男女比5対1の女尊男卑の世界で子供の頃、少女を助けたら「お嫁さんになりたい!」と言って来た。まさか、それが王女様だったなんて……。

楽園

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14話 禁書の差し入れと逃げ場なき好奇心

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 (アルト視点)
 
 旧寮の薄暗い自室。
 俺は、皿の上に残った最後の肉切れを口に運び、噛み締めた。
 
 ……悔しいが、美味かった。
 昨日のスープも絶品だったが、今日のステーキは次元が違った。口の中で溶けるような脂の甘み、濃厚なソース。
 こんなもの、王侯貴族でも毎日食えるものじゃないだろう。
 
 俺は、空になった皿を見つめ、深くため息をついた。
 ……完食だ。またしても、完食してしまった。
 俺の胃袋は、俺の理性よりも遥かに正直で、そして卑しかった。
 だが、腹が満たされれば満たされるほど、俺の背筋には冷たいものが走る。
 
 昨日の講義での、俺の「質量兵器」発言。
 あれに対する王女からの反応が、これだ。
 やはり、彼女は見ていたのだ。
 俺が、クラス中から奇異の目で見られ、教師に嘲笑されながらも、必死にひねり出したあの「推察」を。
 
 ……なぜだ?
 単なる暇つぶしにしては、手が込みすぎている。
 俺のような没落貴族の男に、なぜここまで固執する?
 俺の珍説が面白かったから?
 それとも、俺が飢えているのを知って、哀れに思ったのか?
 
 分からない。王女の思考が、まったく読めない。
 ただ一つ確かなのは、俺の生活のすべてが、彼女のてのひらの上にあるということだ。
 その事実が、ただひたすらに不気味で、恐ろしかった。
 
 翌日。
 学園内の空気は、昨日までとは少し変わっていた。
 俺を見る視線に、「嘲笑」だけでなく、「気味の悪さ」が混ざり始めたのだ。
「おい、あれだろ? 『質量兵器』とか言ってた奴」
「頭がおかしいんじゃないか? 衛星軌道ってなんだよ」
「関わらないほうがいいぜ。勉強のしすぎで狂ったんだ」
 ……これでいい。
 
 「無害なモブ」からは遠ざかったが、「関わりたくない変人」として遠巻きにされるなら、好都合だ。
 俺は、誰とも目を合わさず、講義が終わるや否や、逃げるように図書館へと向かった。
 
 目指すは、地下書庫。
 一般生徒は立ち入りたがらない、カビと埃と、忘れ去られた知識の墓場。
 ここなら、あの王女の監視の目も届かない……はすだ。
 
 俺は、いつもの定位置――崩れかけた本棚の影にある、小さな書き物机――に荷物を置いた。
「……さて、今日は何を調べるか」
 昨日の講義で触れた「大災厄」。
 俺の推察が正しいとすれば、この世界の歴史は根本から間違っている可能性がある。
 
 それを調べることは危険だが、知的好奇心という魔物は、一度暴れ出すと止まらない。
 俺は、近くの棚から、埃をかぶった分厚い歴史書を数冊抜き出し、机に戻った。
 その時だ。
「……ん?」
 俺は、違和感に眉をひそめた。
 俺の机の上に、見覚えのない本が置かれている。
 
 俺が今持ってきた、ボロボロの羊皮紙の束ではない。
 革張りの装丁に、金の箔押し。
 保存状態が極めて良い、新品同様の美しい本だ。
 こんなカビ臭い地下書庫に、似つかわしくない。
 
(……誰かの忘れ物か?)
 いや、こんな場所に人が来るはずがない。
 俺は、警戒しながらその本の背表紙を見た。
『星の涙と、天の怒りについて ――禁・王立研究所・第三書庫――』
 心臓が、ドクンと跳ねた。
 
 タイトルだけで分かる。これは、一般に出回っている本じゃない。
 「禁」の文字。そして「王立研究所」。
 これは、王家の人間か、ごく一部の特権階級しか閲覧を許されない、国家最高機密レベルの「禁書」だ。
 ……なぜ、こんなのが、ここに?
 
 罠か?
 触れた瞬間に警報が鳴り、「禁書持ち出しの罪」で捕縛されるパターンか?
 俺は冷や汗を流しながら、周囲を見渡した。
 ここには誰もいない。あるのは静けさだけだ。
 
 だが、本の表紙に挟まれていた「しおり」を見て、俺は息を呑んだ。
 それは、深い青色の、上質なシルクのリボンだった。
 そして、そこには金糸で、小さな「百合の紋章」が刺繍されていた。
 
 ……王家の紋章だ。
 ……まさか、あの王女か?
 彼女が、これをここに置いたのか?
 いつの間に? 俺が来る前か?
 
