15 / 24
15話 地下書庫の密会
しおりを挟む
(アルト視点)
翌日の放課後。
俺は、囚人のような重い足取りで、図書館の地下階段を下りていた。
カビ臭い冷気が、足元から這い上がってくる。
それでも……逃げられない。
昨夜のメモ。『明日も、ここに置いておきます』。
あれは、ただの案内じゃない。「お前の行動はすべて把握している。逃げても無駄だ」という、王女からの無言の圧力だ。
もし俺が今日ここに来なければ、次はどんな手が打たれるか分からない。
部屋の前に、今度は何が置かれるのか。あるいは、部屋の中に誰かが……。
想像するだけで、胃が痛くなる。
地下書庫の重い鉄扉を開ける。
ギィィィ、という錆びついた音が、静寂を引き裂く。
俺は、恐る恐る中を覗き込んだ。
「…………」
誰も、いない。
あるのは、静寂と埃、そして無数の本棚だけだ。
いつもの定位置――崩れかけた本棚の影にある、小さな書き物机――には、昨日と同じように、あの『禁書』がポツンと置かれていた。
……よかった。本だけか。
俺は、心の底から安堵のため息をついた。
最悪の事態を想像していたが、どうやら杞憂だったようだ。
彼女は、単に「餌」を置いて、俺がそれに食いつく様を遠隔で楽しんでいるだけなのだろう。
……悔しいが、続きが気になる。
俺は、周囲を警戒しつつも、机の前の椅子に腰を下ろした。
本の表紙に触れる。
昨日の続き。古代の質量兵器、その詳細なスペック、墜落の軌道計算。
ページをめくると、そこには俺の知的好奇心を焼き尽くすような、魅惑的な情報が溢れていた。
……すごい。この計算式、現代の魔法理論より遥かに進んでいる。
俺は、時間を忘れ、没頭した。
王女への恐怖も、ここが地下であることも忘れ、知識の大海に溺れていた。
――その時だった。
「ふふっ。……随分と、熱心ですこと」
背後から。
鈴が鳴るような、優雅で、しかし絶対的な響きを持つ声がした。
「……ッ!?」
俺は、弾かれたように振り返った。
心臓が、早鐘を打つ。
いつの間に? 鉄扉が開く音などしなかったはずだ。
薄暗い書庫の入り口から、カツ、カツ、と硬質なヒールの音が近づいてくる。
ランプの明かりの範囲に入ってきたのは、このカビ臭い場所にはあまりにも不釣り合いな、煌びやかな金色の髪。
そして、完璧な笑みを浮かべた、この国の頂点。
リリアーナ王女。
「……お、王女殿下……」
俺は椅子から転げ落ちそうになりながら、立ち上がった。
彼女は、まるで王宮の庭園を散歩するかのように、優雅に俺の机まで歩み寄ってきた。
手には、別の古い文献が抱えられている。
「ごきげんよう、アルト・フォン・キルシュヴァッサー。……約束通り、来てくれましたのね」
「……『置いておく』と書いてあったはずですが」
俺は、乾いた喉で、精一杯の皮肉を返した。
「貴女自身が『来る』とは、聞いていません」
彼女は、クスクスと楽しそうに笑った。
「言葉の綾ですわ。……それに、その本は持ち出し禁止の『禁書』。私が管理していなければ、貴方は『禁書持ち出しの罪』で捕まってしまいますもの。……私がここにいるのは、貴方を守るためですのよ?」
……|《詭弁》だ。
完全に、包囲されている。
俺が本に夢中になっている隙を狙って、背後から近づくなんて。
やはり、俺の行動はすべて筒抜けだったのだ。
「……何の御用でしょうか。俺は、ただ静かに勉強がしたいだけで……」
俺が本を閉じ、帰ろうとする素振りを見せると、彼女はすっと俺の前に立ち塞がった。
「ええ、存じています。ですから、私も『勉強』をしに来ましたの」
彼女はそう言って、持っていた文献を机の上にトン、と置いた。
「この地下書庫には、地上の図書館にはない『真実』が眠っています。……貴方が今、夢中になって読み耽っていたように、ね」
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。
彼女は、俺が座っていた椅子の隣――普段は荷物置きにしかしていない、埃っぽい予備の椅子――に、ハンカチも敷かずに優雅に腰掛けた。
そして、ポンポンと、自分の隣の椅子(俺の席)を叩く。
「……お座りなさい。今日は、二人で『答え合わせ』をしましょう」
「……答え合わせ?」
「ええ。先日の講義での、貴方の『質量兵器』説。……そして、この禁書に記された『鉄の城』の記述。……貴方の推察がどこまで正しかったのか、私にも教えてくださる?」
その瞳は、獲物を狙う猛禽類のように鋭く、そして……どこか、異様な熱を帯びていた。
それは、自分の所有物に対する「執着」なのか、それとも知的な玩具に対する「好奇心」なのか。
今の俺には判別がつかない。
ただ、この誘いを断って立ち去れば、俺の人生が終わるということだけは理解できた。
……逃げ場なし、か。
俺は、諦めて、重い足取りで彼女の隣の椅子に座り直した。
距離が近い。
彼女から漂う、高貴な花の香りが、カビ臭い書庫の空気を塗り替えていく。
