好奇と侮蔑で俺を遠巻きにしている。
あの公爵家の嫡男、レオナルドが、取り巻きの男たちと談笑していたが、俺が視界に入ると、値踏みするように一瞥し、フン、と俺を睨みつけてきた。
女子生徒たちも、「あの方が、あの水晶玉の……」「不気味だわ」と、まだ実技訓練の噂を引きずっている。
……こいつらは、まだ昨夜の『密会』のことは知らない。
だが、時間の問題ではないだろうか!?
俺は、侍女長の「誰にも見られぬよう」という言葉を信じるしかなかった。
だが、王女が俺を「おもちゃ」として認識しているなら、いつ「飽きた」と言って、この秘密を公にするか分からない。
講義の内容など、まったく頭に入ってこない。
王女は、俺の魔力に気づいている。だが、公にするつもりはない。……なぜだ?
俺を「イレギュラー」として処分するでもなく、かといって見逃すでもなく、「見定める」?
まるで、手の上で転がされているようだ。
前世の知識で考えれば、権力者が秘密を握ったまま放置するなど、あり得ない。必ず裏がある。
……まさか、王家内部の権力闘争か? 俺を、何か政治のカードに使うつもりか?
いや、それも考えにくい。俺のような没落貴族の男一人に、そんな価値があるとは思えない。
だとしたら、残る可能性は一つ。
……本当に、ただの「暇つぶし」なんだ。
俺は、講義が終わると同時に、人の流れを避け、いつも以上に気配を消して図書館へと急いだ。
……こうなったら、徹底的に人目を避けるしかない。
あの女の「視線」から逃れる必要がある。
図書館でも、いつもの古代文献の書庫ではなく、さらに奥まった、陽も差さない「禁書」扱いの資料が眠る地下書庫の入り口付近に陣取る。
ここはカビ臭く、冷気が漂っていて、生きている人間が寄り付く場所じゃない。
ここまで来れば、あの王女様の視線も届くまい。
暗い書庫で、俺は魔導書を開きながら、今後の対策を練っていた。
とにかく、王女とこれ以上関わらないことが最優先だ。
あの離宮でのやり取りは、悪夢だ。そう思うことにした。
彼女が俺の興味を失うまで、俺は「無害なモブ」を演じ続ける。
そのためには、二度と、あの女の前に姿を現してはならない。
その日。
すっかり日も暮れ、閉館時間を過ぎても地下書庫に隠れ続け、見回りの警備員に追い出される形で、俺は図書館を出た。
誰ともすれ違わないよう、裏道だけを通って旧寮の自室へと戻る。
埃っぽい自室のドアを開けようとして、俺は足を止めた。
「…………またかよ」
ドアの前に、数日前とまったく同じように、包みが置かれていた。
ただし、今度は木箱ではなく、上質な布で包まれた、温かい何かだった。
布には、王家のものであろう控えめな百合の紋章が刺繍されている。
恐る恐る包みを開く。
中から現れたのは、まだ湯気が立つほど温かい、上等な黒パンと、具だくさんのスープが魔法瓶のような魔法の保温容器に入っていた。
……数日前の「茶葉と菓子」とは、明らかに違う。
俺が、昨夜の侍女長に「受け取ってはいない」と言ったからか?
今度は、明らかに「食事」そのものだ。
……なんだ、これは。
俺は、その温かいスープの匂いを嗅ぎながら、背筋が凍る思いだった。
あの王女は、俺が旧寮でろくな食事をしていないことまで、把握しているというのか?
『見定める』……。
王女の言葉が、脳裏に蘇る。
これは、監視だ。
俺の行動は、俺が地下書庫に隠れている間も、すべて筒抜けだったんだ。
ふと、包みの結び目に、小さなメモが挟まっているのに気づいた。
優雅で達筆な文字。
『地下は冷えます。体を壊しては、何もなりませんわ』
……なんだ、この言葉は。
まるで、本当に俺の身を案じているかのような。
だが、これは罠だ。油断させて、心を掴もうとする常套手段だ。
……これは、警告か? それとも……。
俺は、食べようか一瞬考えたが目の前の料理のいい匂いに思わず震える手でパンを一口かじった。
……美味い。
俺がここに来て食べた、どんな物より美味い。
スープを一口すする。温かい液体が、冷え切った体に染み渡る。野菜の甘みが、心まで溶かすようだ。
……美味すぎる。
その「美味さ」が、俺の心を、より深い絶望に突き落とした。
とうとう食べてしまった、……最悪だ。
……俺は、あの王女に、『餌付け』されてるんじゃないか!?
そうだ。
これは、哀れな旧寮のネズミに対する、気まぐれな「施し」だ。
俺の魔力を知った上で、俺の貧しい生活も知った上で、上質な餌を与えて、俺がどんな反応をするか、どんな惨めな顔でそれに食いつくか、高みの見物で楽しんでいるんだ。
この温かいスープ一杯に込められた悪意と支配欲に、身震いする。
俺の魔力を把握した上で、逃げられないように、じわじわと外堀を埋めている。
この美味いスープが、彼女の「首輪」だ。
俺は、王女の不器用な愛情や気遣いなど知る由もなく、その温かいスープを前に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
一口、また一口と、屈辱的な美味さのスープを飲み干しながら、俺は、この理不尽な世界と、俺を「おもちゃ」に選んだあの王女への、静かな怒りを燃やしていた。
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