 ただ、メッセージは明確だ。
『読みなさい』
 昨日の俺の「質量兵器」説。
 それを聞いた彼女は、呆れるどころか、「答え合わせ」の教材を寄越してきたのだ。
 
 ……どういうつもりだ?
 こんな禁書を、没落貴族の男に読ませるなんて、リスクが高すぎる。
 もしバレたら、俺など即刻捕えられるが、彼女だってただでは済まないはずだ。
 
 それほどのリスクを冒してまで、俺に「知識」を与えようとしている?
 恐怖を感じた。
 彼女は、俺の思考を、俺の行動原理を、完全に理解している。
 
 俺が、何よりも「知識」に飢えていることを知っている。
 だからこそ、最高の「餌」を用意したのだ。
 ……俺を、どうするつもりなんだ。
 これは洗脳だ。
 
 胃袋を掴み、次は脳みそを掴もうとしている。
 俺を、彼女の望む形に作り変えようとしているのではないか?
 そんな、正体不明の恐怖が、俺の手を止めようとする。
 ……読むな。これは罠だ。
 
 こんな危険な本、触るのも危険だ。
 見なかったことにして、立ち去るべきだ。
 俺は、本から目を逸らそうとした。
 だが。
 手が勝手に動いた。
 震える指先が、革の表紙に吸い寄せられるように触れる。
 
 前世からの因果か、父の教えか、俺の魂に染み付いた「知りたい」という欲求が、恐怖を上回ってしまった。
 王女に思考を誘導されていると分かっていながら、抗えない。
 俺は、震える手でその本を開いた。
 ――そこには、驚愕の事実が記されていた。
 
 古代の空に浮かぶ「鉄の城」。
 星を砕く光の矢。
 そして、それが地上に墜落した際の、詳細な被害記録。
 俺の推察は、正しかった。いや、想像以上だった。
 
 ……嘘だろ……。
 俺は、ページをめくる手を止められなかった。
 時間を忘れ、王女への不審を忘れ、没頭した。
 この世界の真実に触れる高揚感。
 それを与えてくれたのが、王女であるという事実が、俺をさらに混乱させる。
 
 気づけば、閉館の鐘が鳴っていた。
 俺はハッとして顔を上げる。
 本は、まだ半分も読んでいない。
 
 ……続きが、読みたい!
 だが、持ち出すことはできない。
 ここに置いていくしかない。明日、またある保証はない。
 俺は、名残惜しそうに本を閉じ、青いリボンのしおりを元のページに挟んだ。
 
 その時、リボンの端に、小さなメモ用紙が挟まっていることに気づいた。
 優雅で、達筆な文字。
『明日も、ここに置いておきます』
 ……たったそれだけ。
 
 だが、その短い言葉が、俺に重い鎖をかけた。
 
 ……完全に、読まれている。
 俺は、天を仰いだ。
 食料だけじゃない。知識への欲求まで。
 俺は、心身ともに、あの王女の「施し」なしでは生きられない体にされつつある。
 
 明日も、俺はここに来るだろう。
 この続きを読むために。
 そして、夜にはまた、ドアの前の食事に食いつくのだ。
 
 ……怖い!!!!
 怒りよりも先に、純粋な恐怖が湧き上がった。
 あの王女は、俺という人間を完全に掌握し、コントロールしようとしている。
 そして俺は、それに抗う術を持っていない。
 
 俺は、その禁書を机に残し、得体の知れない巨大な意思に絡め取られていく無力感に震えながら、暗い地下書庫を後にした。

(リリアーナ視点)
 
 離宮の自室。
 私は、窓辺に立ち、遠くに見える図書館の灯りが消えるのを、静かに見守っていた。
 
 手には、今日彼のために図書館に置いた禁書と対になる、もう一冊の古い文献が握られていた。
「……やはり、読みふけっていましたか」
 
 背後に控えた侍女長の報告に、私は小さく頷いた。
 胸の奥が、じんわりと熱くなる。
 あの本は、王家の人間でさえ、その存在を知る者は少ない。
 
 この世界の根幹を揺るがす、危険な真実。
 それを、彼は恐れずに開いた。
 そして、時間を忘れて没頭した。
 
 嬉しい……。
 この学園広しといえど、ドレスや宝石、あるいは権力闘争の話ではなく、この世界の「真理」について語り合える相手など、一人もいなかった。
 
 父である王でさえ、「そのような古い伝承より、今の派閥争いの方が重要だ」と一笑に付すだけ。
 けれど、アルトは違う。
 彼は、私と同じ「渇き」を持っている。
 
 知識への、真実への、純粋な探求心への渇きだ。
 彼になら、私の抱える孤独も、この世界の秘密も、すべて共有できるかもしれない。
 
「……侍女長。明日の予定は?」
「午後の公務は、すべて調整済みでございます」
「そう。ありがとう」
 私は、文献を大切に胸に抱いた。
 
 『明日も、ここに置いておきます』
 あのメモは、彼への命令ではない。
 私からの、不器用なデートの誘いであり、秘密の共有の提案だ。
 
 明日は、私もあの地下書庫へ行こう。
 そして、彼と二人きりで、この本の続きを語り合うのだ。
 きっと彼は、目を輝かせて、私の知らない「推察」を聞かせてくれるに違いない。
 
 待っていてね、アルト!
 私は、十年前に彼に救われたあの日以来、初めて感じる「心の繋がり」への期待に、頬を染めていた。
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