心臓の音が、うるさいくらいに鳴り響く。
「……では、始めましょうか。アルト先生」
彼女は、楽しそうに俺の手元の禁書を開いた。
薄暗い地下書庫での、逃げ場のない密会。
俺は、この国最強の権力者に、完全にロックオンされたことを、絶望と共に悟った。
……父さん。俺、もうダメかもしれない。
俺の知識欲を利用した、王女による完璧な包囲網。
この日から、俺の放課後は、王女との「秘密の勉強会」という名の、地獄の拘束時間へと変わってしまったのだ。
翌日の放課後。
俺は、囚人のような重い足取りで、図書館の地下階段を下りていた。
カビ臭い冷気が、足元から這い上がってくる。
それでも……逃げられない。
昨夜のメモ。『明日も、ここに置いておきます』。
あれは、ただの案内じゃない。「お前の行動はすべて把握している。逃げても無駄だ」という、王女からの無言の圧力だ。
もし俺が今日ここに来なければ、次はどんな手が打たれるか分からない。
部屋の前に、今度は何が置かれるのか。あるいは、部屋の中に誰かが……。
想像するだけで、胃が痛くなる。
地下書庫の重い鉄扉を開ける。
ギィィィ、という錆びついた音が、静寂を引き裂く。
俺は、恐る恐る中を覗き込んだ。
「…………」
誰も、いない。
あるのは、静寂と埃、そして無数の本棚だけだ。
いつもの定位置――崩れかけた本棚の影にある、小さな書き物机――には、昨日と同じように、あの『禁書』がポツンと置かれていた。
……よかった。本だけか。
俺は、心の底から安堵のため息をついた。
最悪の事態を想像していたが、どうやら杞憂だったようだ。
彼女は、単に「餌」を置いて、俺がそれに食いつく様を遠隔で楽しんでいるだけなのだろう。
……悔しいが、続きが気になる。
俺は、周囲を警戒しつつも、机の前の椅子に腰を下ろした。
本の表紙に触れる。
昨日の続き。古代の質量兵器、その詳細なスペック、墜落の軌道計算。
ページをめくると、そこには俺の知的好奇心を焼き尽くすような、魅惑的な情報が溢れていた。
……すごい。この計算式、現代の魔法理論より遥かに進んでいる。
俺は、時間を忘れ、没頭した。
王女への恐怖も、ここが地下であることも忘れ、知識の大海に溺れていた。
――その時だった。
「ふふっ。……随分と、熱心ですこと」
背後から。
鈴が鳴るような、優雅で、しかし絶対的な響きを持つ声がした。
「……ッ!?」
俺は、弾かれたように振り返った。
心臓が、早鐘を打つ。
いつの間に? 鉄扉が開く音などしなかったはずだ。
薄暗い書庫の入り口から、カツ、カツ、と硬質なヒールの音が近づいてくる。
ランプの明かりの範囲に入ってきたのは、このカビ臭い場所にはあまりにも不釣り合いな、煌びやかな金色の髪。
そして、完璧な笑みを浮かべた、この国の頂点。
リリアーナ王女。
「……お、王女殿下……」
俺は椅子から転げ落ちそうになりながら、立ち上がった。
彼女は、まるで王宮の庭園を散歩するかのように、優雅に俺の机まで歩み寄ってきた。
手には、別の古い文献が抱えられている。
「ごきげんよう、アルト・フォン・キルシュヴァッサー。……約束通り、来てくれましたのね」
「……『置いておく』と書いてあったはずですが」
俺は、乾いた喉で、精一杯の皮肉を返した。
「貴女自身が『来る』とは、聞いていません」
彼女は、クスクスと楽しそうに笑った。
「言葉の綾ですわ。……それに、その本は持ち出し禁止の『禁書』。私が管理していなければ、貴方は『禁書持ち出しの罪』で捕まってしまいますもの。……私がここにいるのは、貴方を守るためですのよ?」
……|《詭弁》だ。
完全に、包囲されている。
俺が本に夢中になっている隙を狙って、背後から近づくなんて。
やはり、俺の行動はすべて筒抜けだったのだ。
「……何の御用でしょうか。俺は、ただ静かに勉強がしたいだけで……」
俺が本を閉じ、帰ろうとする素振りを見せると、彼女はすっと俺の前に立ち塞がった。
「ええ、存じています。ですから、私も『勉強』をしに来ましたの」
彼女はそう言って、持っていた文献を机の上にトン、と置いた。
「この地下書庫には、地上の図書館にはない『真実』が眠っています。……貴方が今、夢中になって読み耽っていたように、ね」
俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。
彼女は、俺が座っていた椅子の隣――普段は荷物置きにしかしていない、埃っぽい予備の椅子――に、ハンカチも敷かずに優雅に腰掛けた。
そして、ポンポンと、自分の隣の椅子(俺の席)を叩く。
「……お座りなさい。今日は、二人で『答え合わせ』をしましょう」
「……答え合わせ?」
「ええ。先日の講義での、貴方の『質量兵器』説。……そして、この禁書に記された『鉄の城』の記述。……貴方の推察がどこまで正しかったのか、私にも教えてくださる?」
その瞳は、獲物を狙う猛禽類のように鋭く、そして……どこか、異様な熱を帯びていた。
