男女比5対1の女尊男卑の世界で子供の頃、少女を助けたら「お嫁さんになりたい!」と言って来た。まさか、それが王女様だったなんて……。

楽園

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18話 夜の静寂と管理された箱庭

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(アルト視点)
 
 地下書庫での密会を終え、旧寮に戻ったのは門限ギリギリだった。

「じゃあ、また明日」
 と、リリアーナ王女は転移魔法で離宮へと帰っていった。
 戻って来て改めて感じるカビ臭い部屋と、軋むベッド。俺は今日のことで目が冴えてしまっていた。
 俺は窓枠に肘をつき、ガラス越しに広がる満天の星空を見上げる。
 
 美しい夜空だ。
 宝石を散りばめたような星々。優しく地上を照らす月。
 この世界の誰もが、詩的に称える幻想的な風景。
 だが、今の俺の目には、それらがまったく別のモノに見えていた。
 
「……人工衛星、か」
 口に出してみると、その言葉はあまりにも無機質で、この剣と魔法の世界には馴染まない。異物だ。
 けれど、一度頭にこびりついた違和感は、インクの染みのように広がっていく。
 俺の魂に刻まれた前世――「一ノ瀬和也」としての記憶と知識が、警告音を鳴らしているのだ。
 
 ――俺の前世は、ただの大学生だった。
 いや、正確には「周囲に理解されない理屈っぽい理系オタク」だった。
 友人たちがサークルや恋愛にうつつを抜かす中、俺は一人、図書館の奥でハードSFや宇宙物理学の専門書を読み漁るような学生だった。
 
 なぜ、そんな生活を選んだのか。
 それは、家庭環境の崩壊――母の裏切りから逃げるためだった。
 
 あれは高校生の頃だった。
 ある日、学校から帰ると、見知らぬ男の革靴が玄関にあった。
 リビングから聞こえてきたのは、聞いたこともないような、甘ったるい母の声。
 
 相手は、父の部下だった若い男。
 父が仕事から帰って来た時、俺がその事を伝えると修羅場になった。
 泣き叫ぶ父親を前に、母は冷ややかな目でこう言ったのだ。
 
『ごめんね。でも私、お母さんである前に、女でいたいの』
『もう、いい妻を演じるのは疲れたわ』
 荷物をまとめた母は、俺の方を一瞥もしなかった。
 俺にとって「優しい母」だった人は、ただの「欲に忠実な女」へと変貌し、俺と父という「家族」を、まるで古びた家具でも捨てるかのように切り捨てて出て行った。
 
 残された父は壊れ、家の中は荒れ果てた。
 俺は悟った。
 人の心なんて、不確定で、エラーだらけのバグのようなものだ。
 「愛」も「絆」も、ある日突然、論理的整合性もなく破綻する。
 
 そんなものに依存するから、傷つくのだ。
 だから俺は、「確かな答え」がある世界に逃げ込んだ。
 数学、物理、シミュレーション。
 そこには裏切りがない。世界を形造る物理法則は普遍だ。そこに感情が入る余地はない。
 
 俺が科学やSFにのめり込んだのは、探求心などという高尚なものではなく、ただの現実逃避だったのだ。
 そして、その最期もあまりにもあっけなく唐突に訪れた。
 ある冬の日。
 俺はアパートに引きこもり、ネット上の「シミュレーション仮説」に関する膨大な計算式の検証にのめり込んでいた。
 
 寝食を忘れ、没頭すること一週間。
 ふと、限界を超えた空腹と喉の渇きを感じて、俺はフラフラと部屋を出た。
 深夜のコンビニへ、ただ食料と水を買いに行くために。
 足元がおぼつかない。視界が霞む。
 思考はまだ、数式の羅列で埋め尽くされていた。
 赤信号に気づかなかったのか、それとも足がもつれたのか。
 
 強烈なブレーキ音と、激しい衝撃。
 俺の人生は、トラックのバンパーに弾き飛ばされて終わった。
 アスファルトに叩きつけられ、薄れゆく意識の中で、俺は思ったものだ。
 
 痛みすらも、脳内を走る電気信号のバグのように感じられる。
 『ああ、やっぱり。……世界なんて、所詮はプログラムされた数値の羅列に過ぎないんだな』と。
 唐突な「死《シャットダウン》」が、俺のその虚無的な確信を決定づけた。
 そんな、歪んだフィルターを通して世界を見る俺だからこそ……。
 
 転生したこの世界の「在り方」に、ずっと拭いきれない違和感を抱いていた。
 この世界は、少し……「出来すぎている」。
 例えば、気候だ。
 
 この国には美しい四季があるが、それはあまりにも「安定的」すぎる。
 俺が生まれてからの十七年間、大型の台風もなければ、予測不能な異常気象も一度として起きていない。
 
 農作物は、計算されたかのように毎年豊作だ。
 まるで、高度な空調設備によって、完璧に室温管理された温室《テラリウム》の中にいるかのように。
 
 そして、魔力。
 大気中に満ちるこのエネルギーは、あまりにも人間に都合よくできている。
 俺以外は女だけに限られるが、魔力を呼吸するように取り込み、意志一つで炎や水を発生する事ができる。
 
 ……これって、本当に「自然現象」なのか?
 自然とは、もっと荒々しく、不条理で、混沌としているものではないのか?
 俺は魔法を使う時、何度もこの「人工的なシステム」を感じさせる手触りを感じた。
 
(……そして、あの星図)
 脳裏に、地下書庫で見た羊皮紙が蘇る。
 黄道十二星座の間を、規則正しく縫うように移動する無数の光点。
 
 あれがもし、ただの観測機ではなく、この世界を維持・管理するための「環境制御装置」だとしたら?
 背筋に、冷たいものが走った。
 SF小説でよくある設定だ。
 
 滅び去った超古代文明が、自らの生存圏を維持するために作り上げた、惑星規模の管理システム。
 あるいは、どこか遠くの星から来た何者かが作った、巨大な実験場。
「……だとしたら、俺たちは何だ?」
 俺は、自分の手を握りしめた。
 
 前世で母に捨てられ、今世でも母に捨てられた俺。
 この世界が「管理された箱庭」だとしたら、そこに住む俺たちは、箱庭の中で飼われている「モルモット」に過ぎないのか?
 そこで、思考は必然的に、もっと恐ろしい疑問へと突き当たる。
 
 環境がこれほど完璧に管理されているなら……なぜ、この『歪み』は放置されている?
 男女比1対5。
 極端な女尊男卑の世界。
 環境は安定しているのに、なぜ「生命」だけが、これほどまでに不条理な歪な形をしているのか。
 
 生物学的に見れば、明らかに不自然だ。
 種の保存という観点からすれば、あまりにも非効率的で、脆弱なシステムだ。
 
 ……いや。
 もし、これが「失敗《バグ》」ではなく、管理者が意図した「仕様《パラメータ》」だとしたら?
(……まさかな)
 俺は頭を振って、オタク特有の妄想を必死に追い払おうとした。
 
 考えすぎだ。
 証拠は何もない。ただの、前世の知識とトラウマに毒された男の、悪い夢だと思いたい。
 だが、別れ際のリリアーナの姿が、俺の脳裏から離れない。
 
『地上の、私たちの「命」の理《ことわり》もまた、何か大きな歪みを抱えているのかもしれません』
 彼女はそう言って、あの分厚い黒革の帳簿――人口動態の記録――に、白く細い手を置いていた。
 
 その時の彼女の表情。
 それは、空への知的な畏怖ではなく、もっと生々しく、血の通った「痛み」を堪えている顔だった。
「……明日は、あの数字と向き合わなきゃならないのか」
 
 俺は窓を閉め、カーテンをきつく引いた。
 星の光を遮断しても、胸のざわめきは消えない。
 漠然とした、けれど巨大な不安が胸をよぎる。
 空の「衛星」の話よりも、明日の「帳簿」の話の方が、俺たちにとって遥かに残酷で、逃れようのない真実を突きつけてくるような気がしてならなかった。
 
 俺はベッドに横たわり、毛布を頭まで被った。
 今夜は、休もう。
 その時の俺は明日、王女が何を語るのかさえ気づいていなかった。
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