その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

文字の大きさ
6 / 55
One

しおりを挟む

「……散歩、ですかね?」
「こんな夜遅くに、一人でか? ずいぶん軽装だけど、ご両親には声かけて出てきてるのか?」
「これから帰るところです」
「ふーん」

 葛城先生が、疑わしそうな目で見てくる。今日の放課後の一件もあるし、家出を疑われているのかもしれない。

「ほんとに、今から帰るところなので。葛城先生こそ、こんな時間に何してるんですか?」
「あぁ、俺は家がこの近くだから。飲み物の買い出しに」

 葛城先生が、手に持っていた買い物袋を軽く持ち上げる。そこには確かに、500mlのペットボトルが数本入っていた。

「いる?」

 買い物袋に手を入れた葛城先生が、そこからお茶のペットボトルを一本取り出して差し出してくる。

「いえ、別に……」
「そっか。で、岩瀬の家はここから近いの?」

 もらう義理もないから首を横に振ると、葛城先生がお茶を買い物袋の中に戻しながらおもむろに訊ねてきた。

 お茶を差し出してきたのは単に会話を繋げるためで、わたしが受け取ろうが受け取るまいが、どうでもよかったのかもしれない。

「ここからだと、歩いて二十分くらいです」

 自宅の方角を指さしながらそう言うと、葛城先生が「まぁまぁ、遠いな」と独り言みたいにつぶやく。それから肩にかけていた黒のボディバッグからスマホを取りだすと、わたしを見て首を傾げた。


「夜遅いし、岩瀬の家まで送っていく。それと、岩瀬が俺と一緒にいるってことを桜田先輩に連絡させてもらうな?」

 葛城先生が健吾くんの名前を口にするから、ドキリとした。


「どうしてですか?」
「だって、もうすぐ0時回る頃なのに。高校生の娘がふらっと外に出かけて帰って来なかったら、俺が親なら心配する。それとも、連絡したらいけない事情でもあるのか?」

 葛城先生が綺麗な切れ長の目でジッと見てくる。

 放課後の化学準備室では、わたしにろくな説教もできずに困ったような表情を浮かべていたくせに。今の葛城先生はとても強気な目をしていた。

 たしかに、今のこの状況では軽装で夜道をうろついているわたしのほうが分が悪い。

「別に。連絡されて困るような事情なんてありません」

 仕方なくそう返すと、葛城先生がふっと表情を緩めた。

「そう。だったら帰ろう」

 葛城先生がスマホを触りながら、わたしを促して歩き出す。葛城先生の後ろをついて歩いていると、しばらくして彼が立ち止まってわたしにスマホの画面を見せてきた。

「岩瀬、俺に嘘ついたな。やっぱり、親に何も言わずに出てきたんじゃねーか。家にスマホ置きっぱなしで連絡もつかないから心配してた、って桜田先輩が言ってるけど」

 葛城先生に見せられたのは、健吾くんとやり取りしているラインのトーク画面だった。慌てて返信を打ってくれたのか、文章の一部に誤字がある。

 もちろん健吾くんは、お風呂上りに黙って家を飛び出したわたしのことを心配してくれたのだろうけど……。

 葛城先生に宛てて送られたラインには、『奥さんが特に心配してたから、助かった。ありがとう!』と書かれていて、少し複雑な気持ちになった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...