それは、自分の所有物に対する「執着」なのか、それとも知的な玩具に対する「好奇心」なのか。
今の俺には判別がつかない。
ただ、この誘いを断って立ち去れば、俺の人生が終わるということだけは理解できた。
……逃げ場なし、か。
俺は、諦めて、重い足取りで彼女の隣の椅子に座り直した。
距離が近い。
彼女から漂う、高貴な花の香りが、カビ臭い書庫の空気を塗り替えていく。
心臓の音が、うるさいくらいに鳴り響く。
「……では、始めましょうか。アルト先生」
彼女は、楽しそうに俺の手元の禁書を開いた。
薄暗い地下書庫での、逃げ場のない密会。
俺は、この国最強の権力者に、完全にロックオンされたことを、絶望と共に悟った。
……父さん。俺、もうダメかもしれない。
俺の知識欲を利用した、王女による完璧な包囲網。
この日から、俺の放課後は、王女との「秘密の勉強会」という名の、地獄の拘束時間へと変わってしまったのだ。
51
あなたにおすすめの小説
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件
沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」
高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。
そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。
見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。
意外な共通点から意気投合する二人。
だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは――
> 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」
一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。
……翌日、学校で再会するまでは。
実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!?
オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。
男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺
マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。
その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。
彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。
そして....彼の身体は大丈夫なのか!?
男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。
ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。
PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。
↓
PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。
この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった!
……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。
なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ!
秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。
「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」
クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない!
秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!
美醜逆転世界の学園に戻ったおっさんは気付かない
仙道
ファンタジー
柴田宏(しばたひろし)は学生時代から不細工といじめられ、ニートになった。
トラックにはねられ転移した先は美醜が逆転した現実世界。
しかも体は学生に戻っていたため、仕方なく学校に行くことに。
先輩、同級生、後輩でハーレムを作ってしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる